第四章

~side チカ~ とある少女の一日

 ――この世界には、特殊な力を有する人が存在する――


 ――DIVE――


 ゆっくりと、「ネットの中」に意識が沈んでいく。


 私の能力は、『ネットダイバー』。

 名前の通り、「ネットの海に潜る」力。

 そして、私は『デバイス』を組み合わせることで、ネットの中でも魔法が使える。


 ネットの中は、いろんな情報で溢れかえっている。


 たとえば、「ニュース」。

 最近だと……やっぱり、「彼女」の話題は、トップクラス。


 ネット上でいじめられていたり、虚偽の報告を行ったりした人を特定して、晒している。

 今ではすっかり、「謎のヒーロー」扱い。


 でも、彼女はヒーローなんかじゃない。

 ただ、ネットの海で、趣味の一環として遊ぶようにやっているだけなのに。

 ひどい勘違い、だと思う。


 おっと、『バグ』発見。

 現実世界でも発生している「敵性生物」だけど、本来はネットの海が源だと思う。


 デバイスを構え、「魔法」を放つ。

 この程度のバグならば、単音節の魔法で十分。

 一撃。


 でも、「彼女」の力はこんなものではない。

 敵ではないのが幸いだけど、正直私だと、逃げるのが精いっぱいだと思う。

 あの子、今はどうしているかな? いじめられていないかな?


 更に進む。


 これは――ひどいミスだ。

 このプログラムの書き方はひどい。

 デバイスを構えて、さっと『ヒール』。


 何やら、「私」のことも話題になっているみたい。

 謎の「ヒーローの二人目」。

 プログラムの問題点を即座に修復する、天使のような存在。


 そんなの、馬鹿らしい。

 だって私は、単に「辻ヒール」をしているだけなのだから。


 あ、「ヒール」で思い出した。

 あの「彼女」もまた、頑張っているのかな。

 彼女は重い過去を負っていて、今では「黒のヒーラー」なんて恐れられているけれど……心の根っこは綺麗な人だと思う。

 だって、私に「家族」を与えて、それから「放り出した」のだから。


 更に潜っていく。


 あ、ちょっとエッチなサイト発見。

 私は、少し苦手。

 そういう世界にはまりすぎると、どうなるか分からないから。


 そういえば、「彼女」が、こんなことを言っていたっけ。

 たしか、「相手も気持ちよくて、自分も気持ちいい。しかもお金がもらえる。こんなに楽しい仕事を、取り上げるの?」って。

 私には理解できない世界だけど、そういう考え方もあるのかな、と思った。


 更に進む。

 今度は、「カジノ」だ。

 ……うん、これはひどい。

 確率を操作して、当たらないようになっている。


 もし、「彼女」が見たら、「ひどい」というだろうな。

 彼女、分の悪い賭けは好きみたいだけれども、勝ち目がないのに偽っているのは大嫌いだし。


 これも、「ヒール」。うん、これで良し。

 これで、きちんと表示されている確率の通りに、勝てるようになった。

 悪いのは嘘をついていた運営者。問題なし。


 どんどん進む。

 楽しくて、仕方がない。

 だって、ちょっと「ヒール」するだけで、嘘だらけのネットの世界が、きれいに浄化されていくのだから。


 次は――これもひどい。

 この文章は、「毒」しか生まない。

 こっそりと、『デリート』。

 こんな文章を読んだ人がいたら、気持ち悪くなってしまうと思う。


 そういえば、「彼女」も、そんな感じだったよね。

 人と抱き合うことすらできない、彼女。

 それは、あんまりだと思う。

 あの「黒のヒーラー」が、治してあげることができないのかな?


 次――うん、見ているだけで目がチカチカする。

 これが「公式」に使われているというのが、私には許せない。

 しっかり、昔のシステムが使えるようにしないと、目がいい人には疲れる表現だと思う。


 これも、「ヒール」。

 使う言葉は、『クラシック』……たしか、『シェル』だっけ?

『アレンジ』のこの魔法を使えば、問題なし。

 これで、見やすくなった。


 そういえば、視覚障害を抱えていた「彼女」もいたはず。

 彼女は無能扱いされて、誰も必要としなかった。

 ただ、目が見えないだけで、無能扱いはあんまりだと思う。


 時間の感覚が、だんだんと狂っていく。

 でも、楽しくて仕方がない。

 どんどん進む。


 ――進まなければ、良かった――


 まさか、こんなひどい「画像」を見るとは、思わなかった。

 これは「彼女」そのもので、見ていられない。

 もちろん、こういう残酷な映像を求めている人がいるのも、分かるけれど……。


 実の父に「ひどい目」にあわされていた「彼女」が見たら、おそらく激しい怒りを覚えるんじゃないかな?

