第297話:規格外

「まあ、予想以上にお前は足掻いた。大したものさ」


 三度起こった土煙を超えて、榊木の手には再び赤黒い杭が出現する。

 燐花の全身は使い慣れない力の反動で今までほどには動けない。

 初めて操った巨大な力が持つ程度のリスクは彼女とて理解していたが、迷わずに切り札を使わなければ勝機さえ生まれなかった。

 まだ、足掻こうと思えばそれなりには足掻けるが絶対の死は迫っている。


 それでも、彼女は一度上げた手を下げると息を吸い込む。



「・・・・・・二十五メートルの結界、ってとこかしら?」



 燐花から放たれた声に榊木の足が一瞬だけ止まる。


「やっとわかったわ。あんたの能力の正体」


 敵の能力を暴く為に燐花は広範囲の攻撃に切り替えた。

 砲撃によって周囲を巻き込んだのはある仮説に基づいて、それを検証するための攻撃手段だったわけだ。最初に榊木の能力で妙な点は幾つもあった。

 例えば、具現器を見せてもいないのに周囲を制圧する不自然さ。

 そして、先ほども引っ掛かった能力を発動した後に具現器を出現させた順番のちぐはぐさである。



 つまり、榊木の具現器は既に出現しているのではないか。



 加えて周囲を巻き込めるとして、具現器の形状は釘状だった。

 燐花が最終的に仮説として組み立てたのは、釘を打ち込んだ範囲内で能力が発動しているのではないか・・・というものだった。

 それが円状なのか、柵状なのか、何も掴めなかったが先ほどの範囲攻撃で仮説が正しいことは実証されている。


 燐花が範囲攻撃を使った理由は幾つかある。


 一つ目は威力を薄めてでも範囲を最大まで広げ、榊木が結界を形成する杭の状態に意識を向ける瞬間を観察すること。

 二つ目は爆煙で視界を覆い隠すことで、一瞬だけ燐花が探知を使う時間を作る。

 短時間ゆえに詳細な位置までは特定出来なかったが、榊木から離れた場所に具現器の力の反応が複数あることを突き止めた。


 本来、あの貫衝砲火スピアは榊木が咄嗟に意識を向けた位置と榊木の体の直線状を狙い、躱されても戦果が得られる妙手のはずだったのだが失敗だ。


「あんたの能力の範囲が十五メートル程度ってのも、上手く騙したもんよね。あたしがそこから外に意識を向けないようにしたんでしょ?」


 戦いの中で上手く誤認させた所までは完全に榊木の術中だった。

 しかし、彼が侮っていたのは探知を繰り返したことで磨かれた燐花の分析力。

 常に探知を使いながら状況変化に気を配り、適切な報告をするのは容易ではない。


「へえ、本当に大したもんだ。あの程度のヒントでここまで俺の具現器を暴いたのはお前が初めてだよ」


「随分とあっさり認めるじゃないの」


「生き抜く為に知恵を振り絞った努力くらいは報われていいだろ?」


 肩を竦める榊木は燐花の洞察力を称賛はしても、既に彼女から未知を得られるとは考えてはいないだろう。

 実際の所、燐花の出せる限りの力は出しても榊木とは相性最悪だ。これに勝てる変異者は本当に一握りだろうし、変異者そのものの天敵に近い。


「まるで、あたしがこれから死ぬみたいな言い方ね」


「俺の能力を知った所でこの戦況が覆るのか?」


「・・・・・・あーあ、やっぱりあたし一対一って苦手だわ」


 この男にはどう足掻いても勝てないし、このまま粘った所で死ぬ。

 そうわかっていたのに彼女は新たに得た力を躊躇いなく切った。その判断を間違っていたとは思わない。

 なぜなら、彼女はある瞬間に知っていたからだ。



「ってことで、後は任せるわ。あんたに頼るのイヤなんだけど」



 探知で見えた視界の隅に、強大な気配を感じたから作戦を切り替えた。


 燐花と榊木の間のアスファルトがクレーターでも出来たように凹む。

 榊木が理解したのは、そこに何者かが降り立ったという事実だけだ。そして、その男が尋常ならざる力を有した人物だとも理解した。


「俺も生意気なだけのガキを助ける趣味はねえよ。精々、お前らのリーダーに感謝するんだな」


 やや短めの黒髪に銀のメッシュを入れた男、両腕に具現化するは黄金の戦爪。


 全身には獣のように獰猛な戦意と冷静さが同居している。

 この戦場を一人で動かせるだけの力を持った人間がまさか、ここに現れるとはさすがの榊木も想像すらしていなかった。


「渡竜一・・・・・・か。これはさすがに困ったな」


 能力のカラクリを暴かれただけなら問題はなかった。

 だが、この化け物を相手にするとなると能力が割れているのはまずい。


 そうなれば、この戦場にいる意味もない。


 以前にやったように打ち込まれた杭を起動し、榊木は相手の認識そのものを妨害して逃亡の一手を打とうとした。

 いわば、榊木の力は変異者の脳から発される周波に異物を混ぜることができる。

 その電波に近いものを起こす装置が杭で作られた結界なのだ。


 あまりに特異な能力、今までこれで逃げられない相手など―――



「二度も逃がすわけねえだろうが」



 凄まじい速度で爪が振るわれ、榊木の能力が発動しきるより速く頬と肩の皮膚を裂いて血が噴き出す。能力が起動しているのに、眩いばかりの黄金の輝きを纏った爪はすぐには阻害しきれなかった。

 銃弾とは違って方向と発射の瞬間が読めず、榊木の反応すら容易く超える速度と攻撃範囲はわずかに逸らす程度では躱せない。


「こりゃあ、俺も死ぬ覚悟でやるしかないか」


 この男は榊木よりも遥かに強い。


 変異者の中でも五指に入る実力、やはり規格外のバケモノだ。

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