第22話 これが本当の王都
ポート・リブリーズに着いた俺たちは、そのまま街を出て南北縦貫街道へと進んだ。
平らな草原を走るというこの街道は、高速走行に向いているということで、船では比確的ゆったり過ごしていたランサーが、ここぞとばかりに馬車をかっ飛ばしていた。
「おいおい、この夜闇だぞ。ちゃんと見えてるのか?」
俺は苦笑して、隣のランサーをみた。
「坑道で闇には慣れています。今日は満月ですし、問題ありません」
小さく笑い呪文を唱える相棒の声が聞こえ、街道の両端にそって等間隔で光りが並び、闇の中に道が浮かび上がった。
「なるほど、相棒は無茶って判断したみてぇだな。これなら、なにもないより安心だぜ」
「『明かり』の魔法でこんな事が……。奥深いものですね」
ランサーが笑みを浮かべ、馬車の速度をさらに上げた。
どれくらい時間が経ったかわからないが、ランサーの隣で道の行く先を見ていた俺は背筋に寒気を憶えた。
「なろぉ!!」
俺が攻撃魔法を放つのと、相棒が馬車ごと防御魔法で覆ったのはほぼ同時だった。
通り過ぎた後方で派手に爆光が上がり、悲鳴のようなものが聞こえた。
「どうしました?」
緊張感を漂わせたランサーの声が聞こえた。
「盗賊だよ。こっちが速いから攻撃魔法でもぶち込んでやろうって思ったんだろ。甘いぜ!!」
「コーベット、まだくるよ。ほら」
相棒が俺の額に手を当てた。
その状態で俺は「周辺探査」の魔法を唱えた。
「うわ、ゴテゴテいやがるな!!」
「でしょ?」
さりげないが、精度がいい相棒の周辺探査魔法で拾った情報を、俺の額に手を当てることで同じ情報を共有するという、通称「共闘魔法」という高度な技を使ったのだ。
「マズいな、このままじゃ逃げ切れん。だけど、これだけ密集していれば……」
俺は呪文を唱えた。
背後から迫る盗賊団のど真ん中に巨大な火球が落ち、大爆発を起こした。
盗賊の一団が吹き飛び、それでも追尾をやめない一団に向かって、俺は呪文を唱えた。
「くるよ!!」
相棒が叫び、防御魔法の結界に敵の攻撃魔法がぶち当たって爆裂四散した。
「……いい度胸だ、見つけたぜ」
この攻撃魔法を放ったヤツの位置を特定し、俺は攻撃魔法を放った。
爆音が轟き、背後で派手な火柱が地面から空に向かって吹き上げた。
「フン、やっと諦めたか。今は遊んでる場合じゃねぇんだ」
俺は杖を腰のホルダーに差した。
「うん、諦めて逃げていくね。これで、もう問題ないよ」
「相棒のいうとおりだぜ。ペースを戻そう」
俺はランサーに笑みを送った。
「余裕の魔法戦ですか。派手でしたね。
「余裕でもないぞ。もし魔法使いがもう一人いたら、また面倒だったぜ!!」
俺は笑った。
「コーベットもムスタも凄いな。これ、二人がいなかったらシャレにならないよ」
ケニーが笑った。
「だから、徹夜で走るという事を考えたのです。街道パトロールの回数が減る夜間帯は、盗賊の脅威が増える事は予想していました。無事に抜けられるかは、お二人次第……などいったら怒りますか」
ランサーが挑戦的な目で前方を見つめ、笑みを浮かべた。
「怒らねぇよ、タダ飯食ってる方がキツいぜ」
「うん、そういう事。盗賊だけじゃなくて、魔物も多いから気をつけて」
相棒が楽しそうにいった。
「それは楽しみです。では、いきましょうか」
こうして、俺たちが乗った馬車は、深夜の街道を爆走していった。
夜が明け日が昇ってくると、ランサーは馬車の速度を落とした。
「ケニー、今どの辺りか分かりますか?」
「うん、数え違ってなければ、コート・ギリモアって村を通過したばかりだよ。すっごい記録的な速度が出てる。王都まで村十個だよ。昼には着いちゃうかも」
ケニーの声に、ランサーが笑みを浮かべた。