 まあ、入り口に「大人だけ」と書いてあるから、これはこれでいいことにしよう。


 少し戻る。

 また、違うニュース。

 これは、「ヒーロー」の活躍。


 なんだか、嫌な感じ。

 確かにヒーローは、華々しい部分もある。

 だけど、実体はただの職業でしかない。

 警察とか、そういう「必要とされているだけ」の存在ではないのかな?と、考えてしまう。


 だって、「彼女」がいい例だもの。

 彼女は嫌な仕事を続けた結果、どんどんヒーローの力を失ったのだから。

 それを見ていると、このニュースは「茶番」にしか見えない。

 まあ、「必要な嘘」だと思うから、残しておくけれどね。


 次に見たニュースは、「引きこもり」に関するもの。

 これも、「必要なニュース」。


 だって、「彼女」もまた、引きこもりだったのだから。

 それも自分の意志でではなく、育児放棄の結果なのだから――救われない。

 もし「黒のヒーラー」がいなかったら、おそらく彼女はもう、死んでいたと思う。

 それが幸せなことなのか、そうでないのかは分からないけれどね。


 なんだか、「Warning」なんていう文字がでているけれども、無視。

 私は現実よりも、こっちが楽しい。


 そして、「お人形のサイト」にたどり着いた。

 お人形、「彼女」。

 人生そのものを操られた「お人形」。


 結果として、人形を操る能力を得たみたいだけれど、あまりにも釣り合いが取れていないと思う。

 このバランスの悪さは、修正するべき対象じゃないかな?と感じる。


 そういえば、気が付いたら大量の「バグ」を、ついでに倒していたみたい。

 まあ、ヒーローの組合に報告するつもりは、ないけれどね。


 次は……これは、畜産?

 こうやって、「乳牛」と、「肉牛」が育てられるのか。

 うん、なかなか面白い。


 夢中になって読む。

 なんだか、「emergency」に文字が変わったけれども、そんなことは無視。

 こちらの方がとっても大事。


 牛……「彼女」もまた、「怒れる牛」だ。

 家を失い、両親を失い……これは、ひどい。

 彼女はただ、牛のように幸せに眠っていたかっただけなのに。

 彼女の怒り、私にはよく分かる。


 こんなに多くの嘘や矛盾、人を傷つけることばかり。

 ネットの世界って、こんなに酷かったっけ?


 これは、バグが増えて当たり前。

 だって「バグは、人の観測していない矛盾、または盲点から生まれる」のだから。


 最後に――これは、「アリス」?

 不思議の国、鏡の国……。


 おそらく、「彼女」にとっては、「不条理の国」なのだと思う。

 多分、不条理の国のアリス。

 それは、悪夢のように感じられても、仕方ないのではないかな。


 なんだか、赤い文字が次々と目の前に出てくる。

 そろそろまずいかも。

 でも、あと少しだけ――。


 ――disconnection(切断)――


 いきなり、「現実」に引き戻される。


 一体、何が起きたのだろう。


 自分の体を確認する。

 いつも通り。


 頭、手、胴体……ここまでは、正常。

 少しお腹がすいているけれども、いつも通り。


 そして、「」のも、


 車いすの上で、パソコンに向かっている。

 完全に、いつも通り。


 ちっぽけで、歩くことすらできない「自分」。

 ネットの世界とのあまりにも大きな「違い」。

 これこそが、最大の「バグ」ではないのかと感じる……。


 声が聞こえる。


 ネコ耳の男の子が、「ったく、またこれかよ!」と言っている。

 私の「家族」の一人。


 どうしたの?


 答えは、「いつものことだろ、警告を無視してどんどん進んだから、LANケーブルをぶっこ抜いたんだ」って。

 あまりにも、ひどい。

 私はずっと、あの「ネットの海」に潜っていたかったのに。


 更に、もう一人の声が聞こえる。

 今度は、イヌ耳の女性の声。

 彼女もまた、「家族」の一人。


 彼女は、泣いていた。

 涙を流しながら。


 いわく、「本当に、心配したのですよ。このままずっと、向こう側に行ってしまうのではないか、と……」。


 それでも良かったのに。

 こんな、足が動かないという現実よりも、ずっと――。


 ネコ耳の男の子、「いい加減にしろよ!俺は介護をやっているつもりはないんだぞ!おむつを替える気持ちになってみろ!」だって。

 イヌ耳の女性も、「それはいいのです、ですが、食事を食べてもらえないのは、悲しいです」か……。


 うん、ごめんなさい。


 ここもまた、私の居場所。

 そして、この二人もまた、私の家族。


 これもまた、現実。

 足が動かなくても、この二人がいる。

 向こうも私の居場所だけれども、ここもまた同じ。


 行ったり来たり。

 それが出来るだけでも、恵まれているのではないかと思う。

 もう少しだけ、頑張ってみようかな。


 私の居場所を、失わないためにも。

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