第30話 男の子だって恋バナします。

♦引き続き、ヨシュアside♦



俺は二人のぐうたらに水を与えた。

ケイは用事があると言って先程帰っていった。きっと家族で過ごすのだろう。


「あ~、生き返った。さんきゅ」


「いえいえ」


「そういや大将よぉ、あれからお嬢ちゃんと進展あった?」


ニヤニヤしながら聞いているルーカスはどっからどう見ても悪党だ。これでは彼女など出来る訳がない……


……じゃあ俺は……?


「あった」


「あった⁈ 何?!」


ヴィゼル様は頬杖をついてぼそりと言った。


「プロポーズしたらあっさり受諾された」


ドシン、ガシャびしゃっ。


「「──はあっ⁈⁈」」


驚きのあまりルーカスはソファから落っこち、俺はグラスを落として割れて水がこぼれた。


俺とルーカスはいそいそとヴィゼル様の座っているソファの真向かいに座り、真剣に話し出した。


「あんたさ、二、三日前くれぇまで『僕、梨花のことになるときゅーに自信なくなっちゃうの♡♡』とか言ってたくせに……なんっだソレ⁉」


「誰の真似だそれ」


「ピュアピュア乙女大将」


「それ大賞の間違いじゃないですか」


恋愛ごとになると急にしっかりし出すルーカスは両手を持ち上げた。


「わりぃ、話の趣旨がズレた。……で、いつよそれ」


「昨日」


「また随分と最近ですね……」


「で? 告ったのはいつなワケ?」


ん? とヴィゼル様は首を傾げ、ただ一言


「昨日だが」


と言った。


「……ってことは……」


俺とルーカスは顔を見合わせた。


「もしかして、恋人過程すっ飛ばしてプロポーズしたってぇことか⁈」


「よく梨花さん承諾しましたね……」


そこでヴィゼル様が口を挟む。


「いや、ここに帰ってすぐに告白してから、夜に改めてプロポーズした」


恋人期間:半日


「短っ……スピード婚の域を完全に通り越している……」


「よくそこまで言ったな大将」


彼は一瞬子供みたいな表情をした後、憂いを帯びまくった声で言った。


「梨花を見ていたら……抑えられなかった」


「うわー出たよこの国を代表する肉食獣」


「梨花さんは見事がぶりといかれたわけですね……」


ルーカスは水を飲み干した後、がっくりと項垂れた。


「でもそんな無理押しで通るのか……大将すげぇなー」


「これでも我慢していた方だ」


「まあそうですよね、ちゃんとこっちに来てからしましたもんね」


彼は以前「やるべき事をやってから告白する」と言っていたのを思い出す。

言ったことは必ず実行する人だから、信頼も厚い。


「んで? 結婚式はいつを考えてるんだ?」


そうだ、結婚式があるんだ。


「色々と準備しないとですねぇ……」


しかしヴィゼル様はハッキリと言った。


「……結婚は、今のところしない」


俺たちはまたソファから落ちた。


「なんでぇ⁈ プロポーズしたのに⁈」


「……ルーカス、俺何となく予想付きました」


「え」


「梨花がしたいと言ったら考えるが……あいつを人の目に触れさせたくない……」


聞いているこっちが恥ずかしい。


「はい当たりー。ヴィゼル様、賞金下さい」


「何故だ……断る」


「えーヨシュアばっかずりー。大将、オレにもちょーだい」


「だからやらんと」


「ルーカス、俺らってヴィゼル様の相談に乗ってあげましたもんね」


「そうそう!! 報酬は貰わんとな!」


「こういう時だけ仲が良いな……仕方ない、今夜酒でも届けさせる」


「大将大好き~♡」


「だいしゅき~♡」


「やめろ梨花以外に好かれたくない!」


抱き着こうとした俺らを華麗に躱して、彼はぜえはあと息を吐いた。


「マジかよ。普段はあんなに動いても息一つ切れねぇってのに……」


「梨花さんが絡むとマジになりますから、あの人」


「お嬢ちゃんも大変だなー……」


「……ッ……もう、帰る!」


扉に向かった彼に声を掛ける。


「あ、ヴィゼル様、明日からお仕事あるんで、遅刻しないでくださいね。遅刻したら量を倍に増やしますので」


ヴィゼル様は固まった。


「……悪魔……ッ」


「何とでもどうぞ」


彼はそのまま扉まで歩くと、一言言い残して去っていった。


「……本当に助かった、ありがとう」


バタンと扉が閉まる。暫しあっけに取られていた俺たちはふっと笑みをこぼした。


「ヴィゼル様って何だかんだ良い人ですよね」


「だな。違いねぇや」



♦梨花side♦


私は動けない身体でコハクと遊んでいた。

昨日買ってきたおもちゃが好評だ。


「えへへ~、可愛い~」


たまにこてんと転んだりするのが可愛い。


……この子も、私と同じ。一人だ。

だから親近感が湧いて尚更に可愛いのかな。