「計算以上です。猫チームの頑張りのお陰ですね。
「そ、そうか……疲れたぜ」
半ば魔力切れを起こしている俺は、御者台から後方の荷台に移され、相棒がせっせと回復魔法を掛けてくれていた。
「い、いいか。これが急性の魔力切れだ。こ、こうなる前に予兆があるから……見逃すなよ」
「こんな時まで魔法を教えてくれてる。偉い!!」
ケニーが笑った。
「うん、そういうヤツだからね。なんでも無駄にはしないから」
相棒が笑みを浮かべた。
「では、このまま王都まで行って休みましょう。半端な場所では落ち着かないでしょう」
ランサーがまた馬車の速度を上げた。
「それにしても、盗賊より面倒な魔物には参ったよね。コーベットがここまで消耗するって、滅多にないよ」
相棒が苦笑した。
「が、頑張れば俺でも出来るって思ったぜ。はぁ……」
俺は脱力して、ガタガタ揺れる荷台に身を任せた。
「うん、休んでればいいよ。王都はもうすぐだ」
相棒は笑みを浮かべ、俺に魔力回復の魔法をかけ続けてくれた。
ランサーがいうにはそろそろ昼頃らしいが、なんとか回復した俺は再びランサーの隣に座っていた。
「今、最後の村を通過したよ。次は王都だ!!」
ケニーが声を上げた。
「では、もう一踏ん張りですね。時間がピークから外れているので、門の審査は並ばないでしょう」
「ピークなんてあるのか?」
俺が聞くとランサーは頷いた。
「王都に赴く理由の大半は、国王様に謁見するためです。これは午前中で申し込みが打ち切られるため、午後に着くと一泊余計に必要になります。なので、午前中の門は大混雑ですが、昼過ぎのこんな半端な時間は空いているはずです」
「なるほど……」
一回いってるとはいえ、あれは単に入って出ただけだった。
今度こそまともな王都をみたいというのが、俺の正直な希望だった。
「前に少しお話しましたが、王都には知り合いの宿があるので、そこで旅の疲れを落としましょう」
ランサーは気持ち疲れた笑みを浮かべた。
馬車は走り続け、いつぞやみた巨大な建物が前方に見えてきた。
「はい、王都です。なんとか着きましたね」
「はぁ、よかったぜ!!」
俺は笑った。
馬車は程なく街の門に近づいていった。
減速して止まった先で、体だけ鎧を着込んだオッチャンがランサーに話しかけた。
「何用でここにきた?」
「観光です」
厳つい声に負けることなく、ランサーは笑顔で答え小さな革袋を手渡した。
「観光ね。よい旅を」
「どうも」
オッチャンが脇に下がると、ランサーは馬車を進めた。
門を潜って大通りに出ると、俺はその人の多さに驚いた。
「こ、これが、本来の王都か!?」
「もしかして、前国王が亡くなったとかで、この街がピリピリしていた時にきたの?」
ランサーが苦笑した。
「な、なんか、そんな話聞いたよな?」
「うん、そんな話だったよ」
相棒が頷いた。
「あれね、色々あったんだけど、結論として亡くなった事にされた国王様は存命よ。今は復権して元通り。嫌ね、権力争いって」
「……うわ、すげぇ」
「……うん、怖い」
ランサーは馬車を進め、一つ裏路地に入りこぢんまりした宿の前で馬車を止めた。
「ここが宿です。ケリーもコリーも寝ちゃってて可哀想ですが、一度起きてもらわないと」
ランサーが荷台に入り、ケニーとコリーを揺り起こした。
「あれ、もうついたの?」
「いつの間に寝ちゃってたんだろ……・
ケニーとコリーが体を伸ばしてから馬車を飛び下りた。
俺と相棒も馬車から降りると、ランサーを先頭にして、宿の中に入った。
「おう、久々だな。生きていたか!!」
元気のいい兄ちゃんがカウンターの向こうで声を掛けてきた。
「生憎と生きてるわよ。部屋空いてる?」
「ああ、いつもの三人なら一部屋でいいだろ?」
