海の匂いに気付かない
「ねえ知ってる? 深夜にあそこの大学の近く通るとさ,ある部屋だけ電気がついてるんだって.どんなに遅くてもついてるらしいよ」
「ええ,本当に?」
「ほんともほんと,塾の帰りに見たんだもの」
少女Aはそう言って得意そうに胸を張る.対する少女Bは訝しそうな顔でフローズンをすすっている.
「噂じゃさ,あの部屋では人間を使った禁断の実験が行われているらしいよ」
「どんな実験なの」
「それがわからないらしいの.ただ,そこを通るときにはいつも海の匂いがするらしいから,海を作る実験でもしてるんじゃないかって言われてる」
海と人間の関係性がわからないじゃん,と少女Bは冷めた声で言う.
「もう,Bはいつもノリ悪いんだから」
少女Aは相手のトレーにあったポテトを一つ食べた.
少女たちの座っているテーブルの斜め後ろでチキンを食べていた俺は,最後の一切れを片付けると立ち上がった.荷物を持って,店を去る.
夜道を大学に向かって歩く.これから研究室に戻って続きをしなければならないのだ.
蛾が街灯に向かって飛んでいた.
あの少女たちの話に出てきた研究室の人もかわいそうだな,と俺は思った.どうせ俺のように,有効なデータがとれないんだろう.その日の分が終わらなくて帰れない,よくあることだ.
街路樹の脇を抜け,塀の傍まできた.門まではもうすぐだ.
心なしか,魚の匂いがした.ビオトープの匂いだろうと俺は思った.大学周辺は明かりが少なく,薄暗いせいかすこし不気味だ.
俺は空を見上げた.いつになれば終わってくれるのか.
背後からぺた,という音がした.俺はそれに気づかなかった.
後悔するのはいつも後になってからだった.
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