第165話:もう一つの傷


 本当に突拍子もない思い付きに過ぎない。


 同じタイミングで同じ場所に、加えて動作を阻害するだけの傷を負ったのが単なる偶然で片付けるべきではないと楓人の勘が警鐘を鳴らす。

 本当に柳太郎の傷とこの男の傷は無関係ではないのか。


「・・・・・・やはり、俺にはお前達と手を組むのは考えられんな」


 楓人が考え込んでいる間にも結論を出した白銀の騎士はエンプレス・ロアの一員になることを変わらずに拒む。

 やはり、この男を味方としてコミュニティーに取り込むのは当初の想定通り簡単にはいかないらしい。


 だが、楓人にはその返事に落胆ばかりしている暇もなかった。


「そうか、俺達はお前の気が変わったらいつでも一緒に戦う準備はできてる。それだけは忘れないでくれ」


「変わることはまず無いだろうがな」


「それはそうと・・・・・・前に右腕に負った傷、意外に深かったみたいだな。動きが少し鈍かったぜ」


 楓人は現状でのこれ以上の説得は無意味だと判断して話題を切り替えた。


「・・・・・・大したことはない。次に現れれば容赦なく潰す」


「俺の方でもあいつの暴走は何とか抑える。悪いが大目に見てやってくれると助かるな」


 ここで確かめたかったのは相手の傷の具合などではない。

 あの時に傷を負ったのが右腕だという言質を本人から取りたかったのだ。


「どうだかな。先程の一週間という期限はどういうつもりだ?」


 白銀の騎士は先程の発言を思い返すと至極当然の疑問をぶつけてくる。

 楓人とてその期限をその場の勢いだけで設けたわけではなく、それなりに勝算があってのことだった。

 一週間の期限は事態が収束する可能性がある範囲で、根拠は怜司ともじっくりと話し合って考えた。


「まあ、目標みたいなもんだ。俺はお前を一週間で協力する気にさせる。そうすればハイドリーフ側を探ることだけに集中できるからな」


「随分と舐められたものだ。俺が一週間で心変わりすると本気で思っているのなら・・・・・・」


「やるだけやってみるさ、考えている作戦も少しはあるんだ。ああ、別にお前をハイドリーフに売るとかそういう話ではないぞ」


「・・・・・・いいだろう、お前が何をするのか見てやる。精々、やってみるんだな」


 こうして漆黒と白銀は賭け事めいた宣戦布告を交わし合う。

 一週間でこの男を全く心変わりさせられなければエンプレス・ロアの敗北で、成功すれば勝ちという解り易いルールだ。

 今の段階では無理だとか勝算がないと他のコミュニティーの人間、特に合理的な渡がいればそう言うかもしれない。

 だが、人間を動かすのは利害関係ではないと教えてくれたのは友人や仲間達だ。


 辿り着いた先が予想通りだとしても、そうでないとしても期限は一週間。



 内容だけ見ればゲームにも似ているが、微塵も遊び心のない奇妙な戦いが始まってしまったのだ。



「事情はわかったけど・・・・・・この後どうすんのよ」


 放課後になり、都研の部室に向かって燐花・カンナ・楓人のメンバーで歩きながら小声で話す。

 昨日のことはエンプレス・ロアのメンバーには伝わっているが、細かい方針まで打ち合わせできたわけではない。

 学校で顔を合わせた燐花には今後の方針を含めて、先にしっかりと話を共有しておくことにしたのだ。


「さっきも言っただろ、アイツを仲間にするんだよ」


「あたしは直接会ったことないから何とも言えないけど・・・・・・そもそも信用できるの、そいつ?」


「一週間後の返答次第だな。それによっては戦うかもしれないし、彗みたいに直接はあまり会わないけど協力関係ってことになるかもしれない」


「そっちは任せるけど、あたしは気に入らなければガンガン文句言うからね」


 燐花が先頭になって部室を開けると、部室内には光が暇そうに読書していた。相変わらず中身は別として本を読んでいる姿は絵になる。


「珍しく遅かったな。特に隠れてお笑いを見ている系女子がいないとはな」


「あ、あたしもいつもお笑いばっかり見てるわけじゃないわよ。確かに容赦なく爆笑できるから先に来てるけどさ」


「この機会に言わせて貰うけどな。お前も見た目はいいんだから、奇怪な爆笑癖を我慢できれば嫁の貰い手くらい湧いて来ると思うぞ」


「な、何よ・・・・・・急に。あと奇怪言うな」


「お前を本気で選ぶ奴がいれば、偉そうな言い方だけど見る目は評価してもいい」


 燐花は誤解を招きやすい一面もあるが根はとても良い女の子であり、見た目も適度にお洒落なのでモテてもおかしくはない。

 現状で人気が今一つな理由は気に入らないことには物申さずにはいられない気の強さと、何も知らない人間から見ると奇妙な笑いを溢す不気味さだろう。

 だから、そこは素直に褒めたつもりだったのだが。


「あ、あたしをカンナみたいに堕とそうしても、そう簡単にはいかないわよ!!」


「何照れてんだ、お前。ちょっと褒めたぐらいで」


「さ、さりげなく巻き添えにされてるっ!?ま、まあ、堕ちちゃってるのは事実というか・・・・・・」


 都研のメンバーは楓人とカンナの関係に変化があったことを全員が悟っている。

 燐花はそういう所には気を遣う性格なので、光が知らないとすればあえて口にはしなかったはずだ。

 ついでにダシに使われたカンナは何やら呟きながら頬を赤らめる。


 それはさておき、今日は都研のメンバーは椿希と柳太郎が欠席なのでこの四人で活動に取り組むことになっていた。


「さて、始めるか。茶を淹れておいたから―――」


 そう告げた光の手から湯飲みが転がった。

 中身が空だった上に割れずに済んだので後片付けは必要なかったが、器用な光らしくない落とし方だ。


「もしかして、先輩も怪我してるんですか?」


 カンナも疑問に思ったのか本人に訊ねると、少しだけ躊躇った後に光はばつの悪そうな笑みを浮かべた。


「ああ、実は寝ぼけて階段から転落してしまってな。余計な心配をかけまいと黙っていたのだが・・・・・・隠し事をしている背徳感、良いものだな」


 最後に言ったことの意味はわかるようなわからないようなものだが、右手を不自然に怪我している人間がもう一人いた。

 エンプレス・ロアで相談して立てた仮説では、白銀の騎士の能力を持つ人間は楓人達に近い場所にいる。


 他にもそう断定した理由はあるのだが、梶浦の時の首を鎌で狩られるという噂は学校内で流れるのがあまりにも早かった。


 蒼葉北高校内、あるいはその近くに白銀の騎士として動いている人間はいると踏んでいたのだ。

 その中で腕を怪我していたのは現状だと柳太郎のみだったのだが、新たに可能性は更なる広がりを見せてしまった。

 友人や先輩を疑い続けるなんて、早めに終わらせたいところだった。

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