ランサーが笑った。
「残念、新しくこの二人も追加よ」
「追加って……二本足で立ってる猫か?」
兄ちゃんが怪訝な顔でランサーに聞いた。
「他にいないでしょ。オオオシャベリネコって種族、まさか知らないの?」
ランサーが笑った。
「オオって……」
「うん増えたね」
俺と相棒は苦笑した。
「へぇ、喋るんだな。じゃあ、二部屋か?」
「今は少しばかり懐が温かいから、四部屋全部貸し切りでいいわ」
ランサーがカウンターに金貨を二枚置いた。
「おやおや、これだけもらったらメシも付けるぜ。出前だがいいだろ?」
「そうしてちょうだい。これで、ご飯の心配はいらないわね」
ランサーが笑った。
「よし、これが四部屋分の鍵だ。馬車は隣の空き地に駐めてくれ。引っ越していなくなったから、俺が買い取って駐車場にしたんだ」
「へぇ、儲けてるわね。じゃあ、そうさせてもらうわ」
ランサーが鍵を受け取り、二つずつケニーとコリーに渡した。
「扉の鍵を開けておいて下さい。猫チームの部屋は開けっぱなしで。じゃないと、出入り出来ないですから」
「ああ、そうか。分かった!!」
「よし、行こう!!」
ケニーとコリーが階段を伝って二階に登り、盛大に鍵と扉を開ける音が聞こえた。
「二人ともどうしました。早くいってあげて下さい」
「おう、ぼんやりしてたぜ」
「うん、僕は眠いよ」
俺たちも階段を登っていくと、廊下の一番奥まった部屋の扉が開けっぱなしになっていた。
「あそこって事か」
「うん、奥はいいね。心が落ち着くよ。
俺たちが一番奥の部屋にいくと、ケニーとコリーが笑みを浮かべて立っていた。
「ここでいいかな。開けっぱなしにするなら、階段から遠い方がいいと思って」
コリーが聞いてきた。
「ああ、別に注文はねぇし、ここでいいぜ」
俺と相棒はさっそく同じベッドに乗った。
「あれ、ベッドは二つあるのに、寝る時は一つしか使わないんだ」
ケニーが不思議そうに聞いた。
「もっとだぜ、本気で寝る時は片方は寝て片方は起きて見張りしてるんだ。そうしないと、落ち着かねぇんだよ」
俺は苦笑した。
「それは大変だね。なにか怖いの?」
コリーが不思議そうに聞いてきた。
「何もなくても怖い。それが、猫ってもんだ」
「そうだね。防御結界を張らないだけマシかな」
俺と相棒は同時に苦笑した。
「そっか、猫で大変だな」
コリーが笑みを浮かべ、いきなり俺を抱き上げた。
「な、なんだよ!?」
「猫扱いしちゃ悪いって思ってたけど、今の聞いて我慢出来なくなった。よし」
コリーが俺を抱えて、空いたベッドに腰を下ろした。
そのまま俺を膝上に乗せ、背中を撫で始めた。
「どうだ、怖いか?」
「怖くはねぇけど、微妙だぜ……」
俺はため息交じりの苦笑をした。
「ああ、じゃあ私はこっちだ」
ケニーが相棒を抱え、コリーの隣に腰を下ろした。
「……相棒よ、これどうしたらいい?」
「……いいんじゃない、猫だもん」
相棒が笑った。
「あれ、すっかり猫になって」
遅れてやってきたランサーが、部屋にやってきて笑った。
「気持ちは分かりますが、まずは休憩しましょう。全員が寝不足のはずですから」
「それもそうだね」
ケニーが相棒を床に下ろし、部屋から出ていった。
「私は大丈夫だけど、コーベットが寝られないか。また、あとでね」
コリーも俺を床に下ろし、部屋から出ていった。
「では、私も休みます。夜になったら起こしにきますので、ゆっくり休んで下さいね」
最後にランサーが部屋から出ていった。
「ったく、妙な癖を憶えなきゃいいがな!!」
「抱かれて撫でられるって、別に嫌じゃないけどね」
相棒が笑い、杖を抜いて部屋の出入り口に立った。
「先に寝なよ。魔力切れの後遺症で、一回ちゃんと寝ないと回復しないでしょ?」
