第77話:もう一つのデート
新しいものをたくさん見て、戦いが終われば自分の進みたい道に進んで欲しい。
それが楓人の彼女への願いであり、楓人によって未来は強要するものでもない。
単純に相棒であり、今まで共に進み続けてくれたカンナには幸せになって欲しいだけなのだ。
ただ今はカンナとの時間を楽しもう。
心の内にある願いをこんな局面になって改めて自覚する。
まだ、それが恋愛感情なのか親愛の情なのかはろくに恋をしたことのない楓人に結論付けることはできない。
だが、楓人はカンナの笑顔を見たいだけなのだ。
「私、行ったことないし楽しみだなぁ」
そんな幸せそうなカンナを見ているだけで胸の内が満たされる。
そして、二人は次のデート先へと向かうのだった。
―――その頃、怜司と明璃ペアの方はと言えば。
「私には女性と一対一でという経験が欠如していましてね。ごく一般的な場所になってしまいました」
「ううん、むしろ安心した。怜司さん、たまに真面目過ぎてボケる時あるから」
「そうでしょうか・・・・・・自覚はありませんが」
二人が向かっているのは蒼葉北駅から四駅先。
目的地は映画館を擁する蒼葉スカイタワー程ではないが、そこそこの規模のショッピングモールだった。
怜司は頭を捻ったが、ネットの知識だけでは応用が効かなかったようなので無難な映画を見るという結論になった。
年齢で言えば五つの差があるが、怜司が大学生に見えなくはない上に明璃も年齢より大人びているのでカップルとして成立する光景だった。
既に見る映画も決めており、明璃に合わせてラブストーリー系を見ることになった次第である。
だが、上映までは時間もあったので二人はウインドウショッピングを楽しむことにした。
「怜司さんって楽器やったことあるの?」
「バイオリンは幼い頃に習っていましたが、今はさっぱりですね。明璃は?」
「わたしはピアノを二年くらいかな。そんなに上手じゃなかったけどね」
楽器屋の前でふと足を止めた明璃は怜司に話題を振った。
特に目的地もなかったので、興味を引かれた場所で足を止めて会話を楽しむ程度の買い物だ。
「きっと明璃はいい演奏をしますね。コミュニティー内でも明璃は感受性が豊かな上にウチの中でもトップクラスに頭脳明晰ですからね。呑み込みも早いでしょう」
「い、いや、そんなことないよ。怜司さんはもちろんだけど、フウくんだって何だかんだ結構頭いいし」
尊敬もしている意中の男に褒められて、少し顔を赤くしながら謙遜する明璃。
「確かにリーダーも頭の回転は早いですね。まあ、普段はかなり雑な所も多く見受けられますが」
楓人がくしゃみをしていそうなことを告げて怜司は笑う。
カンナほどではないとはいえ、やや楓人もコミュニティー以外では抜けていたり大雑把な所も多かった。
それをコミュニティーに持ち込まないで済んでいるのは怜司という参謀のおかげもあった。
「フウくん、意外と面倒臭がり屋なのもあるからね。変異者絡みだと集中力が違うから、そんなことないんだけど」
「まあ・・・・・・色々言いましたが、それでもあの人は今のままで構いません。常々言うように私はリーダーのことは尊敬していますからね」
「怜司さん、本当にフウくんのこと尊敬してるのが伝わってくるよね。でも、どうして?ちゃんと聞いたことなかったから」
以前にも似たようなことを聞いた覚えがあるが、その時は別件のせいで機を失ってしまった。
だが、単純に頭脳明晰で容姿端麗な上に変異者として強力で隙がない怜司が、なぜここまで楓人を全面的に認めているのかが不思議だった。
無論、明璃とて楓人のことは尊敬しているし人間的にも好ましく思っている。
それでも怜司は楓人に恩を感じているだけでは済まない程に自らの力を捧げているのは腑に落ちない点もあった。
「映画まではまだ時間はありますね。リーダーは私が生涯で初めて憧れた人間ですから」
「すごく尊敬はわたしもしてるけど・・・・・・怜司さんがフウくんみたいになりたいって思ったってこと?」
「そうですね。いえ、正確に言えば私では無理だと思ったから憧れたんですよ」
「それはやっぱりフウくんが助けてくれたから恩義を感じてるって意味?」
明璃は楓人から聞いた話を思い出して、怜司の隣を歩きながらそう聞いた。
怜司は黒の騎士に、楓人に救われて居場所を貰ったと恩義を感じているのは彼女の目から見ても間違いない。
それは楓人のようになりたいと憧れる理由としては少し違う気がしていた。
「それもありますが・・・・・・自分が辛く悲しい時に苦しさを優しさに変えられる人間を始めて見たんです。私の周りの人間は私欲に塗れていましたし、それがおかしいとは思いません」
人間は個人差はあれど、自分の身を可愛いと思ってしまう一面を持つ。
自分の辛さや悲しみと正面から向き合い、一時の気まぐれではなく他人に手を差し伸べ続ける心の強さを持った人間を怜司は初めて見た。
感覚が麻痺しているわけでもなく、怜司を救った時の楓人は泣きそうな顔で笑っていた。
楓人は言うだろう、自分の居場所が欲しいと自分本位な理由で戦い始めたと。
しかし、エンプレス・ロアという居場所を創ってもなお戦い続けるのは自分と同じ人間が出るのを見過ごせないからだ。
失う辛さも、救われて手を差し伸べられた喜びも知っているからだ。
メンバーはその熱に引っ張られて、自分の意志で戦う道を選んだ。
この理想の為なら戦える、真島楓人なら多くの人を幸福にすると信じたから。
その祈りさえも受け止めて、一人でここまでのチームの土台を作るのは怜司にさえも出来ることではない。
ましてや不敗の伝説として君臨し続けるのは簡単であるはずがない。
「私はリーダーのようにはなれずとも、誰かの為に戦ってみたかった。それなら、危ういまでに世界を変えようと足掻くリーダーの為に戦おうと思いました」
怜司は過去を懐かしむように目を細め、わずかに唇を緩める。
その様子は楓人の為に戦っていることを後悔していない証明に他ならなかった。
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