七章 不条理の条理
七章 不条理の条理 1—1
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今夜は、また夜祭だ。
僕一人でなんて、蘭さんを助けられないよ。
と、朝から暗い気分になってたら、昼ごろになって、猛が帰ってきた。
「わあッ、猛だ! 兄ちゃあーん」
抱きつく僕を、いつもなら、なめまわさんばかりにスキンシップしてくるくせに、猛は厳しい顔つきでひきはなす。
「薫。落合さん。死んだんだってな」
「うん。僕、落合さんが死ぬとこ、見てた」
猛の食いつきは予想以上だった。すごい。入れ食いだ。
「でかした! 知ってること全部、話せ」
それで、僕は猛と二人、八畳間にこもった。
昨夜の滝つぼ裏の人工洞くつで起きたことを、一部始終、話した。
「おまえたち三人が見てる前で落ちたんだな?」
「うん。そばには誰もいなかった。遺書もあったから、自殺はまちがいないと思う」
「その遺書の内容、知ってるか?」
「けさになってから情報収集に歩いて、田村くから聞いたよ。田村くんは、龍吾がみんなの前で遺書ひらいて読むの聞いたんだって」
「へえ」
「村で起こった変死事件は全部、自分がやったんだってことが書いてあった。最初に富永さん。下北さん。涼音さん。あずささんの四人ね。子どものころから人を殺したい欲求があって、それが抑えられなくなったっていうんだよ。それで、あずささんのときは殺すだけじゃ、あきたらなくなって、バラバラに。でも、これ以上、歯止めがきかなくなってくのが怖くなって、自殺を決心した——そんな内容だったってさ」
猛は鼻さきで笑った。
「なるほどね。それで、おれが釈放されたってわけか。でも、それじゃ、警察は密室の神社のなかに、どうやって落合さんが侵入したと思ってるんだろう? あのぬけ穴、見つかったのか?」
「見つかってないって。水魚さんが言ってた」
「あの床な、下から上にしかあけられないんだよ。ぬけ穴のフタも、床の模様と一体化して見わけつかないし。つまり、上から見ただけじゃ、絶対、見つからない。あの床下の格子戸のなかに入らないかぎり。警察は水魚に、あの格子戸のなかまで入らせてもらえなかったんじゃないかな。巫子しか入れない神聖な場所だとか言われて」
猛がいると、やっぱり、たのもしいなあ。
「なるほどねえ。じゃあ、警察はどうするんだろう」
「落合さんは長いこと、この村にいたから、そのあいだに前もって合鍵を作ってたんだってことにでも、するんだろ。残念ながら、裏付けはとれませんでしたが……とか言って。もしかしたら、そのうち、村の金物屋とかが合鍵作ったとか言いだすかもしれないし」
「村ぐるみの隠ぺい工作!」
「そうそう」
「じゃあ、落合さんは犯人じゃないの?」
「犯人でもないし、自殺でもない」
「ええッ……」
と、おどろいてみせるけど、ほんとは僕もちょっと変かなとは思ってた。
落合さんが犯人であってくれたら、もう安全だから、そのほうが安心だな、とは思ったけど。
「そうか。落合さんじゃなかったのか」
「まあ、ほんとに落合さんが合鍵、作ってた可能性もゼロじゃないけど、それだと説明のつかないことがあるんだ」
「何?」
「あの晩、おれたちが社に入ってみたときには、まだ、あずさはバラバラじゃなかった。もちろん、おれたちと別れたあと、落合さんがバラしに戻ったとも言えるけどな。でも、そうなるとおかしいだろ。おれたちがあわてて逃げだしたのは、水魚たちが来たからだ」
「うん」
「巫子候補が殺されてるんだぜ。自分たちにやましいことがなければ、すぐ警察を呼ぶ。逆にうしろ暗いことがあるなら死体をかくすはずだ。そのどちらでもなかったってことは、やつらは誰かをかばうために、あんなことをしたんだ。犯人を警察に引き渡すわけにいかなかったんだろう。落合さんのために、水魚とその仲間がそこまですると思うか?」
「しないだろうね」
「ところで、薫。警察がぬけ穴、見つけられなかったって、水魚がおまえに教えてくれたのか?」
「まさか」
僕は水魚さんと香名さんが抱きあっていた悲しい事実を、猛に告げなければならなかった。
「まあ、猛の嫌疑を晴らしてもらいたくて、たのみに行ったみたいだけどね」
すねる僕を見て、猛はニカッと白い歯を見せる。
「抱きあってたからって、恋人とはかぎらない。おれとおまえだって、よくハグするだろ」
「だって、兄弟だもん。ていうか、ふつう、男どうしの兄弟で、僕らみたいにしょっちゅう抱きあうの、変だからね。変人だからね」
