第152話:進展-Ⅱ



 蒼葉大学まで戻って会ったメンバーは何というか思ったよりも普通だった。


 温厚な性格だが陽気なムードメーカー女子の長谷はせ、仮名はハッセ。

 底抜けに明るく騒がしい今時女子の秋峰あきみね、仮名は紅葉もみじ

 思慮深く落ち着いた性格らしい男の雪白ゆきしろ、仮名はYuki《ゆき》。


 この中で男女交際をしているのは長谷と雪白ペアのようだ。


 今日は雪白は大学には残っていないようだが、女子二人とは会うことができた。

 ちなみにカンナと唯には別の仕事を請け負って貰うことにしてあるので、ここで解散となった。


「え、マジモンのエンプレス・ロアの人なの?もしかして年下?」


「何か正義のヒーローって感じでかっこいいよねぇ」


 今までは敵として容赦なく潰しに来る相手ばかりだったので、長谷と秋峰の反応は少しばかり心に染み入るものがあった。

 こうして陰ながらでも応援してくれる人間もコミュニティー外でもいることを改めて実感したのだ。

 正義のヒーローと言える程に単純な話でもないのだが、それをこの場で説いた所で雰囲気を悪くするだけで得をすることは一つもない。


「あれ、っていうか城崎くんじゃない?たまに授業一緒になるし。黒の騎士さんと知り合いなの?」


「別に知り合いって程でもないし、直接会ったことはねえよ」


「でも、エンプレス・ロアの人と一緒にいるってことはメンバーなの?」


「まあ、似たようなもんだ。臨時メンバーってとこだな」


 城崎は相変わらず淡々と秋峰に対して返答をするが、女子二人は特に気にした様子もなかった。

 だが、その和気藹々とした空気の中で話題を切り出さなければならず楓人達を紹介した九重は気まずそうに口を開く。


「それで、エンプレス・ロアの人に来て貰ったのは・・・・・・私達のことについて相談する為なの」


 その言葉を聞いて、同じく気まずそうな顔へと変化する他の女子二人。

 友人達の中で変異者の能力を悪用して人を襲った人間が混じっていると知って、何も感じない人間などそうはいないはずだ。

 平和だと信じていた日常の中に知らずに潜む狂気ほど恐ろしいものはないと楓人自身も味わったことのある感覚だった。


 まさしく狂気を宿す一人の変異者は一枚の葉が森に隠れようとするように息を潜めているのだ。


 変異者の場合は再犯率が非常に高いので止めるなら今の内だが、この三人の内に犯人がいてエンプレス・ロアの動きを知って自重する期待も少しはあった。


「若葉・・・・・・。まあ、確かにこの状態が続くのもよくないよね」


「確かに。誰かが何かしてるってんなら止めないといけないもんねー」


「ありがとう、二人とも。だから、お話できることはしてあげてほしいんだ」


 長谷は発言力のあるリーダー格ながら特に自分中心的な性格でもないが、彼女の発言には不思議な力がある。

 その場の重くなりかけた空気がすぐに前向きなものへと変化し、それに同調して場を明るくするのは秋峰で、二人の意見を纏めるのが相談者の九重若葉だ。


 弛緩した空気のおかげで色々な話を三人からは聞くことができた。


 事情聴取のようで申し訳ないが、念の為に大学の空き教室を使ってそれぞれが把握している事件の顛末を聞いた。

 示し合わせていれば必ずボロを出すだろうと思っていたし、力を使った人間が炙り出せるかと考えた。


 そうして把握したのは、雪白という男の不審さだ。


 力を使った日は必ず誘いを断って帰宅しており、力に関して実験しようと言い出したのも雪白が発端だったようだ。

 性根は真っすぐな男だと口を揃えてメンバーは言っていたが、変異者の力が人格すらも崩しかねないことは明らかだ。


 予め、九重からは“襲われた時に護衛したいから”と完全な嘘でもない事情を語って雪白のアルバイト先は聞き出してある。


 そこに今頃はカンナと唯が到着している頃で、何かあれば連絡は来るだろう。

 本来ならばカンナとはあまり離れるべきではないが、アルバイト先はすぐ近くなので合流は容易だ。

 ここに四人が集結するよりも、楓人と城崎で話を進めた方が話は早い。


「全員に聞いたことなんだけど、九重にも一つ聞きたい」


「は、はい。私に答えられることなら何でも」


 その質問をして、今日は解散となった。



「黒の騎士になれるとしたら、なりたいと思うか?」



 それは、黒の騎士について彼女達がどこまで知っているかを試す言葉だった。



 ―――カンナと唯と合流して駅まで一緒に戻る。



「こっちはぜんっぜん収穫ナシ。雪白ってば、めっちゃ真面目にハンバーガー売ってたよ」


「子供のいる家族にも声かけてたし、すっごく手際が良かったよね」


 雪白のアルバイト先は駅から近くのハンバーガーショップで、万が一にもその付近で何かが起これば対応はして貰う一方で雪白の為人ひととなりを少しでも見極めようという狙いもあった。

 しかし、二人の様子を見る限りは特に何も起こらなかったらしい。


 後はエンプレス・ロアで空いている人員を探して見張りにでも付けてみよう。


 戦闘はこちらで請け負う代わりに情報収集は任せる方針に反対する者はコミュニティー内にはいなかった。

 エンプレス・ロアには色々な職業の人間がいるので誰かが動けることが多い。


「まあ、とりあえず天瀬は俺と楓人が頭使ってる間にポテトをしこたま食ってたわけだ」


 抱えた袋から見えるポテトの先端を見咎める城崎。

 どうやら飲食店をこの空も暗くなり始める時間帯に長時間に渡って張り込ませたのは少々酷だったようだ。

 本来なら突っ込むべきかもしれないが、しっかりと仕事をしていたのならばポテトやハンバーガーを食おうが今回は何も言うまい。


「だ、だって、店内にいるのに何も買わないとか不審者だからさ。一緒に何か食べようって話になったんだよ」


「ご、ごめんね。お腹が減っちゃって・・・・・・私もアップルパイ食べたから」


「あんたはいい。素直に謝罪できるだけ真っ当だ。言い訳をした上に仲間に擦り付けようとした奴よりはマシだ」


「もうちょっとオブラートに包んでくれたっていいのにね。楓人とカイトくんの分も買ってあるんだから一緒に食べよ」


 不機嫌そうな顔になりながらも唯は新しいポテトを取り出して差し出してくる。

 何だかんだ言いながらも包み隠さずに思ったことを言える二人なのだと、そのやり取りを見ていて思った。


「唯がね、二人が頑張ってくれてるから何か買っておこうって言い出したんだ」


「・・・・・・そ、それはカンナだって言ってたじゃん」


「天瀬もたまには気を遣えるんだな」


「何か、久しぶりにカイトくんに褒められた気がする」


「・・・・・・いや、わりとけなされてる方だろ」


 コミュニティーの違う二人ずつが集まって出来た一つの小さなチームだが、何だか上手くやっていけそうな気がした。


 そして、今日の収穫によって偽物に近付く手段が一つ浮かび上がってきていた。

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