第241話:生まれた疑惑
「別に嫌いとは言っていません。苦手にしているだけです」
「同じじゃないか。怜司、恵さんに何かしたのか?」
「私と彼女は正々堂々と勝負を交わして引き分けた。それだけですとも」
「どの口が言いますか!!あれだけ陰湿な戦法で人を追い詰めておいて、よく言えたものです。エンプレス・ロアの中で貴方だけが信用なりません」
いつになく子供染みた意地を張る恵を一瞥した怜司は苦笑するばかりだ。
確かに怜司の取る戦法は正々堂々とは言い難いが、それはあくまでも
どうやら恵にとってトラウマとなる何かがあったらしいが、これ以上の無理な仲裁も無意味だろうと一旦は諦める。
本当に険悪になりそうならば介入もしようが、人間同士の付き合いでは誰しも合う合わないがあるだろう。
「ったく……何を揉めてんだ、お前は。上手くやれって言っておいただろうが」
そこで現れた渡が恵をじろりと一睨みし、三人の向かい側に恵と並んで座る。
ボスの一喝に対して恵は気まずそうに体を縮めるが、渡も怒りを引き摺らない上司の様子でそれっきり咎めなかった。
怒るだけでは部下は委縮する、それを渡が心得ていないはずはない。
「さて、俺に話があるんだったか。お前から話せ」
「ああ、実は———」
楓人から渡には不意にあった紅月からの連絡内容を詳細に伝える。
隠す必要もない相手の渡には包み隠さず、管理局を調べる必要があるかもしれないことまで全て話してしまった。
もうレギオン・レイドとは運命共同体なので、全てを明かして忌憚のない意見を聞いて参考にした方が有益だろう。
「唐突に随分な爆弾を放り込んできやがったな」
「ああ、俺の知る限りでは矛盾する点もない。癪だけどアイツの意見に従う方向で進めたいと思ってる。そっちの意見はどうだ?」
「そうだな、俺の知る限りでも矛盾はねえ。一度、整理しておくか」
そして、互いに今までに関わった犯罪をおさらいしておく。
まず、学校で起きた下駄箱鎌の事件は渡が手配した梶浦という男で、恐らく変異薬との関係は現段階では見られない。ただし、梶浦を手配するきっかけとなった学校での噂を流した人間は不明。
次に起きた『鋼の狼』事件は獣の操者が変異薬の売人だったと仮定する。男は烏丸に試薬対象として利用された結果、暴走に近い症状が出た。そして、止むを得ず手を下した柳太郎に命を絶たれる。烏丸には試薬を他でも行った疑惑あり。
次の『人形・ドッペルゲンガー』事件は、烏丸が手を組んだ西形という男が犯人。烏丸の目的は黒の騎士を殺す為と思われるが、陰の目的があるかもしれない。後日、西形は紅月から管理局に引き渡されて事件は終わった。
『変異者襲撃、及び偽黒の騎士』事件に関しては大きな犯罪ではない。しかし、ハイドリーフの九重が黒の騎士として白銀の騎士を殺そうとした。ハイドリーフを陰でコントロールしていたのは紅月だと疑惑がある。
そして、今回の『
これらの事件にも、どこまで烏丸含む変異薬の売人達が関わっているのか。
「やはり、紅月の言ったことに矛盾はねえ……か」
「でも、管理局がもしも……ってことだったら、かなりまずいよね」
口を挟んだカンナに対して渡は一つ頷いて答える。
やはり、楓人やカンナに対しては寛容な気がしなくもないので、それなりに認められていると考えていいのだろうか。
本音を語り合ったわけだし、仲良くやれているのは良いことずくめだ。
「ああ、未完成だったとはいえ薬の存在を黙認していやがったんだからな。推測でしかねえが、どうして管理局が出来たのかが重要だ」
「うーん、このまま変異者が増えちゃったら困るからだよね?」
「その通りだが……変異薬を黙認していたとすりゃ、どういうことだ?今は管理局に変異者を制圧する力がなかったっつー理由は考えなくていい」
「え、えーっと……表向きには言えないけど役に立つから?」
「言い換えれば管理局の利害が、そこから見えるかもしれねえってことだ。まだ詳しいことは何とも言えんがな」
カンナに対して質問を投げ、あたふたと考えながらも答えを出す彼女に向けて心なしか懇切丁寧に教えてやる渡。
恵が不満げに楓人に送ってくる視線は、“やはり、渡さんは彼女には甘い気がしませんか?”という無言の抗議であろう。
完全に否定は出来ないものの、カンナの人懐っこさが通じない相手の方が少ないので今更になって驚くことはない。
「要するに、管理局に探りを入れてみるべきだってことだろ?」
そこからは楓人が引き継いで話を進めていく。
以前に渡した変異薬の具体的なサンプルの具体的な返答も得られてはいないし、再び局長を訪ねてみるのも手か。
今まで協力し合ってきたのも事実、出来れば関係は継続したい所だ。
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