第79話:パートナー
―――そして、楓人・カンナペアの方は、目的地に到達していた。
周囲に広がるのは水の世界。
訪れたのはスカイタワーの麓に建設された水族館だった。
カンナは知識としては存在を知ってはいるし、テレビでも見たことはあるが実際に訪れたことはないと以前に聞いていた。
「あ、エイだ。思ったより大きいね」
初めての海の世界にカンナは目を輝かせて子供のように水槽の中を眺めている。
楽しそうな様子を見ていると連れてきてやってよかったと思う。
カンナにはまだまだ実際に見たことのないものがたくさんあるのだ。
「エイって何かカッコイイんだよな。尻尾みたいな部分もスタイリッシュだし」
「わかるっ!!なんか、シュウィンってなってる部分がいいよね」
「・・・・・・どの部分だよ」
何となくはわかるが、カンナも感覚派とも天然とも言える部類なので特に言及はしないことにした。
「なんか、すっごく海の中って感じがするよねー」
カンナが明るい声を漏らして近くの水槽に手を添え、それに反応した小さな魚たちが集結して来る。
「ふふっ、可愛いなぁ・・・・・・」
慈しむように優し気な笑みを浮かべ、手に集まって口をぱくつかせる魚達に目線をやるカンナ。
水族館内は青い照明が緩めに入っていたり、海を思わせる装飾品が多く確かに海の中にいるような謎めいた安心感がある。
水を見ると落ち付くのは人間の本能的なものだと言うが、魚の泳ぐ水槽を見ていると何となく怖さもあって不思議な場所だ。
「ああ、俺も人間以外に生まれ変わるなら水の生き物でいいかもしれん」
「気持ちよさそうだけど、競争も激しそうじゃない?」
「普通に泳いでると食われることもあるからな」
「あ、でも、よく考えると人間以外に生まれ変わっちゃうと困るかも」
ふと思い付いたようにカンナが言って、やや頬に桜色を散らす。
「いや、俺も人間やめたいわけじゃないが。どうしてだ?」
「こうやって・・・・・・ずっとデートしたい、から」
えへーと幸せそうに笑いながら、繋がれたままの手を握り直す。
開き直ったかのように今まで以上に好意をぶつけてくるカンナと触れ合っているのは精神衛生上はよろしくはない。
これで気付かない男などいない程に彼女は幸せそうで、表情や眼差しには楓人への好意が透けていた。
仕方がないので、少し話題を変えることにした。
「・・・・・・それはさておき、水の中に住んでいるのに色々な姿になるもんだな」
進化元がそもそも違う生き物だとか、色々な理由があるのだろう。
しかし、この水槽の中や海には大量の生きものがまるで違う姿で生きている。
何となく、その様子は変異者達に似ているような気がした。
蒼葉市という舞台で色々な人間が生きており、時に死ぬことだって多い。
生きる環境だけで人は凶暴にも変化する、魚と違って言葉と言う唯一無二の手段で話し合うことができるのに。
暗い方向に考えそうになった所をカンナの声で我に返る。
「オスとメスで模様が違う種類もいるんだよね」
「まあ、それは人間も似たようなもんじゃないか?」
つい、カンナの大きめの胸へと視線が反射的に吸い込まれた。
男と女の身体的特徴が出るのは、もちろん魚だけではないのである。
「・・・・・・・・・あっ」
カンナもその視線に気付いたようで、胸を隠して恥じ入る。
楓人は誤魔化す為に下手糞な口笛を吹きながら、意味もなく水槽に手を添えながら前へと歩いていく。
「楓人のえっち、ドスケベ、淫乱」
「最後のは違うだろ。デカいもんぶら下げよってからに」
「なんかキャラ崩壊してるし・・・・・・。まあ、見られないのもイヤだけどさ」
「こればっかりは仕方ないんだよ。お前だって目の前に扇情的な形のヤシの実がぶら下がってたら凝視するだろ?」
「そもそも、ヤシの実が目の前にぶら下がる状況がなくない?そこまでおっきくないし」
少し取り乱してしまったが、楓人とてスタイル抜群で正直言えば好みのタイプの少女を隣に置いてそれなりに耐えているのだ。
このくらいは許して欲しいと申し立てたい所だ。
「とにかく、まぁ・・・・・・俺だって男だってことだな。不快な気持ちさせたなら悪かったな」
「べ、別に楓人なら事前に聞いてくれれば、少し考えなくもないというか」
「じゃあ、じっくり見ても怒らないんだな?」
「・・・・・・し、正面からはダメ。こっそり見る分にはいいよ」
「じゃあ俺、なんでさっき怒られたんだ?」
カンナもむっつりスケベであることは解明済みで、柳太郎から家に置かせてくれと頼まれていた淫らな本のページをこっそり捲っていたことも知っているのだ。
胸を見られた時も少しばかり嬉しそうな色が浮かんでいたことも見逃す楓人ではなかった。
「・・・・・・このむっつりめ」
「何か、唐突に罵倒された!?」
何だかんだで二人で遊ぶのは楽しかった。
手を繋いで普通の恋人のように歩く時間はこれから先も望んでいいのかと思う程に全てを一時的に忘れさせてくれるものだった。
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