噛めなかったたい焼きだった

 あれはチョコだったんじゃないか、とPが言い始めたのは例によって今日の帰り道だった。

「噛み砕けないほどの硬さから飴かと思ったが、思い出してみれば冷たかったような気もするんだ。よく冷やしたチョコは噛み砕けなかったりするだろ? それにほら、昨日はバレンタインデーだった。たい焼き屋がびっくり企画をしていてもおかしくはない」

 人差し指をぴんと立ててPは主張した。

 坂を下りて並木道を抜けると、いつもの商店街に入る。たい焼き屋があるのは商店街の終頃だ。

「今日もたい焼きを買うのか」

「もちろんさ。昨日のものとの味の違いを確かめなければね。僕の計算によると、今日はイベントの翌日だから一般営業のはずなんだ」

 はずなんだ、と言うところでPは両手を広げてみせる。その手が道端の放置自転車を少しかすめた。

「通行の邪魔になるぞ」

ああ、すまないとP。

 商店街の店の脇には自転車が並べて停めてある。駅が近いからか、この商店街を自転車置き場の代用として利用する者もいるようだ。

「楽しみで仕方がないね。語りにも熱が入るというものだ」

「語り、ね。お前は俺を壁とでも思っているのかね」

「まさか。壁は喋らないじゃないか。きみを壁だなんて思えるわけがないさ」

 Pは心外だ、とでも言うように笑う。俺は少し黙って、道中の本屋にちらと目を向けた。色とりどりの雑誌の並びを追う。歩く速さの関係で誌名まではわからない。

 そうか、と誰に向けるでもなく言う。Pが今日は僕が奢るよ、と財布を出した。

 たい焼きの焼ける甘い香りが風に乗ってやってくる。今日の空は晴れだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る