第243話:都市人類管理局



 ———そして、翌日から二つのコミュニティーは動き出した。



「そういえば、管理局って夏休みないのかな」


 ふと、家から蒼葉北駅へと向かう道でカンナが呟いた。

 これから向かうのはレギオン・レイドとの打ち合わせ通りに管理局で、迎えが駅まで来てくれることになっている。

 世間的には夏休みなのもあって平日にも関わらず、車の行き交う脇の歩道ですれ違う若人の姿は多い。


「仕事内容的には全員が出払うと困るだろうけど内部事情はわからん。それに社会人ってやつは夏休みが一週間前後、下手したらない所もあるそうだ」


「……大変だなぁ。わ、私は主婦になるからいいよね」


「主婦って家でテレビ見てればいいわけじゃないんだぞ。家事や子供が出来たら面倒見て、すげー大変なんだからな」


「わ、わかってるけど。でも楓人はお店を経営するからお休み取れるし」


 想定が楓人とカンナが結婚している前提で進んでいる気がするが、どちらにしろカンナとは一緒に暮らすことになる。

 仮に他の女性と結婚する未来があったとして、ここまで一緒にやってきたカンナに出て行けとは絶対に言う気はない。

 そうなると、カンナの想定通りに進むのが一番丸く収まりそうではある。

 偉そうな言い方にはなるが、それも悪くないと思っている自分がいた。


 しかし、“悪くはないから気持ちに応える”で結論を出すのは彼女の気持ちに対しても失礼極まりない。



 二人が歩く内に蒼葉北駅に到着した。



 蒼葉北駅は度重なるリニュアルによって、白い外壁に人口緑化が施されたお洒落な装いに変わってきている。

 駅と繋がっている駅ビルには飲食・医療・娯楽から何でもござれだ。

 ロータリーに集まる車を見ていると、目の前に見覚えのある車が止まる。


 さて、管理局との情報戦の始まりだ。



 管理局は相変わらず発電所めいた敷地の中に変わらず存在している。


 この場所に来ると感じる奇妙な違和感も変わらずだ。


 高いセキュリティーと所在地を隠す上では適しており、管理局は実態を隠し続けたままで変異者達と向き合ってきたのだ。

 しかし、そもそもなぜ管理局のことを変異者が知っているのか。

 それは管理局がエンプレス・ロアを始めとする協力者を立てて、まずは国家機関がこの街にいることを知らしめたからだ。

 楓人達も実際、最初は管理局の人間を名乗って活動していた。


 果たして、管理局はどこまで知っていたのかを今こそ知るべきだ。


「失礼します、真島です」


 局長室へと足を踏み入れると一礼して告げる。

 奥の木造りのデスクに腰掛けるは前にも話は何度もしているが、都市人類管理局の局長を務める御門という初老の男だ。

 相変わらず落ち着いた所作で二人にデスク前のソファーに腰掛けるように促す。

 同時に入口が開いて、アイスコーヒーの入ったグラスを若い女性が一礼と共に置いて出て行った。


「元気そうで何よりだ。雲雀くんも元気かな」


「はいっ、何とかやってます!!」


「そうか。それで今日はいつものように報告かね?」


 カンナの陽気な笑みに首肯を返すと、御門は二人に話を促した。

 さあ、ここからが鋼のような強さを持ちながらも物腰の柔らかい御門相手にどう立ち回るかの勝負になると、楓人は唾を飲み込んだ。

 露骨に疑っている発言も出来ないが、あまり不自然なことをしていると疑われるぞと圧力をかける必要もあるので難易度は高い。


「そういえば、先日の変異薬の分析結果は出たんですか?」


 まずは不自然ではない話題から入ることにした。

 調査を依頼したのだから、結果を求めることは何ら不思議ではないはず。


「完全には結果は得られていない。しかし、君達は貴重な協力者で我々としても恩義は感じているつもりだ。話せることは話そう」


「話せることとは……?」


「結論から言おう、噂されている効力は本物だ。アレは普通の人間を変異者に変えるもので間違いはなかった。不適切な言い方になるが素晴らしい代物だよ」


 ため息と共に御門は重い言葉を吐き出した。

 まさか、あっさりと御門自らが情報を吐き出すとは思ってはいなかったが、それが認められただけでも十分な収穫だ。やはり赤いドラッグの都市伝説は本物だったと完全に立証された。


「でも、そんな特殊なものがホンモノだってわかるものなんですか?」


「我々も変異者の脳に起きる影響については研究を進めている。あの薬から得られた成分を分析した結果だ。間違いはないよ」


 カンナの質問に御門は悠然と答えるとテーブルに置かれたマグカップを手に取ると中身に口を付けた。

 確かに御門が言っていることは嘘ではないとは思うし、変異者への鎮静剤めいたものを管理上で開発していることから研究も進んでいるのだろう。


 しかし、一つだけ腑に落ちない点があった。


 そこまで解っていながら、なぜ前線に立つ楓人達に知らせなかったのか。今の内容だけならば電話一つで済む内容ではないか。

 本当は話すつもりではなかったのではないか、と一度疑い出すと疑念が湧く。


「なぜ、あんなものが市場に流れたのかは分かりませんか?それに俺達に解った段階で我々に情報共有を今後は貰えると助かります」


「さあ、そこまでは調査が及ばぬところだ。出来るだけ正確な情報をと急がせていた所だったのだが……共有が遅れたことは謝罪しよう」


 ここまでは怜司と話をした予測の範疇だ。

 恐らく、肝心の販売ルートなどに関しては管理局側では何も得られまいと最初から期待はしていなかった。今までのは前座、本当に踏み込むのはこれからだ。

ここから先は当たり障りのない答えだけでは終わらせる気はない。

渡は“命に関わるかもしれない”と忠告をしてくれたが、大災害の真実に近付ける可能性があるのなら。


「一つ、お聞きしたいことがあります」


大災害は楓人に掛けられた呪いで、火傷のあった箇所は未だに疼く。

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