第65話 『魚』との出会い、そしてバグの真実

 ウイルスに飛ばされた空間で、数時間が経過した。


 マントはエネルギーを消費して移動するものなので、補給が見込めない状態での多用は危険であるが……これ以上待っていても、広大こうだいが来る可能性は極めて低いと考えられる。


 そうであれば、少しでも移動することでホームページにたどり着くのが正解だと判断したのだ。





 マントを使って、とりあえず真っすぐ進んでみる。


 30分くらい飛行したものの、ホームページにはたどり着くことはなく……エネルギーは20%くらい、消費してしまっていた。


 このまま進み続けるかどうか、迷ったその時……突然目の前に、タクティカルフレームが現れた。





 そのタクティカルフレームは、女性の人魚のような独特のフォルムをしていた。


 ネットワーク空間では、『アバター』と呼ばれるパーツをつけることで、人間の形ではない生命体に似た姿をとることができるが、おそらく彼女もそうなのであろう。


 ネットワークの海で、人魚……デザインとしては悪くないと感じた。





「すみません! この近くで、ホームページに向かえる場所はありますか? 迷ってしまっていて……」


 僕が呼びかけると、目の前に透明なウインドウが開かれた。





『それならば、私が案内します。ついてきてください』





 ウインドウには、そう表示されている。


 宇宙空間とは異なり、ここでは声を出すことができるのだけれども……なぜウインドウを使ったのだろうか? 





『ちなみにウインドウを使った理由ですが――私のギフトに、『音声の具象化』というものがあるのです。通常の世界では発動しないのですが、ネットワークでは声を出すことで、何かしらの現象が起きてしまう可能性があるのです』





 次に表示されたウインドウで、理由が分かった。


 確かにその状態で声を出すのは、色々とまずい可能性がある。


 ギフトとは言うものの、ネットワークでは声が出せないとなると、ギアスに近い部分もあるのではないだろうか。





 彼女が動き始めたため、僕もその後を追う。


 なぜか罠であるという可能性は全く感じず、むしろ安心感を覚えた。





『少しだけ、寄り道していいですか?』


 彼女がウインドウを提示したため、僕はうなづいた。





 小型のホームページに近づいていくのだが……何やら怪しい雰囲気がある。





『ここは、隠されたホームページです。個人攻撃のために作られたもので、非常に不快な言動がなされています――こういったものを破壊するのが、私の使命だと感じていますので』





 確かにうっすらと見える文章からも、特定の個人をいじめている様子がうかがえ、僕自身も不快な気持ちになる。





『どうやら明日、決定的ないじめで心を壊す予定のようです――このことをしかるべきところに広めたうえで、ホームページ自体を凍結させます』





 彼女が三又の槍を構え、魔法を放った。


 どうやらこの槍はデバイスのようで、強烈な冷気が槍からホームページに向けて放たれる。


 たちまちホームページは、氷の塊によって閉ざされてしまった。





「すごい力だね……あれ? 氷の中に何かが見えるような……?」





 よく目を凝らすと……氷の中には、バグが何匹か閉じ込められていた。





『こういった悪意から、バグが生まれるのです』





 !?


 その情報は、初めて知ったことで……重大な事実だ。





『現実世界でも、矛盾や悪意はいたるところに存在します。それらが限界値を超えた時に、バグという存在になって人を襲うようになるのです』





 こんな重要な情報を知っているなんて……彼女はいったい? 





「もしかして、かなり高位のヒーローなのですか?」


 思わず、問いかけてしまった。





『いえ、私もつい最近、ヒーローになったばかりですよ』





 これだけの力を持っていて、ヒーローになったばかり……世の中は広い。


 前に一緒に行動した、ネットダイバーのヒーローの力も相当なものであったが、彼女はもしかしたらそれを上回るのではないかと感じた。





『それでは、今度こそ安全なホームページに向かいます――そちらでは、オウスという機体の捜索願が出されているようですが、もしかしてあなたのことですか?』





 どうやら父さんは、僕の捜索願を出してくれていたようである。





「その通りです! よかった――父さんは無事、あのウイルスを倒して僕を探してくれていたんだ」


 厄介そうなウイルスだっただけに、その後どうなったのか不安だったのだが――これで安心できる。





 彼女とともに進むと、大型のホームページが見えてきた。





『あとは真っすぐ進むだけです。私は用事があるので、これで失礼します』





 ここで別れることになってしまうのが、少し寂しい。





「お礼をしたいのだけれども……用事があるのでは仕方がないですね。せめてアドレスの交換だけでもお願いしてよろしいでしょうか?」


 僕の願いに、彼女は応じてくれた。





 ホームページに到着し、彼女から受け取ったアドレスを確認する。


 アバター名は『ヴァール』で、機体名は『ジレーネ』というらしい。





 ちなみにネットワーク上では本名の交換は基本的に行わず、アバター名を使うことが多い。


 僕もアバター名である『クラージュ』と、『オウス』で交換した。


 ちなみにクラージュというのは、フランス語で勇気のことで……僕の名前とかけたアバター名である。





 ホームページにたどり着き、交番にあたる部署に異動する。


 そこには広大が待ち構えていた。





「良かった。かなり心配したのだぞ!」





 どうやら自分の指示で危険なウイルスに攻撃し、反撃を受けることになったことに対して、かなり責任を感じているようであった。


 僕からその後に起きた出来事について、説明を行う。





「『ヴァール』、彼女と出会ったのか!」


 広大が声を上げた。





 どうやら彼女はかなりの有名人らしく、特にいじめや自殺未遂などのホームページを見つけ出しては、状況を改善したりしているようである。


 さらにネットワーク上のバグの掃討でも活躍しているらしいのだが、なぜかそれをヒーロー組合に報告していないため、目撃談しかないとのことだ。





 ちなみに『ヴァール』とは、ドイツ語で鯨の事らしく……なのに彼女の俗称は『正義の魚』らしい。


 彼女が行動するところ、悪のホームページが潰されていくその姿から、ネットワークで活躍するヒーローたちの憧れになっているとのことだ。


 機体名の『ジレーネ』とは、ドイツ語でセイレーンの事であり……彼女の姿そのままである。





 そんな有名人だとは、思いもしなかった。


 そうなると「ヒーローになったばかり」という彼女の言葉は、おそらく謙遜か冗談なのだと思われる。


 久朗が知ったら、なぜサインをもらわなかったのかと問い詰められるだろうな……なんて、ぼんやりと考える。


 助かったという安堵から一気に疲れが出たため、今日はネットワークを終了して家に帰り、眠ることにした。

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