第57話 出発!!

 窓の外みて、そろそろ門が閉まった頃合いに薄暗くなった頃、コリーとリュカが部屋に戻ってきた。

「少し振って感覚を掴みました。これなら大丈夫です」

「凄まじかったよ。封じられている魔法もだけど、それを易々コントロールしちゃうんだもん。私じゃ勝てないな」

 リュカとコリーがそれぞれ笑みを浮かべた。

「こんな短時間で掴めれば上等だ。俺の魔法は癖が強いからな」

 俺はソファから飛び下りた。

「さて、そろそろメシじゃねぇか?」

「うん、下で呼んでたよ。私はケニーとムスタに声を掛けてくるから、先にいってて!!」

 元気よく部屋を出ていったコリーの後、俺とリュカは階下に降りた。

「やはり、スッキリしたようですね。リュカがいい顔をしています」

 ランサーが小さく笑った。

「はい、かなりスッキリしました。暴れたからではないですよ」

「分かっています。これで、パーティー内で一個役割が出来ましたね。ところで、先ほど宿が揺れましたよね。まだ飲みすぎには遠いのですが……」

 ランサーが不思議そうな顔をした。

「ああ、リュカの槍に魔封していたんだ。全部で五個あったからな、ちっと宿が揺れちまった」

 正確には六個だが、無論いえなかった。

「ご、五個……コーベット?」

 ランサーが笑みを浮かべて俺を見た。

「ダメだ、リュカは元々そういう槍を使って慣れてるから、いきなり五個なんだよ。武器の材質もミスリルだからだ。ランサーの斧は鋼だろ、頑張っても三つだな。それ以上は武器が耐えられねぇ」

 俺は苦笑した。

「それは残念です。では、あとでミスリルの斧に変えておきますね」

「……いや、慣れなきゃダメだって。聞いてなかった?」

 俺は苦笑した。

「数の問題じゃねぇから。使いこなしてからだな」

「つまらないですねぇ」

 などとやっていると、ケニーと相棒が降りてきた。

「そういえば、ケニーの剣はミスリルでしたね。取り替えませんか?」

「な、なんで!?」

 ケニーが声を上げた。

「うん、なんか面白い話?」

 相棒が俺に聞いてきた。

「いやよ、リュカの槍を作ったから、元々慣れてるっていうんで五発魔封したんだよ。そしたら、みんなで増やせって大騒ぎしてるんだ」

「なに複数同時魔封術使ったんだ。どうりで、宿が揺れたわけだね」

 相棒が笑みを浮かべた。

「だって、限界一杯だから五発動時じゃなきゃ入らねぇもん。封じた魔法もそれなりに強くしたしな。面倒だろうなって思ったら、もう使いこなしたらしいぜ」

「へぇ、コーベットの捻くれた魔法をねぇ。凄いな」

 相棒がリュカをみた。

「意外とやるんだねぇ。あんまり戦闘はやらない感じだったけど」

「真逆です。これでも、おてんば姫で通っていたんですよ」

 リュカが相棒に返した。

「そりゃまた、いいこった」

「こら、話を聞け!!」

 いきなりケニーが大声で割り込んできた。

「なんだよ、どうせ増やせとかいうんだろ。ダメだって、剣は体に近いから」

「そんな事いついった。コーベットがダメっていうならダメなんでしょ。分かってるから!!」

 ケニーが笑みを浮かべた。

「なんだ、聞き分けいいな」

「だって、分からない事だもん。分かる人に従うのは当たり前だよ。材質がミスリルだったのは、たまたま程度にしか思ってない。ただ、切れ味増加が掛かってるなら耐久度も上げたいだけ。壊れちゃったら困るから」

