バグバスイ・シャウデッド

エリー.ファー

バグバスイ・シャウデッド

 人を殺めたことはあるか。

 私はない。

 私は勇者に転生した。

 そこまでは、良かった。

 だが、転生前の記憶が残っていたのである。

 名前は。

 バグバスイ

 そして。

 シャウデッド。

 二つを合わせて。

 バグバスイシャウデッド。

 対のモンスターだが、意思決定は浮遊する一つの脳で行い村人や旅人を襲うらしいが生態は謎に包まれている。

 私はそれだったのだ。

 転生前、間違いなく、いや、断定はできないのだが、人を食べていた可能性がある。

 気が付けば、今度は人を食べようとするモンスターを殺す側に回っている。

 今まで、自分の心の赴くままに行動していたのに、今は生まれた町の王様の言葉を鵜呑みにして、勇者を名乗り旅を続けている。

 イネアの森、という所がある。

 そこには野生のバグバスイが多く出没する。

 ウダツバギマの谷、という所がある。

 そこには野生のシャウデッドが多く出没する。

 魔王の城の周辺はイネアの森とウダツバギマの谷が近いため、結果として自生合成が行われ合体進化となる。

 私は決してモンスターの言葉が分かるわけではない。別段できるようになろうとも思わない。簡単に言えば、無駄だからである。

 昔、仲間だった猛獣使いが、手なずけているモンスターたちと会話している所を見かけ、何とかその技術を教えて欲しいと頼み込んだことがあった。自分の転生前のこともあり、何とか戦いを回避できるかもしれないと踏んだのだ。

 答えは単純だった。

「会話なんてできる訳ないだろ。」

 モンスターには当然習性というものがある。抗えない動物的本能とも言える。猛獣使いはそれを利用し、人間の言葉で話しかけた後に、その習性を誘発していたようなのである。

 つまり。

 端から見ると。

 会話をしているように見える。

 見える、というだけで会話はしていない。

 意味などないのだ。

「お前が、猛獣使いって凄いんだなって思わないとこのパーティには入れないだろ。だからだよ。」

 自分の人を見る目のなさを呪い。

 そういう形でしか評価ができない人間の限界も見た気がした。

 魔王の城に行くまでにパーティは一人、また一人と減っていった。

 突然消えたものもいたし、モンスターに殺されたものもいた。結婚して出ていったものもいれば、自殺したものもいた。

 そんなことはどうでもいいのだ。

 最早、パーティが誰であるか、ということに意味がない。

 本当に重要なのは、私の生き方にそのような事実が枠を作り始めたことにある。

 六万二千九十八体。

 バグバスイ。

 シャウデッド。

 バグバスイシャウデッド。

 私が。

 これらを殺した数である。

 そして。

 気が付けば、バグバスイシャウデッドの迷宮の最下層にいた。

 そこにはひと際大きなバグバスイシャウデッドがいた。

 攻撃をしてこない。動きもしない。

 本体である脳の触角が地面と天井を掴むと震える。

「勇者よ。我を殺すことでバグバスイ、シャウデッド、バグバスイシャウデッド。それらは全滅する。それがそなたの望みか。」

 人の言葉を使っていた。

 私は武器をおろす。

「はい。」

「人は今、何を求めている。モンスターの絶滅か。」

「はい。」

「そなたは元々、モンスターから転生した身である。それでも、モンスターを殺し続けるか。」

「はい。」

「モンスターの中でも恐れられている存在として生まれた者が死ぬことで、人間に転生し勇者となる。」

「はい。」

「我も今はバグバスイシャウデッドであるが、勇者になる身である。」

「はい。」

「そして、勇者としての役目を終えた者は、必ず転生の輪廻から外れる。役目を終えた魂となる。」

「はい。」

 その瞬間。

 何かが天井から落ちてきた。

 魔王の死体だった。

「お前は人を愛するか。」

「はい。」

「お前は命を愛するか。」

「はい。」

「お前は、お前を愛さない者たちのことを愛するか。」

「はい。」

「愛を寄越せと言われて自らの愛を奪わせてしまうか。」

「いいえ。」

 巨大なモンスターは静かに横たわるとそのまま動かなくなった。

 私は魔王の首を切断し、王様の元へと帰り褒美を受け取る。

「何か願いはあるかの。勇者。」

「墓をお願いします。」

「墓とな。」

「はい、今まで倒してきたモンスターたちの墓を。大きな墓をお願いします。」

 その数日後、完成した墓の近くで子供たちが遊んでいた。

 私はそれをすり抜けて墓の裏に行くと、そこに自分の名前を刻む。

「ねぇ、なんで、そんなところに落書きしてるの。」

「落書きじゃないんだ。」

「じゃあ、それは、落書きじゃなくてなんなの。」

「遺言だよ。」

 上手く笑えたと思う。

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