第211話:とある休日 燐花編-Ⅳ

「これでも責任者なんですけど・・・・・・真島楓人です。一応、燐花が入っている部活の部長もさせて貰ってます」


「これはご丁寧に、燐花の母の瑞穂みずほです。お若いのにしっかりされているのね・・・・・・」


 挨拶を済ませて頭を下げると、瑞穂は楓人を見下すことなく品のある所作でお辞儀し返してきた。

 内容や交渉力はともかく、交渉の場に慣れていることがこんな形で役に立つとは全くの予想外だった。


「すみません、本当は燐花に話を聞いていて欲しいって頼まれてたんです。俺とそこにいたヤツの二人で」


「お恥ずかしい所を聞かれてしまって・・・・・・。あの子は信頼しているみたいですね、店長さんのこと」


 過ごしている時間が長いので、と反射的に言いかけて言葉をしまい込む。

 それは他人の母親を前にして言うことではないと自分を叱り付け、言葉を探しながら言い直す。

 真摯に相手と話をする時は、言葉の選び方が大切だと怜司にも教わった。


「あいつは・・・・・・居場所を求めてたんだと思います。正直に言うと、俺はあいつが普通じゃないことを知ってます。というより似たようなものだから、信頼されたんでしょうね」


 本来は変異者に繋がることは話すべきではないが、燐花だけが恐れられる対象だとは絶対に言いたくなかった。

 首を突っ込んだのなら、一緒にある程度は背負うべきだ。

 楓人と燐花や他メンバーとは一蓮托生、その程度の覚悟はとうに済ませている。


「・・・・・・そう、ですか」


 今度は瑞穂は恐れを抱かず、澄んだ目で楓人を見る。

 この人は次は間違えないだろう、そう思わせるだけの力が瞳にはあった。

 その奥底にある本来は持っていたであろう意思の強さの片鱗を見て、やはり燐花の母親だと独り頷く。


「本心ではお母さんともう一度、やり直したいんでしょう。でも、過去のあいつの気持ちも消えるものではないと思ってます」


「・・・・・・はい、わかっています」


「燐花にはまだお母さんの気持ちを直接渡しても、受け入れられない。だから、あいつに合わせてやってくれませんか?」


「・・・・・・・・・・・・」


「少しでも贖罪の気持ちを伝えたい、謝りたい気持ちは俺にも伝わってきました。でも、あいつが受け入れるまでには時間がかかります。それは……あいつだけの責任じゃありません」


 瑞穂の感情が燐花を追い詰めたのは事実、その恐怖自体は仕方がないとしても有耶無耶にはできない点だ。

 若造が生意気なのは百も承知だが、ここは燐花の為にも退けない。

 ここで遠慮などしていたら、燐花は一生この事情を抱えて生きていくことになってしまうからだ。


 ―――燐花は、もっと幸せになっていいはずだ。


「だから、あいつともう一度話をして・・・・・・最初は上手くいかないかもしれないけど、出来れば待ってやってくれませんか?」


「・・・・・・どうして、燐花の為にここまで?」


 恋人ではない、それは燐花の方へ行かなかったことからも察している様子だ。

 その質問をされれば、答えは単純明快。


「俺はあいつの上司ですから。それに、このままじゃ寝覚め悪いのは一緒です」


 少しばかり、学校での燐花の話をして時間を繋ぐ。

 瑞穂は彼女の知らない娘の様子を聞いて、悲しさと嬉しさが混じった表情で聞いていたが少なくとも安堵したようだ。

 さて、そろそろだろうか。


 三十分と頼んだのだから、多少の誤差はあれどやってくれる。


「さて、ほぼジャストだろ。連れて帰ってきたぜ」


「こっちも話は出来たよ。サンキュー、助かった」


 柳太郎がやる時はやる男のなのだと知っているから、ここまで信頼できる。

 後ろには居心地が悪そうに燐花が戻ってきていた。

 あれだけ怒って出て行った手前、どうやって説得したのか知らないが気まずい思いで帰って来たのだろう。


 血縁だけ言えば部外者はここまで、後は二人に任せよう。


「燐花、少しでも何とかしたいならやってみろよ。勝手なことして悪かったな」


「親と上手くやれるかもしれねーってだけで幸せなことだろ。自分のペースでいいから話してみろよな」


 楓人と柳太郎は思い思いの言葉を掛けて、カウンター席に戻っていく。

 恵が二人の為にアイスコーヒーを入れて準備してくれており、大人の包容力のある笑顔と共に二人を出迎えた。

 彼女もすっかりエンプレス・ロアに馴染んでいる辺りから、順応性の高さが垣間見えてくる。


「お疲れ様です、二人とも。真島さんがリーダーをしている本当の理由が分かった気がしました」


「そっちのリーダーほど優秀じゃないんで、やれることをやるってだけです」


「お前はそれでいーだろ。他所は他所、ウチはウチなりにやってきゃいいんだ」


「いいチームですね、エンプレス・ロアは。これが渡さんが負けを認めた理由だったのかもしれません」


 三人でコーヒーを飲みながら、今度は安心した眼差しを少し遠くの席に座った親子へと向けていた。

 もう大丈夫だろう、お互いにゆっくりやっていこうと思えるのなら。

 燐花が抱えるものが少しでも消えてくれるなら、楓人なりにやれることをやろうと改めて決意する。

 人数が少ないからこそメンバーの一人一人に対して全力を尽くす、それがきっと渡にも出来ないことだ。


 そして、一時間後。


「三人とも、ありがと。一応、たまにご飯くらい行こうってことになったわ」


 話が終わり、母親と一緒に出ていく前に燐花は照れ臭そうに報告を入れてくる。

 普段は茶化し合うことも多い友人関係だが、ここは彼女の進歩を温かく見守ってやるのが筋だろう。


「ああ、良かったな。それで・・・・・・こっちはこのままでいいのか?」


 燐花の覚悟に対して失礼だと思えど、楓人はあえて聞いた。

 もしも、変異者との戦いを離れて母親と暮らしたいと望むのなら―――と。

 燐花が抜けるのはあまりに痛いが、彼女の幸福を潰してまで願うことじゃない。


「辞めるわけないじゃない。それに、あたしがいなくなったら困るでしょ?」


「すげー困る。燐花がいないってのも想像できないしな」


「いいのよ、あたしにはまだまだ戦う理由があるんだから。そ、それと・・・・・・はっきり言っておきたいんだけど」


「おう、どうした?改まって」


 そして、彼女は深呼吸すると楓人達だけに聞こえる声で告げる。

 万感を込めて、心から熱を吐き出すように。


「エンプレス・ロアに入って良かった。ありがと、あたしを入れてくれて」


 そうして、燐花は花が咲くように笑うと母親と一緒に店を出て行った。

 燐花が入ってくれたおかげで戦えるようになったし、雰囲気も明るくなって陽気な彼女がいるから皆も笑顔になってくれる。

 全部、楓人が言うべき言葉のはずだった。


「燐花を宜しくお願いします。あの子は本当に・・・・・・いい友人に恵まれました」


 最後に頭を下げた瑞穂に挨拶を返し、店の中は三人だけになった。

 まだ残されたアイスコーヒーを手に取ると、三人で目線を合わせながら笑ってグラスをこつんとぶつけ合う。


 変異者になってしまった故に時間が凍り付いた、親子の雪解けを祝って。



 ―――コーヒーだけど、乾杯。



 とある休日 燐花編  ― END

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