ビレイテッド・バレンタイン
2月14日。この日は周りが気になってしまう方も多いのではないだろうか。
健全な男性諸君は特に、自分は無事もらえるのか、誰が誰に渡すのかなど、もはや憂慮に堪えない様相を呈してしまうのではなかろうか。
この日、とある高校にも、やはり同様の悩みで心中穏やかでない一人の男子生徒がいるのだった。
彼は同じクラスのある女生徒に恋をしていた。
切っ掛けは些細なことだったのだろう。ふとした時に見せた優しさ、朗らかに笑う姿。
何気ない日常の中、目に映る彼女の魅力に次第に惹かれていったのだった。
彼はまともに恋愛を経験したことがなかった。初めて付き合ってた彼女とは知らぬ間に関係が終わってしまっていた。
あまりよく知らない、会話をしたことがあるかさえ定かではない女子に言い寄られて交際を始めたものの、何をすれば良いかよく分からずにすぐに愛想を尽かされてしまったのだ。
そんなことがあって、彼は意中の女生徒に接近する機会を作れないでいた。
会話をする切っ掛けを手に入れても、どうしてもそっけない反応を返してしまう。
あまつさえ、好意を知られたくないが為に過剰に攻撃的な態度を示してしまうことさえあるのだった。
側から見れば嫌がらせにも近しい行為であった。しかし彼にとって素直に好意をアピールする、ということが他のどんなことよりも難しかったのだ。
結局、彼女から話しかけられることもなく、他のなんでもない日と同じようにその日は部活動を終えた。
彼は少し落胆したが、それはそうだ、俺がもらえる筈もないなと自分を納得させて帰路につくのだった。
翌日、授業が全て終わってから彼は呼び出された。
彼女から用があるだなんて、珍しいこともあるものだと思いながら指定された場所へ向かう。
ドアを開けると、誰もいない教室の中心あたりに彼女は一人だった。
適当な机にカバンを置いて彼女へと近づくと、普段とは様子が違うことに気づいた。なぜだろう。少し顔が赤い気がする。夕日のせいだろうか。
「はい、これ」
少しそっけない態度でポン、と小さな包みを手渡される。お洒落な包み紙を淡い色ののリボンで巾着状に縛った可愛らしいデザインだ。
「ごめんね。ほんとは昨日渡したかったんだけど。はい、これ。バレンタインのチョコレート」
「え、あ、あの、」
予想外の出来事に、彼はしどろもどろしてしまう。
「好みの味にできてるか感想を聞かせてほしいな。すぐに食べてくれない?」
リボンが存外に固く結ばれていたので、緊張もあって開封に手間取ってしまった。
「じゃあ、いただきます」
気付かぬうちに後ろへと回っていた彼女へ振り向くと、彼は大事そうにその丸い物体を口へと運ぶ。
彼がチョコレートを口に入れたのを確認して、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
大人の味のチョコレートだった。彼の好みではなかったのだが、今の彼にはそんなことはどうでもよかった。
突如、彼女が思い出したように口を開く。
「ごめん、ちょっと忘れ物しちゃった。すぐに戻ってくるから少し待っててくれる?」
彼女が教室から出ると、彼は大きく息を吐いた。
一体どういう風の吹き回しだろう。彼は浮ついた頭で必死に考えようとする。しかし、あるかもしれない最高の展開を目の前に、彼は冷静ではいられなかった。
少しして、廊下を慌ただしく駆ける音が聞こえた。
音は段々と大きくなってくる。
彼がいる教室の前で一つの足音が止まると、代わりに彼女の鋭い声が響く。
「先生!こっちです!学校でお酒を飲んでいる男子がいます!」
入ってくるなり彼女が彼を指差す。
その背後には鬼のような形相の教師が控えていた。
「お酒なんて飲んでません。何を言っているんですか」
状況がうまく飲み込めないまま、彼は誤解を解こうと必死に弁明を試みる。
「持ってきた酒はどこにある?今すぐ出せ!」
「だから持ってきてませんってば。本当ですって」
「カバンにあるはずです。私、見てました!」
「こう言ってるぞ。カバンの中を見せてみろ」
知らぬ間に開いていたカバンを漁ると、身に覚えのない缶チューハイが2本見つかった。その内一本はすでに空になっている。
「信じてください、お酒なんて本当に飲んでないんです」
怒りの収まらない教師が問い詰める。
「だったら人気のないこの教室で何をしていたんだ!」
彼は涙目になりながら彼女を指差し言った。
「彼女からチョコをもらっただけです」
視線を向けられた彼女は心底不思議そうに答えた。
「何言ってるの?バレンタインは昨日だったじゃない」
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