第290話:勇気

 今度は右腕を上げて刃を受けると、耳をつんざく音が鳴って火花が散る。

 肩が持っていかれそうな衝撃を耐えながら楓人は右足を体の後ろに置くと、溜めた力を炸裂させて全身で突っ込んだ。

 すかさず、躱された勢いを風で緩和して振るわれた刃に黒の剣を合わせる。

 楓人は実質的に後方への回避を封じられ、敵の動向が自分以外に向いた時も気を払わなくてはいけないハンデ付きだ。


 動きは楓人の方が速い、今の状況では力はほぼ互角。


 簡単に押し切れる程に甘い敵ではなく、勝敗を決するのは互いの手札の数とそれを切るタイミングになってくる。


「ちっ……!!」


 しかし、楓人側が押されているのはこの敵が投擲武器を一般人に向けて放つせいで楓人はそれを身を挺して受けざるを得ない。

 コイツは知っている、黒の騎士が目の前の人間を死なせることができないと。


「―――楽し、イ?」


 不意に人間味を感じさせない、鉄の如く冷たい声が楓人に掛けられる。

 そして、仮面の奥の目がすうっと細まって、楓人に彼が抱いている感情を如実に訴えかけてきた。

 まるで、ゲームでもするように純粋な悪意。

 人を殺すことも、自身が味わう危機さえも彼は無邪気に楽しんでいるのだ。


「……随分と趣味が悪いな」


 嫌悪を隠すことなく、振るわれる刃に刃を合わせながら吐き捨てる。

 ここまで様子見しつつ戦い続けているわけだが、早くも楓人には相手の能力の一端が見えつつあった。


“えーっと……三、四、二十八ッ!!”


“オーケー、間違いないだろうな?”


“大丈夫、数えなおしたし間違いないよっ!!”


 動体視力は人間離れしているカンナに頼んで数えて貰っていたのは、相手の両腕にある腕輪に付いた飾りの数だった。

 輪状のブレスレット、その輪に通されている小さな牙めいた飾りが敵が自在に武装を振るうことが出来ているカラクリだ。

 カンナのように武装を操る存在も持たず、柳太郎のように特殊な媒体を持たない変異者が、様々な武装を行使するには必ず裏があると踏んだが当たりだった。


 変化させる元となる金属、あれが敵の具現器アバターの正体。


 となれば相手の力は物質の変化に近い、変異者で言えば恵と似ている。

 後は何種類の変化が可能かだが、武装を切り替える時には新しい媒体を使わねばならず、媒体一つに対して投擲武器は最大四つに分裂して化ける。

 再生が可能にしても隙は出来るだろうし、あと二十七回の変異をさせれば楓人の優位は圧倒的になる。


 多彩な攻撃手段を駆使して相手の武装を切り替えさせて、楓人は距離を保って守りに入ればそれで十分だ。


 人質を狙うにも媒体を一つ使用する、確実に守れれば浪費を誘える。

 能力は高くとも制約さえ見抜いてしまえば制圧する道も見えてくるだろう。


「……残リ、二十七カ」


 またも冷たい鉄を思わせる声とカウントが重なって鳥肌が立つ。

 相手からすれば能力行使の残弾は生命線だっただろうし、バラさなければ楓人はその推測を検証する時間が必要だったのだ。


「お前じゃ武器が百あっても誰も殺せない。最後の忠告だ、大人しく捕まれ。そうすれば今なら命を助けてやれる」


「結構ダ、俺は十分ニ楽しい」


 話し方を見るに変異薬の仕様でどこかが壊れているのかもしれない。

 だが、例え人格が壊れているとしても殺人鬼を見逃すことは到底できないのはとっくにわかっている。


 再びホログラムのように体がぶれたかと思うと、数メートル先に敵はいる。


 その左手には左右に牙が伸びた、武装の形状で言えば弓が近い兵装。

 中央部分に指を二本添えると男は再び仮面の中の目を細めて、楽しくて仕方がないと言いたげに嗤った。


 まずい、と判断して咄嗟に選んだのは使い慣れた漆黒の槍。


「―――出力解放バーストッ!!!!」


 軌道が予測できたわけでも、見切ったわけでもなかった。

 だが、地面に叩き付けられた強大な破壊力は風を巻き起こし、放たれた矢の軌道を完全に反らし切っていく。

 ここに来て楓人にはない手数のある遠距離武装、この土俵で戦うのは好ましくないが敵には謎に包まれた回避方法がある。


「……お前、強イ」


 見開かれた目は狂気と歓喜に満ちていて、渡とは違う禍々しい闘争心が容赦なく楓人にぶつけられる。

 いわば最高のオモチャとして楓人はこの男に認識されてしまったらしい。


 十数メートル程度は離れてはいるものの、これだけの殺気を常にぶつけられている一般人達の多くは避難を開始していない。

 動けば殺すと怪物が雰囲気だけで語っている中で、動ける人間など少数だ。

 彼らからすれば楓人が敵の突破を許さない保証がないので、変に動いて目立てば真っ先に殺される恐怖が足を止めていた。

 その葛藤の結果、さっさと逃げろと何度告げても意味を成さない。


「早く……逃げてくれ!!こいつを俺が止めてる内に!!」


 息を吸い込んで、懇願にも似た声を上げて呼びかけるも顔を見合わせるばかりで真っ先に動こうとする者はいなかった。

 少なくともこの先に敵はいない、列車が来るのを妨害さえさせなければ彼らは蒼葉市外に避難できる。


 安全な距離にさえいてくれれば、楓人は全力で敵を打倒できるのに。



「皆さん、避難しましょう。彼が戦ってくれている間に!!」



 懇願を聞き入れた人間はただ一人だった。


 楓人がそうあってくれと願ったように、椿希は化け物同士の戦いを目にしておきながら冷静に数百名を堂々と諭す。

 椿希は誰かの為に動く勇気と、意志を汲む聡明さを兼ね備えている。

 加えて、皆の為に立ち上がろうとする優しさを持った彼女は楓人には勿体ないくらい最高の親友であり、大切な存在だ。


 だから、二人の視線がわずか一瞬だけ交差する。


“そっちは頼んだ”

“任されたわ、これぐらいしか出来ないもの”


 戦力的には弱い存在である彼らには、同じ人間の椿希の言葉がようやく届く。


「お前には、色々な意味で手加減は要らないな」


誰も殺したくはない。それでも、この男は人を殺す楽しみでしか生きられない歯車の狂った機械に似ている。

この男一人にあまり時間をかけていられない。


「時間がねーんだ、全力で叩き潰す」



漆黒の風は主の意志に呼応するように唸りを上げた。

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