第164話:違和感の正体


 仮説が正しいかを確かめるには九重本人から話を聞くのが一番だ。


 どちらにせよ、このまま戦わせてどちらが死ぬことになるのは許容できない。

 しかし、白銀の騎士の言う通りで九重若葉がそれで黙るかというと返答に困るのが正直な所である。

 止める方法を考え付かないならば戦いに割って入った所で一時の平穏にしかならないのは火を見るよりも明らかだ。


 活路が見えないのなら、やはり怜司の策を何とか楓人なりに実行するしかない。


「とりあえず、このまま放っておくわけにはいかないよな」


 楓人は立ち上がると二人を見据えて呟いた。

 あの距離に割って入るには槍の姿のままでは、取り回しを考慮するなら適正距離がいささか長すぎる。


「———黒剣戦型フォルムブレード出力解放バースト


 漆黒の剣を手にして楓人は二人の間へと弾かれたように疾駆する。

 振るわれた偽物の槍を二撃で叩き切って霧散させ、地面に屈んだ姿勢を利用して足元で風を弾いて蹴りを放つ。


「・・・・・・・・・くっ!!」


 白銀の騎士も思わぬ体勢からの攻撃を左腕で捌いて後ろへと距離を取った。

 楓人の介入によって九重も一度は戦闘を停止して後ろへと下がって様子を見る。

 それらの回避行動は真横から強襲してきた相手にはそれぞれ理に適った行動で、二人が変異者との戦いに慣れている事実を示す。


 だが、その回避行動を見た瞬間に何か妙な違和感があった。


 正確には違和感というよりも突拍子もない閃きに近いかもしれない。


 何に違和感を覚えたのかを考え続けるとすぐに答えは出て、尚更にこの戦いを続けるわけにはいかなくなった。

 あくまでも仮説に過ぎない可能性だが、それを確かめるまでは動けない。


 だから、まずは動揺を隠して九重に声を掛けた。


「俺はもう一度だけお前を信じる。だから一週間だけでいい、様子を見てくれないか?そいつには大事な話があるんだ」


「・・・・・・わかった、勝手に動いちゃったのもあるから一週間は絶対に手を出さないって約束するよ」


「ありがとう。今度も信じるからな、裏切らないでくれよ」


 白銀の騎士の言葉を許せない気持ちはあるだろうが、一旦は約束通りに退くことにしたようで九重はビルから降りて姿を消した。

 これで一度は脅威が去ったと言えようが、楓人は自分の中で覚えた違和感を検証しながら話を進めることにする。


 ―——そうだ、あの日から思えば妙だった。


 一度、違和感を覚えると色々なことが妙だったと思い返せる。


「俺に話があるのではなかったのか?」


 今は戦う気がなさそうな白銀の騎士を前に、楓人はまずは試しに正攻法で話をしてみることにした。

 今回はある程度はこちらも腹を割って話をしなければなるまい。


「ああ、無理を承知で言うんだけどさ。お前・・・・・・ウチに来ないか?」


「・・・・・・正気か?俺はお前のやり方を温いと言ったはずだ。俺は自分の信じるやり方で戦うともな」


「知ってるよ。それでも、俺達の考えてることって案外似た所にあるように見えるけどな」


 説得なんて怜司の得意技であって、楓人の頭では他人を言葉で動かすなんて大それた真似はそう簡単には出来ない。

 だが、ここで九重の暴走を止めながら白銀の騎士の一件と同時に収める手段はこれしか存在しないのだ。


「お前の目的を全て知ってるわけじゃない。それでも、コミュニティーを全て一つにしなきゃ争いが止まることはないんだよ」


「・・・・・・そんなことが本当に出来ると思っているのか?」


「俺達だけでやるなら無理だろうな。だから、皆でやって貰うんだろ」


 以前から構想はあり、烏間も歪んではいるものの似た結論には至っていた。

 それぞれのコミュニティーが出来ることをして、立場の上下もなく意見を纏める機関がエンプレス・ロアであるべきだ。


 法を一方的に設定して従わせるのではない、エンプレス・ロアが勝手に出した指示にはすぐに違反する人間が出るのは明らかだ。


「俺達が今後どうするかは全員で決めるし、管理自体は他のコミュニティーと連名でやる。その為には全てのコミュニティーの意見を汲み取れる状況まで持って行かなきゃならないんだ」


「最初に味方にするのは、レギオン・レイドとハイドリーフか・・・・・・。確かにそれで頭数は揃うだろうな」


 その二つのコミュニティーを味方にできれば、多くの変異者の賛同意見を獲得したことになるだろう。

 エンプレス・ロアが描く未来の希望を白銀の騎士は正確に理解したようだった。

 今の変異者が犯罪に走るのは、社会全体で決めたルールが存在しないことにも起因しているのは間違いない。

 共通のルールもなく、エンプレス・ロアが犯罪者を捕らえているとしても変異者全体から見れば絶対的な抑止力には成り得ない。


 しかし、それを全コミュニティーの連名で行えれば必ず認識は変わってくる。


「だが、それでも犯罪者は出てくるだろう。一時の平穏でしかない」


「その為に戦い続ける覚悟はできてる。一時の平穏を続けてみせるさ」


「・・・・・・それに俺も協力しろということか」


 そこで初めて白銀の騎士は考える様子を見せた。


 まだ構想段階だったので安易に口にすることは多くなかったが、この相手はそこまで踏み込んだ話をしなければ納得しない。

 表の世界では戦争を止める為に人々は戦い続けた世界の中で結託し、外国人が世界を旅行できるまでになった。

 それに比べればたかが蒼葉市一つを平和にすることなどスケールが小さいものだ。


「別に全く考えが同じゃなくていいんだ。反対意見があれば言ってくれていい。大切なのは人間の命の重さを知っているかだろ。俺はお前のそういう所は信じられるって思ったから戦いを止めた」


 白銀の騎士は獣の変異者を殺しはしたものの、決して最初から命を奪おうと思って動いていたわけではない。

 学校で大鎌の変異者である梶浦と出会った時も、最後は始末することもできたはずなのに全く傷付けようともしなかった。


 出来れば犠牲は出したくないと考えて動いているのは今までの行動を見れば明らかだと判断したからここまで肩入れしたのだ。

 そして、この男には確かめなければならないことがあった。


 先程の戦闘の中で感じた違和感、それは・・・・・・。



 白銀の騎士が隠しようがない程に、右腕を怪我していることだった。

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