第157話:選択の予兆
腕の装甲を糸へと戻しながらも辛うじて、白銀の騎士は予測を上回る攻撃を回避し切った。
無傷とは行かずに鮮血が散ったが、出血量からして深手ではないはずだ。
そして、今が好機と踏んだ偽物の黒の騎士は体勢を崩した敵へと肉薄して槍を振るおうとする。
だが、もう我慢の限界だった。
「いいから・・・・・・止めろって言ってんだろーがッ!!」
槍を後ろから掴みつつ黒の風をぶつけて内側から霧散させ、そのまま装甲を肘でどついて体勢を無理矢理に崩させると戦いを止める。
さすがに目の前に相手から現れたとはいえ、見境もなく襲い掛かった様子に腹が立って強引に止めざるを得なかった。
「・・・・・・でも、そいつが!!」
「もし、これ以上やるって言うなら俺が相手になる。俺を敵に回すか、大人しく話を聞くか選べ」
「・・・・・・わかった、戦いは止める」
偽物は言い聞かせれば従ってくれると内心で安堵しながら白銀の騎士の動向を観察していたが、今すぐに手を出してくる様子はなかった。
声から察するに納得したわけではなく、許しさえあれば今すぐにでも襲い掛かってもおかしくはない。
それで終わるはずがないと思っていたが、大人しいものだった。
「ここはお前も退いてくれないか?通りがかっただけなんだろ」
「いいだろう、足元を掬われないようにそいつには注意しておくんだな」
「ああ、お前を勝手に襲わないように頼んどくよ」
特に目的があって訪れたというよりは突発的な邂逅だったのか、白銀の騎士も傷の恨みを言わずに退くことを了承した。
結局は偽物も黙ったままで白銀の騎士が退くのを見守っていたので、ようやく肩の力が抜ける。
だが、本当にさっきまでの怒りが綺麗に収まったとは思っていなかった。
「本当に何もしないんだろうな?」
「戦いはしないよ。でも・・・・・・絶対にアイツの正体を暴いてやるから」
押し殺した声には怒りとわずかな狂気が浮かんでいて、楓人は何度目かのため息を吐いた。
戦わないと言っているので、白銀の騎士の素性を探るのを止めるべきかは迷う。
素性を知っておきたい気持ちはあり、レギオン・レイドとの関係が切れた今は情報収集に協力してくれる団体は有難いのだ。
しかし、彼女に任せれば素性を確かめた後に白銀の騎士を潰しかねない。
“カンナ、一応聞いておく。どう思う?”
“ダメって言っても、調査くらいはしそうな感じはするよね”
“だよな、俺の為なのか知らんけど気持ちが先行すると何するかわからない”
念の為にコミュニケーション能力が高いカンナにも結論を聞いたが、楓人と感じたことは一緒のようだった。
「俺と情報共有をしてくれるなら、調査を頼みたい。約束できるか?」
「うん、約束する。迷惑になることはしたくないし」
「一緒にやろうって話なんだから、内緒で動くとかもナシだからな」
これ以上は無理に抑え付けると弊害が出るかもしれないし、ここで駄目だと言っても何かしらの行動は取り始めるだろう。
それならば、一緒に調査する名目にしておいた方が遥かにマシだ。
「ふ・・・・・・フウマから連絡を受けて、お前が蒼葉大学の三人の中の誰かなのはわかってる。正体を明かす気はないのか?」
「それは出来れば自分で見つけて欲しいかな。それじゃ、連絡はロア・ガーデンでいいよね?」
「ああ、それでいいよ。よろしく頼む」
危うく楓人と名前を出しそうになったが、自分で決めた名前を発言するのは無性に恥ずかしかった。
何にせよ、偽物に手綱を付けるにはこうするしかなかった。
今回はその場で結論を求められ、コミュニティーへの相談を挟まずに独断で動いてしまったのは申し訳ないが仕方のないことだ。
だから、念の為に忠告を残すことにした。
「それと、最後に忠告しておく。俺が知らない所でまた黒の騎士の姿を騙るなら、こっちも黙ってはいない」
この決断が本当に正しかったのかはこの段階では迷いがあった。
偽物の黒の騎士もこの段階では協力関係を提案した以上は逃がすしかなく、今の黒と白の力を併せ持つ偽物は敵に回すのは色々な意味で厄介だ。
明璃と合流してカフェに戻ると楓人は怜司に事の顛末を共有して意見を求めた。
気になる点を見出した様子の怜司は確認事項を何点か質問すると、今度は明璃に目線をやって訊ねる。
「その雪白という男には異常はなかったんですね?」
「うん、普通に家に戻ったのを確認してるよ」
「そうですか。私の見解を先に言うと、結果的に戦いを止めるにはリーダーが取った方法は一つの正解です。まあ、偽物を捕まえる手はありましたが、協力が得られるのなら泳がせてもいいでしょう。同志とやらも気になります」
決して楓人は悪い決断は下さなかったと及第点を貰えたようだが、奥歯に物が挟まった言い方が気になった。
以前からこの参謀は楓人のやり方が間違いではないが懸念点がある時はこういう言い方をするのだ。
「何か気になることでもあったのか?」
「何点かありますが、我々は決断を迫られるでしょうね」
「・・・・・・決断?」
「私の想像が正しければ、白銀の騎士は相当に追い込まれるでしょう。偽物が黒の騎士に会いに来るのに一人で来たとは思えませんからね」
色々なことに気を払っていたせいで失念していたが、確かに仲間が何人潜んでいたかも確認できなかった。
燐花を連れて行かなかったのは彼女の事情を鑑みたこともあったとはいえ失敗だったかもしれない。
何にせよ、怜司がいう選択とは……白銀の騎士かハイドリーフのどちらに肩入れするか、ということだ。
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