 ケニーが笑みを浮かべた。

「ああ、なるほどな。あとで持ってこい、すぐ終わるからよ」

「ずっと気になっていたんだ。ありがとう!!」

 ケニーが笑みを浮かべた時、ちょうど兄ちゃんがメシを運んできた。

「わ。私は……」

「ランサー、早く挨拶!!」

 ケニーが笑った。

「汝、邪な物欲を捨てなさい。猫が話を聞きませんよ」

 ウダヌスが笑った。

「ウダヌスが神っぽいこというし、いただきます!!」

「ウダヌスは神だ、神っぽいわけじゃないぜ」

 俺は苦笑した。


 メシを食い終わった後、なんだかこればかりやっているが、ケニーが剣を持って部屋にやってきた。

 俺は杖先に点した光りで魔法陣を描き、ケニーがその中央に剣を置いた。

「よし、ついでだから切れ味も上げておこうか。その方が早い。持って念じない限りは通常と変わらんから、特に不都合はないだろ」

 俺は呪文を唱えた。

 魔法陣の光りがパッと散って、全ては終わった。

「攻撃力と耐久性が上がってるが、無茶はするなよ」

「よし、ありがとう!!」

 ケニーが部屋から出ていくと、遠慮したようにランサーが入ってきた。

「あの、せめて耐久性を上げてもらえませんか。何かと雑に扱える斧は、何よりこれが大事です」

「それならいいぜ。ちょっと待ってくれ」

 俺は床に魔法陣を描いた。

 その中央にランサーが斧を置き、俺は呪文を唱えようとしてやめた。

「ダメだ、この斧はもう壊れちまってる、ここをよくみると分かるが、頭の部分が横に真っ二つになるように亀裂が入ってるだろ」

「えっと……ああ!?」

「鋼と魔封は元々相性が悪いんだが、初歩魔法一発でこれとなるとよほどの原因があるか、使いすぎで壊れかけていたのかもしれん。そこまでは、やる時に見抜けねぇからな」

 俺はため息を吐いた。

「困りましたね、この斧はもうダメです。振るだけでなにが起きるか分かりません。打ち直してもらうか、思い切って買い換えですね」

「そうだな、この時間ならまだやってる武器屋はあるだろ。急いだ方がいいぜ」

「そうですね、さっそくいってきます」

 ランサーが壊れた斧を片手に出ていった。

「やれやれ……出発前に気がついてよかったぜ」

「こんな事もあるのですね。私は武器を壊す程使い込んだ事がないので……」

 黙って見ていたリュカがいった。

「これは、多分コーベットの判断ミスだね。魔封の負荷に痛んだ武器が耐えられなかったんだ。やってる最中に、手応えで分かるらしいけどね」

「まあ、そうだな。手応えっていうか、勘に近いものがあるからな。俺も専門の職人じゃねぇからな。こういう瀬戸際ラインは難しいぜ」

 俺が息を吐くと、リュカが俺を抱き上げた。

「お腹が空きました。いいところにおやつがあったので、吸います」

「な、なんで!?」

 リュカは笑みを浮かべ、俺に牙を突き立てた。

「な、なんで……だよ……」

 危うく意識が落ちそうになった頃、牙を抜いたリュカがすかさず回復魔法を掛けた。

「いえ、なにかコーベットが暗くなりそうだったので……」

「意識が暗くなったぞ!!」

「もう少しだから」

 リュカが小さく笑った。


 ほぼ無意味だと思うリュカの吸血の治療が終わり、なんとか動けるようになった頃。ランサーが真新しい斧を持ってきた。

「今度はアダマント製です。斧として、これ以上の材質はありません。たまたま入荷したそうです」

「アダマントか。武器にすればドラゴンの骨すら粉々にするって有名だな。だが、魔封するには最悪の材質だ。安定している金属だから、魔法なんて入らねぇぞ」

 俺がいうと、ランサーはキョトンとした。

「魔封……出来ない?」

「ああ、専門の職人じゃねぇからな。いれば、あるいは出来たかもしれねぇけど、俺じゃ出来る気がしねぇから、やらねぇぜ。また、ぶっ壊しちまうからな!!」

 俺は言い切ってソファに登って丸くなった。

「……あれ、不機嫌ですか?」

「……あれ、私が吸血したせい?」

 相棒の笑い声が聞こえた。

「だって、前の斧はコーベットが壊しちゃったようなものだよ。二度目は慎重にもなるよ。あと吸血で機嫌を損ねたというより、今は体力回復期だから、寝覚めみたいなもので誰でも機嫌が悪くなるよ」

 相棒の小さなため息が聞こえた。

「い、今は出た方がいいですね。また後ほど」

 ランサーが部屋から出ていった。

「コーベットがそうなるのは珍しいね。よほど頭にきた?」

 相棒が隣に座った。

「そんなんじゃねぇ。前の斧、あれ旦那の形見だぜ。魔封ってのは、ただ魔法を封じるだけじゃねぇ。武器に込められた気持ちみたいなもんが、こっちに入ってくる。だから分かるんだ。そういう事がな」