「さすが、分かってるじゃねぇか」
俺はベッドに飛び乗り、丸くなった。
思った以上にぐっすり寝たようで、目を開けると窓の外は夜だった。
「いけね、相棒!!」
「うん、しっかり寝たみたいだね。コーベットの魔力循環が正常に戻ったよ」
部屋の出入り口に立ちっぱなしだった様子の相棒が、俺が寝ていたベッドに近づいてきた。
「悪い、ガチで寝ちまったらしいぜ……」
「うん、僕はこの後寝れば平気だから、気にしなくていいよ。晩ご飯の準備が出来たって、さっきランサーがきたよ。あと、見知らないおじさんがきてる」
「見知らないおじさん?」
俺は伸びをしてベッドから下りた。
「まあ、メシがあるなら食いにいこうぜ。見知らないおじさんねぇ……」
「うん、服装が立派だから、普通の人じゃないと思うよ。とにかく、行こう」
俺たちは部屋を出て階下に降りた。
「おや、君たちか。喋る猫というのは」
一階のちょっとしたロビーのテーブルにメシが並び、先に降りていたランサーにケニーとコリーがそれを囲んでいる中、確かに見知らないおじさんがいた。
「そういう事。……ああ、こっちのおじさんは何を隠そう、この国の国王様です。怪しい人ではありません」
「怪しいより怪しいよ。なんでここに!?」
「それ、真面目な話?」
相棒が苦笑した。
「はい、真面目な話です。私の知り合いでもあります。この宿に泊まると、もれなく密かにやってきては、悩み事とか色々話してくれます」
「うむ、頼りになる冒険者など限られているしな。なおかつ、信用出来るとなると、このランサーのパーティしかなくてな」
おじさん改め国王は、笑みを浮かべた。
「イマイチ正確に凄さがわからねぇが、とんでもない事だというのは分かったぜ……」
「うん、多分凄いなんてもんじゃないよ」
俺と相棒は同時に苦笑した。
「二人とも、そんな場所に立ってないで、そこのソファが空いてるから座って下さい」
「わ、分かった」
「うん」
俺と相棒は空いてるソファに飛び乗った。
「よし、これで全員揃ったということだな。実は数ヶ月前からなのだが、この王都近くのチリグット遺跡に魔王だの真の国王だの名乗る輩が住み着いてしまってな。今のところの悪事は、城門に『魔王参上』と落書きする程度ではあるが、これは第一の門と第二の門の警備をすり抜けている事を意味する。しかし、この程度で軍を動かすわけにもいかないので、その馬鹿者を捕縛、ないしは排除して欲しいのだ」
国王は頷いた。
「確かに、馬鹿者だ……。これは、国王様直々の依頼です。チリグット遺跡であれば、本当にすぐそこですし、地下迷宮のような類いではありません。断る理由はないでしょう。引き受けましょう」
「ああ、それはいいんだが、恐らくそいつは転送の魔法で移動しているな。つまり、魔法使いって事だ。それは、分かってるな?」
「なるほど……思ったより面倒かもしれませんね」
ランサーがため息を吐いた。
「確かにその可能性は大きい。そこは、報酬に反映させてもらう。どうだろうか?」
国王の言葉に、ランサーは考え込む仕草を見せた。
「おいおい、いつもの勢いはどうしたよ。俺と相棒の魔法があるんだぜ。受けても大丈夫じゃねぇか?」
俺は笑みを浮かべた。
「……そうですね。今は魔法戦力もある。国王様、分かりました。なんとかしてみましょう」
ランサーは頷いた。
「ありがとう。こんなこと、他の誰にも頼めん。吉報を待っているぞ」
国王は笑みを浮かべ、宿を出ていった。
「さて、すっかり冷めてしまいましたが、食事にしましょう。
ランサーが笑みを浮かべ、晩メシがスタートしたのだった。
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