第166話:疑惑を胸に

「それで今日はどうする?新しい都市伝説でも考えるか?」


「モラル的な問題でネタにしていいかはともかく、山ほど出て来そうっすね。皆も色々噂はしてるし」


 物騒どころか変異者絡みの事件では死人が出ているだけに留まらずに、ショッピングモールも危うく毒で崩壊する所だった。

 管理局の力で揉み消したものの、ただのガス絡みの事故ではないと考えている人間も出てきているかもしれない。

 通り魔事件、連続転落事件、郊外での廃工場崩壊、度重なるガス事故と来れば怪しむ人間が出てきてもおかしくないだろう。


「それでは逆に馬鹿馬鹿しくて笑える内容で行こう。菱河、何かないか?」


「そこであたしに振る辺り、半端ない悪意よね・・・・・・」


「べ、別に燐花が馬鹿馬鹿しくて笑えるって言われてるわけじゃないと思うよ」


 最近は変異者絡みの事件が多かったせいで、暗い方向に思考を割かずに安らぐことができる時間がより貴重に感じている。

 せめて九重が大人しくなってくれるならいいが、それも一週間後に爆発する時限爆弾のようなものだ。

 今は明璃と城崎に事情を話して監視して貰っているので、部活にもこうして参加出来ているわけだが。


「じゃあ、登録しちゃいけないSNSのIDとかでいいんじゃないの?クラスで噂してたわよ」


「言い出しっぺの菱河、登録してみてくれ。調べれば出るだろう」


 適当に燐花が出した話題を光が拾い上げて直球を投げ返す。

 都市伝説の定義は人から人へ伝わっていく噂話なので、こういった素朴なものや馬鹿馬鹿しいものでもアリだ。

 人々の間で謎として語り継がれている時点で検証の価値はある。


「嫌よ、あたしの写真とか流出したらどうすんのよ。数日以内に良くないことがあるってだけだし、死ぬわけじゃないんだから楓人がやってよ」


「嫌だ、俺だって卑猥な画像とか送られてきたら困る」


「あんたが一番しょーもない理由ね。大丈夫よ、登録しても死ぬどころかタンスに小指ぶつけた奴しかいないらしいし」


「じゃあ、私やっても―――」


「登録したぞ、メールマガジンのようだな」


 醜い犠牲の擦り付け合いを行っていた二人、自ら業を請け負った光と背負おうとしたカンナの間には俗人と聖人の壁があった。

 無論、SNS関連のネタは現状ではほとんど眉唾だと知っているからこそ、燐花とふざけた会話ができた背景はある。


「メルマガって・・・・・・まさかエロい奴ですかね?」


「いや、どうやら教材を売りつけるメルマガだったらしい。ふむ、卑猥な広告もあるようだが」


「燐花もむっつりだし、こういう広告あったらこっそりクリックしそうだよな」


「・・・・・・し、しないわよ、たぶん。別に中身見たいとは思わないし」


「その割に声小さいな」


 結局の所はSNSに関する噂など、真相を突き詰めればそんなものだ。

 ちなみに最初は過去に亡くなった人の声が聞こえるとかホラー寄りになったものだったのだが、いつの間にか漠然とした内容になったらしい。

 今は都研で時間のかかる都市伝説を調べている余裕もなく、たまには平和で日常的な都市伝説も楽しいものだ。


「たまには、こういう力が抜ける都市伝説もいいよね」


「最近の蒼葉市は楓人も言ってたけど重い話題になりがちよね」


「まあ、犯人は全部の事件で捕まってるわけだし大丈夫だろ」


「思えば前から都市伝説の類はあったが、いつだったか。腹を刃物で切られた事件があっただろう。美崎町の通り魔事件から物騒な事件が増えた気もするがな」


 今までに起こった事件やエンプレス・ロアの周りでの変化は確かに“鋼の狼”を操った変異者の暴走がきっかけとなっている。

 マッド・ハッカーは変異者の暴走を詳細に研究する為に、件の変異者を烏間が裏から操っていた。

 鋼の狼事件によってレギオン・レイドと一時的に手を組むことになった。

 その事件を追ったことで裏にいたスカーレット・フォースまで辿り着いた。


 そして、白銀の騎士が鋼の狼の変異者を殺したことで事態は動き出したのだ。


 そこまでの流れが偶然かどうかは今はわからないが、それ以上に気になることが出来てしまった。


「・・・・・・えっ?」


 会話を聞いていて、つい反射的に怪訝そうな声が漏れてしまう。今までの流れの中で、明らかに妙なことに思い当たってしまったのだ。

過去のやり取りの中に、知っているはずのない事実が紛れていたではないか。


「ど、どうしたのよ、急に驚いた顔して」


「あ、いや、何でもない。気にしないでくれ」


 過去にあった会話を思い返しながら、とんでもないことが頭を過った。疑いを持ち始めていた仮説が頭の中で確信と共に実を結び始めていく。


「・・・・・・確かめてみるか」


 三人が会話を進めてる中で楓人は決意した。

 この方法なら間違いなく一週間あれば白銀の騎士の正体を暴けると、今なら絶対の自信を持って言えるだろう。

 問題は相手に必要以上に警戒されれば終わりだと言うことである。

 後は良い結果を信じて前に進むだけだ。


 何が良い結果なのかを定義するのは中々に難しいことではあるが。


「先輩、ちょっといいですか?」


 早速、一週間の終わりを待たずに仕掛ける為の仕込みをしておく。



 変異者と戦う以上の緊張を胸に、楓人は言葉を吐き出したのだった。

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