「なるほどね、妙にイライラしてると思ったら、そういう事だったか。リュカは関係ないよ。安心して」

「そ、そういう事なら、私はここにいます」

「ったく、ここだぞ。吸血ポイント」

 俺は小さく笑みを浮かべた。

「もう一回はさすがにもたないので……優しいですね。やはり」

 リュカは俺を抱きかかえ、ソファに座ると膝の上に俺を乗せた。

「よし、僕はランサーを連れてこよう。向こうも気にしてるから」

 相棒が床に降りて、部屋の外に出ていった。

 すぐにランサーを連れてきて、相棒は俺の隣りに座った。

「なんとなく話しておいたよ。僕は魔封できないから、イメージだけどね。

「話は聞きました。気にしなくていいですよ、大丈夫だと思ってやった魔封で壊れてしまったという事は、道具として寿命だったのでしょう。むしろ、ここでよかったです」

 ランサーはリュカの膝の上の俺の頭を撫でた。

「もう無理はいいません、斧としては極上品ですからね。ただ、保険が欲しかったのです。攻撃魔法よりも、強度アップとか耐久性アップが出来るなら、お願いしたいのです。

「……それなら、本来の属性に逆行しないな。攻撃魔法は難しいが、耐久性アップくらいなら比較的簡単だ。あとはあるか?」

 俺はこっそり苦笑した。

「あと、やや軽すぎるので重量アップを。切れ味を鋭くしても意味の無い武器です。ものをいうのは重量ですからね」

「いいぜ、その二つならなんとかなるはずだ。魔法陣の真ん中に斧を置いてくれ」

 ランサーは以前とは違って、黒光りするいかにも重そうな斧を魔法陣の真ん中に置いた。

「また、無茶な素材だな。アダマントの斧なんて、どこで見つけたんだ」

 俺は息を吐き、呪文を唱えた。

 宿の建物が揺れ始め、その揺れが次第に大きくなり、どっかぶっ壊れるんじゃないかという派手な揺れが起き、魔法陣が散って収まった。

「なんとか出来たぜ。宿の兄ちゃんには謝っておいてくれ」

「す、すっごい揺れ……。分かりました、謝ってきます。ありがとうございました」

 ランサーが斧を持った。

「ああ、重さは可変だ。念じればその通りの重さになる。限度はあるがな」

「分かりました……本当ですね、軽くなったり重くなったりします。これなら、十分以上に戦えますよ」

 斧を背中に背負い、ランサーが部屋から出ていった。

「はぁ、疲れたぜ。ずっとこればっかだぜ」

「お疲れさま。さて、僕はケニーのところでルートの再確認してくる。近いけどややこしい道でね。間違うとどこにでるか分からないから」

 相棒がソファを降りて部屋から出ていった。

「あれ、ウダヌスがいねぇな」

「はい、階下でお酒の準備していました。よく飲みますよね」

 リュカが笑った。

「相棒がいってたな、ドワーフは酒樽に手足がついたような種族だってな。まあ、とにかく飲むらしいぜ」

 俺は小さく笑った。

「あっ、ご機嫌が直ったようですね。私も悲しくなっていましたので、よかったです」

「ってかよ、あのタイミングで吸血はねぇだろ。かえって倍増だぜ」

 俺は笑った。

「うっかりずれました。今日はこれ以上やらないですよ。いくらなんでも、小さな猫の体がもちません」

「……って、なんで吸血されるのが当たり前になっちまったんだ。俺」

 俺は苦笑した。

「さて、私も少し疲れました。こっちにしましょう」

 リュカは俺を抱きかかえ、ベッドに座った。

 そのまま横になると布団の上から俺を抱きかかえた。

「明日はお出かけですね。早く寝ましょう」

「ああ、そうだな。ウダヌスがまだだが、待っていたら深夜になっちまう」

 リュカが小さく笑い、俺を抱えていた手を放した。

「相棒さんが帰ってきたら、一人じゃ寂しいでしょうからね。私はもう存分にもふもふしました」

「分かった、じゃあ明日な」

 俺はベッドから下りて、ソファに飛び乗って丸くなった。

 しばらくして、相棒が部屋に戻ってきた。

「もうバッチリだよ。早く寝よう」

「分かってるよ。酒飲みチームは置いて寝よう」

  俺は苦笑して、そっと目を閉じた。


 毎度の習慣で明け方に起きると、相棒も一足先に起きていた。

「あっ、起きたね。昨日は魔力を使ったから、もう少し遅いかと思ったよ」

