第232話:包囲網

「こっちから罠を仕掛けるのは難しい……か?」


 恐らく渡もその可能性は考えてはいるだろうが、向こうから情報発信しない限りは後手に回らざるを得ないのが現状だ。

 相手が息を潜めれば容易に隠れられる、そんな圧倒的に不利な状況から敵を引きずり出すにはどうするべきか。

 よく考えろ、怜司からはこういう時にどう思考を巡らすべきかを何年も学び続けてきたはずだ。

 いかに役割分担がされていると言っても、怜司からいい案が出るのを待っているっだけでは仮にもリーダーとしてあまりにも情けない。


 相手は得体の知れない都市伝説、それに対抗するには。


 怜司の方を何の気なしに一瞥すると、わずかに笑みが返ってくる。

 きっと、頼れる参謀なりに考えがあるのだろうが、楓人が必死で思考を巡らせているのを見て答えを譲ったのだろう。


 変異薬エデンに対抗する薬の噂……を流す安易な策では、あまりに胡散臭い上に露骨な罠と悟られる。


「―――変異薬の取引先の情報を俺達から流せばいい」


 では、もしも同エリアに競合となる売人が出てきたと知ればどうか。

 どんな思惑があるにしろ、慎重になるにしろ、何かしらのアクションを期待しても良いのではないか。

 例え相手側に露骨な動きがなくとも、ネット上で完結する以上はこちらには何のリスクもない。


 ……といったことを渡に提案してみると反応は悪くない。


「ネットの噂を利用するっつーのは悪くねーが、それに反応する奴がいなけりゃ……いや、問題ねえな」


「ああ、ネット用語的に言うと自演ってやつだ。マナーは悪いが人の命がかかってるから仕方ないだろ」


 相手は正体不明の都市伝説、情報源はインターネットが最も有力である。

 時に毒には毒を以て、今回は都市伝説または言い換えるなら人の噂には同様の手段を以て対抗する他にないのだ。

 誰も触れない話題は流れるだけだが、人々が違和感のない程度に食い付いている話題には反応してしまう性質がネットにはある。


 どこに・どう話題を投下するか話し合う必要があるが、何もしないよりはいい。


「ネット方面はお前らに任せる。役割分担だ、文句はねえだろう?」


「ああ、オーケーだ。こっちも内部で相談して色々やってみるさ」


 現代社会で変異者と戦うには、力と力の戦いだけでは済まない。

 そもそも楓人達は相手の居所を知る段階から始めなければならない、大きな不利を背負った状態から戦いを始めることになるのだ。

 今まではその点に最も苦労していたと言っても過言ではない。


 ロア・ガーデンでも我関せずと情報を投げて来ない人間の方が多い。


 だが、前回までの戦いでようやく楓人達が手に入れたのは、強大な変異者同士の情報ネットワークだ。

 穏健派のハイドリーフが独自のSNSを通して伝える情報は膨大で、変異者側・街の裏側にはレギオン・レイドが強い。

 管理局に今回は期待を寄せないとしても、学生や一般的な社会人として生きる変異者から情報を吸い上げるエンプレス・ロアの強みは健在だ。



 渡が帰った後、エンプレス・ロアの動きは早かった。



 メンバーへの伝達を迅速に行い、それぞれ仕事を頼んだ。

 楓人は九重を含むハイドリーフの協力者への伝達、彗を動かしての情報収集の為に方針の共有。

 怜司からはロア・ガーデンの裏側で情報を呼びかけ、表側でもそれとなく情報がそちらに寄るような記事の掲載を行った。

 他のメンバーにはそれぞれのSNSを使って、それとなく周囲から変異薬エデンあるいは人狼ワーウルフの情報収集を実施して貰う。


 こういう時に都研の肩書きは非常に便利だと改めて思った。


「楓人、色々な掲示板に書き込みしといたよ」


「私もロア・ガーデンの編集は終わりました」


「おう、二人ともサンキュー。こっちも終わったから、後は反響待ちだ」


 それぞれ、どのサイトで何をしたかは共有して纏めてあり、一日に何回かは反応があったかどうかチェックする。

 そこまでの仕込みを終了したのは夜の十時頃。最初に予想された作業量からすれば、これでも早めに終わった方だと言えよう。

 サボりがちだったロア・ガーデンの更新も同時に済ませられたので、数日程は変異者絡みで動きがなければゆっくり出来そうだ。


「しかし、リーダーも結論を出すまで随分と早くなったものです。私はリーダーの成長を心から嬉しく思いますよ」


「はぁ……親戚のおじさんかよ。いや、そういう設定だった」


「私の役割も次第になくなっていきそうですね。大変に喜ばしいことですが」


「俺も結局、怜司の真似事だよ。これからもバシバシ働いて貰うぞ。そう簡単に楽な隠居生活ができると思うなよ」


 怜司が最も楓人がリーダーとして試行錯誤している様を見守り、色々なことを教えてきた存在と言えるだろう。

 楓人が自分で判断を下す様を見れば喜ぶ半面、寂しさのようなものを覚えているであろうことは想像が着く。

 もちろん、今まで通りに楓人の傍で戦うと思っているからこそ、寂しさが滲んだ言葉をこの場で溢したのだろう。


 だが、楓人が一人で出来ることなど知れている。


「俺が例え全部出来るスゲー奴だったとしても、間違いを正す奴が絶対に必要なんだ。ま、そこまではどう考えても無理だけど」


 でも、自分を貶める言葉にだけは楓人なりに言葉を返す必要があった。

誰よりも仲間がいる心強さを知っているから、感謝しているから、それだけは言葉をしようとずっと前から誓っている。

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