第54話 奏と歌
校長との話が終わり、舞台の方に目を向けると……次の出し物でも、
「彼女は裏方に徹するようだな」
久朗がつぶやく。
彼女のあの歌声ならば、ミーシャと比べても見劣りしないほど、人を惹きつける力があると思うのだけれども……。
ライティングが終わり、舞台裏にある控室の方に奏さんがやってきた。
「お疲れ様、奏さん」
僕は声をかける。
「来てくださったのですね。ありがとうございます」
奏さんは少し疲れてはいるものの、比較的穏やかな顔で僕たちに応えてくれた。
あの機器をずっと動かしていたのだから……疲れるのは当然だと思う。
「普通こういう事は、男の仕事だろう?」
「本当はそうかもしれませんが……表に立つのが嫌だったので、自ら立候補しました」
奏さんがそれに答えた。
「少しもったいないよ! 奏さんの歌ならば、十分観客を魅せられると思うのに」
僕の声に、少しだけ困ったような表情をみせた。
「そうだ! ここならばあまり声が響かないから、一曲だけデュエットしてもらえるかな?」
裏方だけで一日が終わってしまうというのでは、あまりにももったいない。
何かしらのいい思い出を残せたらと、僕は思ったのだ。
「そうですね。ここでならば、歌ってもいいですよ」
奏さんの許可もあり、僕達は歌をスマートフォンで選ぶことにした。
「この歌がいい!」
僕が目をつけたのは、『
女性ボーカルのデュエットであるが、比較的声が高い僕ならば十分カバーできると思う。
「この曲ならば知っています。それでは――」
僕たちは歌い始める。
二人の絆の力を歌い上げた名曲で、僕のお気に入りの曲だ。
奏さんも僕の声に合わせて歌う。
スマートフォンから流れる音楽に合わせて、二人の声が狭い控室にこだまする。
やっぱり、奏さんの歌唱力はものすごい。
ミーシャの歌声も確かに高レベルであったのは間違いないのだが、こうして二人で歌っていると、個人的にはそれをもはるかにしのぐ力を持っているように感じさせられる。
恐らく『ローレライ』としての力でも、ミーシャを上回るのではないだろうか……?
歌が終わる。
久朗が思わずといった形で、拍手を僕たちに向けた。
「いや、オープニングテーマで何度も聞いた曲だが、今回のこれが一番だな――やっぱり生にはかなわないということか」
久朗がスマートフォンを操作しながら、僕達に称賛の声をかけた。
「えっと……そのスマートフォンは、いったい?」
奏さんが久朗に問いかける。
「あまりにもいい歌声だったからな。録音させてもらった」
奏さんの様子が急変した。
焦ったような表情に変わり、こわばった表情で慌てて言葉を放つ。
唇は紫色に染まり、ガタガタと体も震えている。
「申し訳ありません! それは、消してください!」
いきなりのことに、僕達はびっくりする。
「私の歌は――残す価値のないものですから。そのような形で残ってしまうのは、意に反します」
強い拒否に、僕達は戸惑う。
「ごめん! 一緒に歌おうなんて言い出さなければよかったのかもしれないね……」
僕は奏さんに謝った。
「いえ、歌うこと自体は嫌いではないのです――ですが、それが残されてしまうとなると、どうしても耐えられなくて」
ここまで強い反応を示すとなると、何かしらのトラウマがあるのだと推測できる。
久朗がスマートフォンを操作し、録音を消したことを奏さんに確認してもらった。
「これでいいだろう。知らなかったこととはいえ、すまなかった」
久朗が奏さんに謝罪する。
「いえ、久朗さんが悪いのではないのです――これは私の心の問題なので」
奏さんが少し硬い表情で、それに答えた。
歌っているときの奏さんの伸びやか表情と、録音されたことを知ったときの強烈な拒絶。
彼女の「歌」に関する思いについて知るのは、かなり後のことになる。
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