「なんか怠いが、まあ問題ねぇだろ。ウダヌスはいるのか?」

 俺はまだくらい部屋の闇に向かって声を掛けた。

「もちろんいますよ。昨日はいきなり揺れて、地震かと思いましたよ。そんな兆候なかったのにと、焦りました」

 ウダヌスがスッと姿を見せて、苦笑した。

「そりゃ悪い事したな。さて、あとはリュカが起きれば、この部屋は全員だな」

「起きてますよ。夜行性なもので」

 リュカがベッドに寝たまま笑みを向けた。

「気がつけば、この部屋って夜行性か寝なくていい人の部屋になったね。朝が早いよ」

 相棒が笑みを浮かべた。

「よし、いつ出るかわからねぇけど、なんか聞いてるか?」

「うん、場所が近いから、朝のラッシュを抜けてからでもいいだろうって、ランサーにはいってあるけど、階下で音が聞こえるよ。いってみよう」

 相棒の声で、俺たちは階下に降りた。


「あれ、皆さん早いですね。私は斧の素振りをしてからと思って……迂闊に街中でやると捕まってしまうので、こうして宿の中でやっていたのです」

 普段はメシを食べるテーブルを片隅に寄せ、どれくらいやっていたか分からないが、ランサーは額の汗を拭った。

「あとは、ケニーとコリーですね。起きて降りてくる前に元に戻しておきます」

 ランサーは端に寄せていたテーブルやソファを元に戻した。

「どうだ、新しい斧は?」

「はい、バッチリです。重さ調整がいい味を出していますよ」

 ランサーは小さく笑った。

「どうする、ケニーとコリー以外は揃っちまったぞ」

「そうですね、起こしてきます。朝食だけでも済ませてしまいましょう」

 ランサーが階段を登っていった。

 しばらくして、眠そうなケリーとコリーを連れて降りて来た。

「遅いっていってたから、そのつもりで寝たのに……」

「同じく……」

 眠そうな二人は、ダラダラとソファに座った。

「ごめんなさいね、人が揃ってしまったもので、食事だけでも済ませてしまおうかと」

 ランサーが苦笑してソファに座り、兄ちゃんが朝メシを運んできた。

「では、頂きましょう。急に早くで申し訳ありません」

「なに、前の日に仕込んで温めるだけだ。大した事ねぇよ!!」

 ランサーの言葉に、兄ちゃんが元気よく応えた。

「……この兄ちゃんもタフだよな。いつ寝てるんだろ?」

「……シッ、そういう事いっちゃダメ」

 俺と相棒がヒソヒソしている間にも、メシを食いながらケニーとコリーの目も覚めてきたようだった。

「ねぇ、ご飯食べたら出発しない?」

「そうだね、また部屋で休む方が面倒臭いよ」

 ケニーとコリーがそれぞれいった。

「私は構いませんが、それでいいですか?」

 誰も異論を挟む者はなかった。

「分かりました。それでは、出発準備を整えて、またここに集合しましょう」

 ランサーの言葉に全員が頷き、俺たちは出発前の準備をした。

「あの、そのバックパックの中身はなんですか?」

 短槍の刃にカバーを付け、背負うようにしたリュカが聞いた。

「猫缶くらいだな。意味がないといえばないが、出歩く時のお守りみたいなもんだ」

「そんな感じだね。馬車の荷台に下ろしちゃうし今は無意味だけど、ないと落ち着かないんだ」

 俺と相棒が笑った。

「なるほど、験担ぎですね。よくあります。では、いきましょう」

 小さく笑みを浮かべたリュカの声に後押しされ、俺たちは廊下に出た。


 俺たちが下に行くと、ケニーとコリーはすでに準備を整えて待っていた。

「今、ランサーが馬車を取りに行っています。何回でも旅はいいですね」

 これといった準備のないウダヌスが、笑みを浮かべていった。

「うーん、旅というより散歩みたいな感じだけどね。長距離はおいおいね」

 相棒が笑みを浮かべた。

「俺は贅沢はいわねぇ。任せてる以上は任せるぜ」

「私もいえた立場ではないので。気分転換のつもりでいます」

 俺に続いてリュカが笑った。

 そこに、ちょうどランサーが馬車を連れてやってきた。

「よし、きたな。乗ろうぜ!!」

 俺たちは馬車に乗り、開門間近い街の門に向かったのだった。

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