「ただいま」


ヴィゼル様が寝室に顔を出した。


「あ、ヴィゼル様。お帰りなさーい」


「ああ」


彼は頬を緩めた。


……最近、本当によく笑うようになったな。

ちょっと嬉しい。


「にゃー」


コハクが遊んでと催促する。


「今度はあっちに遊んでもらいなよ」


「方向で人を呼ぶな……」


「はい、ヴィゼル様、どうぞ」


私はコハクを抱き上げて彼に渡した。

するとヴィゼル様は猫じゃらし(っぽい)おもちゃを手にして、コハクと遊び始めた。


これこれ。これですよ。ギャップ萌え。


ピーマンと包丁パターンもなかなかにウケたけど、今回は猫じゃらしと子猫だからね。

可愛い。癒し。


「……ほら、コハク。これが欲しいのだろう? 上手に啼けたら思う存分くれてやるからな」


……ん?


ヴィゼル様はくるくると器用に手先を動かしてコハクを翻弄する。


「何だ。もう疲れたのか? 諦めが早いな」


コハクは再びぴょんとジャンプして、猫じゃらしを捕まえた。


「良い子だ。これが良かったのだろう、存分に味わえ」


……あの、ヴィゼル様。本当に申し訳ございません。

脳内で勝手にあれがああなってこれがこうなって物凄いことになりました。頭が。


というか、コハクと遊んでいるときに言う台詞じゃないでしょうそれ。

いくつか夜に言われたことあるのも交じってるし……。

……ん?


ということはだぞ。


私、完っ全にヴィゼル様に遊ばれてる……?


ボーゼン。所詮私は猫と同格か。


「……もういいもん。猫でもいいもん」


「何か言ったか?」


「いえ、何も」


ヴィゼル様はくるくると猫じゃらしを回しながら言った。


「……コハクで遊ぶのも良いが、私はそろそろ梨花と遊びたい」


ほら!! もう言っちゃってるし!!


「どうせ私は猫ですよーだ……」


「何を言っている? 遊ばれるのは嫌か?」


「嫌じゃ、ないですけど……」


何だろうな、この気持ち。


「では、嫉妬しているのか?」


……。


頭の中でピンポンピンポーン、と何かが鳴った。


「図星か。可愛い奴め」


「ひゃっ!!」


突然、猫じゃらしで首を撫でられた。


「無理くすぐった……あはははっ! もう、やめてっ! あははっ!」


「何故だ? これから思う存分遊んでやろうと思ったのだが」


「……遊び方が卑怯です」


「だって貴様の身体が使い物にならないから」


「それは貴方のせいです!!」


「……仕方ないだろう、歯止めなんて利かないのだから」


やめてくれ……。身体が持たない……。


「ヴィゼル様のこと……ちょっと嫌いになりました」


「ほう、そうか」


なんだか怖い。

私はコハクを抱き上げて、その足をヴィゼル様の手にくっつけた。


「……猫パンチ」


「柔らかいな。癖になりそうだ」


すると突然押し倒された。


「だが生憎と、私にはもう癖になっているものがある」


感触を確かめるように口づけされて、彼は超至近距離で言った。


「貴様の唇は柔らかくて気持ち良い。癖になるんだ」


「そんな……っ、こと言われても……ッ」


簡単には……機嫌なんて直さないんだから……!


「強がるか? 好きなだけ強がれば良い。私はその間ずっとキスしていてやろう」


「ちょっそれはな……んっ……」


最初は合わせるだけだったキスが、徐々に深くなって行くのに軽く危惧を覚える。

……もう、どうでもよくなってきちゃった。


「……ヴィゼル、様……」


「ん?」


「ごめんなさい、やっぱり大好きです」


「知っている」


「ふぁ⁈ もう……っ」


再びキスが続行されたのでもう諦めることにした。


人間諦めも肝心だってね、そう誰かが言ってたよ。


「明日からは忙しくなるんだ。今のうちに沢山触っておかなければ気がおかしくなりそうだ……」


「言い方が卑猥です」


「本当の事だろう」


いつも変なところで言い張る。


「だから今日は諦めて私に身を委ねていれば良い」


「──優しくしてやるから」


耳に囁かれる。


「嘘です。絶対嘘」


「バレたか。流石は我が姫だ」


そう言ってくつくつと笑う。


「当たり前ですよそんなの」


大体この国を代表するような超スーパードsな彼が優しくなんて出来るわけないじゃない。


「だが少しは優しくする。抱き潰さないようにだけ」


「そんなの当然じゃないですかー!!」


「黙れ。私にはこれが精一杯なんだよ」


彼はコハクを持ち上げて私の前に持ってくる。


「……許してにゃ♪」


「うわあああああああ」


私は死亡した。全ッ然優しくなんてないんだにゃー!!

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