六章 不可視の殺人 1—2
かえすがえすも、くちおしい。
あの予言。
予知の巫子の言葉。
『予言の巫子、不二の巫子、惑乱の巫子。三者をそろえし者、新たなる世の神となる』
別に神になりたいわけじゃない。
ただ、これ以上、自分のような犠牲をこの村から出したくない。
どんなに、よそ者を排除し、かたくなに秘密を守っても、どこからかウワサを聞きつけ、人々はやってきた。
いくども時の権力者に襲撃された。
そのたびに村は焼きはらわれ、若い娘や巫子がつれさられた。
しかし、彼らは何も知りはしなかったのだ。
御子のもつ永遠の命の本当の意味を。
わかるはずもない。
テロメアも幹細胞も、DNAさえ知らない人間に、何がわかるというのか。
だが、今度のやつらは違う。
彼らは数百年前の権力者のように、銃や刀や大砲を武器に村にやってきたのではない。彼らの武器は、二十一世紀の最新の科学力だ。
その力の前には、水魚たちはひれ伏すしかなかった。
これまで先祖たちが守りぬいてきた秘密は、あっけなく、あばかれた。
水魚の体は細胞単位で解体され、試験管のなかで真実をさらした。
そのあとは、地獄の日々だ。
毎日のように皮をはがれ、骨を断たれ、肉をそがれ、内臓をぬきとられた。
金や権力はあるが、若さや健康をもたない連中のための、生きた臓器培養器代わりにされた。
また悔しいことに、自分の体は恐ろしく頑丈なのだ。
心臓を切りだされても、人工心肺装置で血液さえ循環させていれば、数時間後には新しい心臓が生えてくる。
だからと言って、痛みがないわけじゃない。くりかえされる苦痛に、一時的に錯乱して、手術直後に研究所をぬけだし、村をさまよったことも一度ならずある。
本来、それは村人のためだけに使われる力だった。
村民が病気やケガに倒れたとき、巫子に選ばれた者が、その再生力で癒してやるのだ。
かるいケガなら、なめてやるだけで、かんたんに治った。やや重い傷でも、傷口に血をふりかけてやれば、たいてい治った。
臓器をとりかえなければならないほどの重病は少なかったし、慣習的に、それは若い人間にだけ与えられる特権的治療法だった。
苦痛の
(しかし……いい。最後に笑うのは、私たちだ。研究所のやつらは知らない。わたしたちが真に隠したかったのは、なんなのか。そのときになって泣けばいい)
そのときが来て、自分たちの犯したとんでもない過ちに気づく、彼らのブザマな姿を想像すると、どんな痛みにも耐えられた。
その報復の達成の瞬間の悦楽のためにのみ、水魚は今このときを生きているのかもしれない。
(威さん。もう違いすぎるんだよ。あなたといたころの私は死んだ。あの石碑に名をつらねた瞬間から、人としての私は死んだんだ。たとえ、あなたの大切な孫でも、ジャマをするなら、殺す)
だから、このまま警察でおとなしくしていてほしい。
できることなら、威の孫を殺したくはない。
あのころの大切な思い出のよすがに。
鬼の心の下に、わずかに残る人の心が、そう願う。
とはいえ、兄弟のたのみを聞いてやる必要はない。
今さら、大切な蘭を彼らのもとに帰しはしない。
水魚に手紙など託すのは愚行でしかないと、あの猛が気づかないはずはないのだが。
水魚は手紙が他人に見せられない内容か、チェックするつもりで封を切った。
村の最大の秘密について書かれていては大変だ。
しかし、封をあけた水魚は、
そこに入っていたのは手紙ではなかった。
出てきたのは、一葉の写真だ。
猛、薫、蘭の三人が食卓をかこんでいる。
ただそれだけの写真。
だが、すき焼きの肉をうばいあいながら、大口をあけて笑っている蘭の、なんと楽しそうなことか。
こんなに生き生きした蘭を、水魚は見たことがない。
こんなふうに笑うのか。
子どもみたいに白い歯を見せて、目じりをさげて。
彼らの笑い声まで聞こえてくるようだ。
「猛のバカ! 肉ばっかり、とらないでよ」
「なに言ってんだよ。かーくん。早い者勝ちだろ」
「だからって、僕の皿からとるなよォ!」
「まあまあ、かーくん。ほら、僕のお肉をあげますから」
「蘭さんだけだよォ。そんな優しいこと言ってくれるの」
「なんだよ。蘭。いらないんなら、おれにくれ」
「猛さんは肉ばっかり食べすぎ」
「いいだろ。いっぱいあるんだから」
「そうは言っても、ペース配分ってものが……すきありッ!」
「わッ、なにしてんだ。蘭、それ、おれの肉」
「ふふん。思い知りなさい。うばわれるがわの気持ちを」
「くっそォ。油断ならないなあ。蘭は……」
そんな声が今にも聞こえてきそう。
(なんだ。私はてっきり、蘭は静かに微笑むようにしか笑わないんだと思っていた。私の前では、そんなふうにしか笑ったことがないから……)
しばし、水魚はその写真に見入った。
かつて、威たちと過ごした日々が、記憶の底をたゆたう。
あのなつかしいセピア色の日々。
金魚鉢のなかの金魚が、自由に泳ぐ鮎とすごして、つかのま、自分も清流を旅する心地を味わった。
(蘭、君も、本当は……)
帰りたいのだろうか?
もちろん、帰しはしないが……。
と、そのときだ。
「ちょっと、いいですか? 巫子の人ですよね?」
急に声をかけられて、おどろいた。
顔をあげると、男が一人、立っていた。知らない男ではない。たしか、研究所のガードマンだ。
「何か?」
「ちょっとね。大事な話があるんですよ」
「私に?」
「いやあ、迷ったんですよ。こんな話、ほかの人にはできないんでねえ。警察に行くべきかどうか……」
いやしい笑みをうかべながら、男は話しだした。
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