第159話:不審



 さて、翌日はさすがに学校に行くことにした。



 さすがに二日サボったのはやりすぎだったかもしれないが、コミュニティーの活動には命がかかっているので仕方がない。

 そして、学校へ行くと椿希は安堵したように席を立ってこちらに向かってくる。


「二人とも二日も休むから心配したわ。本人から連絡があったから大丈夫とは先生も言ってたけど」


「悪い、ちょっとゴタゴタしててさ」


「黒い時の楓人に似た人が最近いるかもしれないから、椿希も気を付けてね」


 楓人だと勘違いして関わり合いにならないようにと気を遣ったカンナは今の内に椿希へと忠告をしてくれた。

 小声で目立たない会話をしていると柳太郎も登校してきたので、コミュニティー関連の話題は終えて普段の三人へと戻る。


「朝から三人で集まって、何かあったのか?」


「二人が学校を休んでいたから大丈夫かって聞いていただけよ」


「親戚の法事だったっけか?色々と大変だったな」


「ううん、全然大丈夫だよ」


 椿希が上手い具合に不自然さの全くないフォローをしてくれたので不審に思われることもなかった。

 柳太郎は左手で鞄を掴んで机に下ろし、女子二人を見比べながら楓人へと囁く。


「話は大体は聞いてるけどよ、あの二人ってまた仲良くなってないか?」


「カンナと椿希で腹を割って話したのが原因みたいだぞ」


「聞こえてるわよ、二人とも。特に柳太郎は声が大きい」


「私達、お互いに好きなものを我慢しないってお話したんだよね」


 笑顔で椿希に目線をやるカンナと同じく、微笑みを湛えて首肯を返す椿希の間にわだかまりは感じられない。


「・・・・・・好きなもの、ねえ?」


「こっち見るな。俺のせいとはいえ、すげー居心地悪いんだから」


 露骨に楓人をじーっと見てくる柳太郎から目線を逸らす。

 この二人の気持ちをあれだけはっきりと言われれば、いかに鈍感な男でも逃げ道がなくなるに決まっている。

 逃げる気はないのだが、言い訳しかできない自分を情けなく思うのも事実だ。


「まあ、二人ともバレバレだったけどな。オレはどっちの応援もできねーけど、相談は受け付けてるぜ」


 ひらひらと手を振って柳太郎が去っていくと同時にチャイムが鳴り響いた。

 しかし、楓人は女子二人へと視線を戻すと妙なことに気が付く。

 柳太郎の背中を椿希が怪訝そうな顔で見つめているのを見て、楓人もその背中を眺めても理由は浮かばない。


「どうかしたか・・・・・・?」


「柳太郎、少し体調悪そうね」


「そこまでは分からなかったけど、よく見てるもんだな」


「友人のことくらい気にするわ。もちろん、楓人のことだってね。その、気になる相手なら猶更よ」


「そ、そうか・・・・・・」


 言われてみればアスタロトを纏った楓人を見抜いたのは初めてのことで、彼女がいかに楓人を見ていたかの証明になる。

 頬を掻くに俯く椿希。


「・・・・・・わ、私だって見てるから」


 ぽそっとカンナに呟かれて、彼女のせいでは断じてないが居心地が悪かった。

 見ているどころか一心同体に近いと突っ込むのはこの場では野暮だろう。


 それにしても柳太郎が体調を崩したのは珍しく、アルバイトの詰め込み過ぎで疲れているのかもしれない。

 一人暮らし同然の身である柳太郎は仕送りはあるとは言うも、自分である程度の食い扶持を稼ぐ為に働いている。

 家族が蒼葉市を離れたのは、大災害が相当にトラウマになって体調を崩したからだと以前に言っていたことがあった。

 楓人も大勢の死を目の当たりにした際のやり場のない感情は、一度だって忘れたことはない。


 それは楓人が冗談では若者が使いがちな「死ぬ」という言葉を使わなくなったことにも表れていた。


 それはさておき、もしも柳太郎に何ともならない事情があって無理をしているのなら友人として相談を乗るべきだ。



 だが、この時から楓人は自分が何かを間違えた気がしていたのだ。



「そういえば、今日は部活はあるの?」


「活動してもいいけど、俺とカンナは出られないぞ」


 今日は蒼葉大学に行くことになっていて、ハイドリーフのメンバー達と会って偽物探しの手掛かりを探る。

 今回は唯一の男である雪白からも情報を得て、まずは相手のことから先に知って動くべきだと判断したわけだ。


 白銀の騎士のことを調べながら、ハイドリーフについても知らなければならないという高い難易度を誇るミッションだった。


「光先輩も今日は来ているみたいだし、ようやく部活も出来るかと思ったけど仕方ないわね」


「光先輩、休みだったのか?」


 その椿希の言葉に引っ掛かりを覚えて、楓人は何の気なしに聞き返す。

 健康な肉体という意味では光はメンバーの中では紛れもなく最優と言え、風邪をひいた記憶すらも楓人にはない。


「ええ、ここ二日間くらいよ。珍しいって柳太郎とも話したわ」


「確かに珍しいな。万が一、風邪をひいてもしれっと登校しそうだ」


 柳太郎が体調が悪化していると椿希に見抜かれ、最年長の光までも何らかの事情で欠席しているとは未だかつてない状況だ。

 光は柳太郎と違ってアルバイトもしていないので、疲れが理由というわけでもなさそうには見える。

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