猛は有無を言わせず、僕を押したおした。そして、足と足をふくざつにからませ……まんじがための体勢に。
「ギブ。ギブ。兄ちゃん、痛いです。ギブアップ!」
「誰が変人でヘンタイ(そこまで言ってない)だって? 兄ちゃんにナマイキ言うのは、この口か?」
「やめてェ……口がスライムに……」
さんざん無抵抗の(抵抗は
「こんなことしてる場合じゃなかった」
わかってるんなら、やめてほしいよ。痛いのは僕なんだから。
でも、言うと、また遊ばれるから言わない。
猛はオモチャに飽きた子犬みたいに、ポイっと僕をすてて(ポイっとね。ポイっと)、ポラロイドカメラに手をのばした。
落合さんを殺した犯人でも念写するんだろうか。
だけど、あのとき、たしかにまわりには誰もいなかったんだけどな。
猛は三枚、続けて連写した。
猛の念写は日に三枚だから、ふだんはこんなことはしない。
ほんとに念写が必要ときのために、とっておくのだが、今日はめずらしい。
「なに撮ったの?」
「ん? 今の蘭」
兄ちゃんが僕に手渡してきたのは、二枚めに撮った写真だ。
今回はどこにいるかがバッチシわかる、超ナイスなショット。
はっきりと、八頭家の別棟内部だ。
前に僕らが通された客間である。
ちょうど、蘭さんは水魚さんに、前と同じ平安貴族のコスプレをさせられているところだった。
冠をかぶるために、ロングの髪をゆっている。
うーん。蘭さんだったら十二単のほうが似合う気がするが、男雛のカッコも、なんだか、やたらなまめかしい。
蘭さん……早く会いたいよ。
「あれ、指輪してる!」
あの蛇の指輪。
安藤くんにあずけたはずなのに、なぜか、蘭さんの手に光ってる。
「ああ。そうだよ」
「ええっ、じゃあ、何? 安藤くんが蘭さんに渡したの?」
猛は笑った。
「さあ、それはどうかな。でも、しめたもんだろ。今夜も蘭が代理に立つんだ。つまり、あいつが社のぬけ穴を通るとき床下にいれば、確実に本人と話ができる」
「じゃあ、早めに行って隠れてなきゃ。村人が集まってからでは遅いよ」
「昼メシ食って、すぐに行こう」
猛は二枚め以外の写真を、僕に見せずに、残りは自分のポッケに入れた。
「昨日、コロッケ作りすぎちゃって、いっぱい、あまってるんだよね。コロッケでいい?」
ほんとは猛は肉が好き。
でも、ニッコリ、満面の笑顔。
「いいよ」
くそォ。そんなに嬉しそうにされたら、カワイイじゃないか。
また、がんばっちゃうぞ。
今度は、猛の好きな手作りギョウザだ。
それでお昼は、レンジでチンしたコロッケに、朝の残りのみそ汁。菜の花のおひたし。
香名さんやアイちゃんと、食べたんだけど、猛は変なことを言った。
「そういえば、愛莉は香名さんと初めて会ったの、いつ?」
いつって、子どものときじゃないのかと思ってると、意外にも、
「うーんと……十八ぐらいだったかなあ。ねえ、香名さん」
香名さんは黙ってうなずいた。
「アイちゃん、子どものときから村に遊びに来てたようなこと、言ってなかったっけ?」
僕が聞くと、香名さんはあわてたように言った。
「わたし、病弱な子どもだったんです。ずっと、遠くの病院に入院してたので、村に帰ってきたのは二十歳すぎてからなんです……」
「それでかあ。香名さんはきれいな標準語」
すると、僕のとなりから、ポカリとゲンコツが降ってきた。
「どうせ、あたしは、なまっちょうよ」
「そんなつもりで言ったじゃないよ。アイちゃん」
「じゃあ、どぎゃんつもりだあ(どんなつもりよ)?」
「アイちゃん、酔っぱらってないよね? みそ汁に酒かすでも入ってたかなあ」
「なんぼ、あたしが下戸でも酒かすじゃ酔わんよ」
僕とアイちゃんがギャアギャアやりあうのを見て、香名さんが笑いだした。
「やっぱり、いいですね。こういうの」
なにげなく香名さんを見て、僕はギョッとした。
香名さんは、笑顔で涙をこぼしていた。
「香名さん……」
もう、いっそ、香名さんも京都に来ちゃえばいいのに。
そのとき、僕は本気で思った。
けど、そうもいかない事情があったのだ。
「ごちそうさん」
猛がハシを置いて手をあわせる。
「じゃあ、悪いけど、おれたち、用があるから二人で行くよ」
香名さんは何も言わなかった。
僕らがなんのために出ていくのか、ちゃんとわかってるからだ。
香名さんたちに見送られて、僕らは外へ出た。
今度こそ、蘭さんを助けるんだ。
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