第46話:事前調査-Ⅱ


 男達は快く幽霊についても話をしてくれた。


 未だにトンネルで実害を受けた人間はいないそうだ。

 トンネル内で腕を掴まれたり、服の袖を引かれたりするらしい。

 観光客の悪戯や虚言だと最初は思っていたらしいが、それなりに噂が広がったことによりただの嘘とも言えなくなった。

 トンネルは意外に長くカーブを描いているせいもあって昼間でも暗く、噂が広まっているのも昼過ぎから夕方にかけてだそうだ。


 階段と言えば夜の印象があったが、今回はそうでもないようだ。


「まあ、子供の幽霊の一人や二人はいるかもしれんなぁ」


「腕を握られるくれえ可愛いもんよ、ははは」


 二人の男は豪快に笑って都市伝説を肯定する。

 幽霊が地元のトンネルにいるとわかっても、特に気にしない辺りはこの土地の人間の性格なのだろうか。


 楓人達のような都会っ子は幽霊が出るなんて噂が聞こえれば多少なりとも怯えるものだが、彼らは虚勢でなく怯えた様子がない。


「それじゃ、行ってみます。ありがとうございました」


「おう、兄ちゃん達も気いつけてな」


 楓人達は食事を終えると店を出た。

 思わぬ味の良さに満足できる量はまた来たいと思えるだけの魅力があった。

 まずは全員でトンネル付近まで歩いてみることにして、近くに店があれば話を聞いてみようか。


 トンネル近くの人間の方が色々と聞いているだろうし、聞き方に気を付けつつ訊ねていこう。


 メンバー全員で海の見える道を歩いていく。

 まだ夏でないのもあるが、この土地はまだ都心に比べると気温が高くない様子だ。

 海風の影響があって涼しさを感じているだけかもしれないが。


「そういえば、トンネル行くの?」


「ああ、トンネルを抜けて神社まで行けばいいだろ。お参りしてから次のことは相談しようぜ」


 カンナが訊ねて来たので当然と頷く。

 都市研究部としての活動があるので、面白半分ではないが噂のトンネルも抜けていくべきだろう。

 今回の趣旨はお参りだが、その途中に都市伝説があるのならばスポットを見ていくのが都研の流儀だ。


「・・・・・・出るかもって言ってたわね」


「言ってたな。お前、ホラー苦手だもんなー」


 柳太郎があっさりと椿希の数少ない弱点をばらし、椿希はじろりと柳太郎を睨む。

 ここまでがいつものやり取りなので彼女も本気で腹を立てているわけではない。


「どうせ、仁崎だって目の前に幽霊いたら逃げるでしょ」


「菱河だってドン引きしそうな悲鳴上げそうじゃねーかよ。お前、いいリアクションしそうだし」


「あたしはそんなことじゃ動じないわよ」


「いーや、そんなことないね。お前、普段は心臓に毛がモッサモサだけど意外と緊急事態に周り見えなくなるっぽいからな」


「・・・・・・柳太郎、女の子にモッサモサはないでしょう」


 よく見ていることだと内心で感心しながら楓人は歩みを進めていた。

 確かに燐花は度胸もある上に局所的な戦闘では鋭い勘を発揮することもある。

 ただし、言い換えれば高い集中力を持つ故に、時には脆い一面も持っていた。


 目の前の敵を打倒する戦闘面では奇襲に対しても、単純な勘のみで回避できるので優秀だが総合的な判断を下すのは苦手だ。


 だから、ある程度は単独で動くこともあるエンプレス・ロアの中でも欠点を自覚する彼女は楓人や怜司に緊急時の判断はほぼ全て委ねている。

 目の前のことに集中すると客観的に物事を見られなくなるのは、探知にも見られる彼女の弱点だった。


「・・・・・・まあ、それは確かにあるかもしれないけどさ」


 燐花もその欠点は自覚する所で、大人しく引き下がる。

 似た者同士の柳太郎に指摘されるのは屈辱だろうが、正しいことは正しいと真っ直ぐな判断を下せるのは燐花の長所だった。


「とりあえず行こうではないか。何、別に取って食われるわけではなかろう」


 最年長の光は燐花以上に鋼の心臓を持っているのは周知の事実だ。

 光が恐怖という感情を覚えるのは尿意を覚えた状態でトイレが見つからない時くらいではないかとの噂だ。


「まあ、ここまで来たら行くしかないよね・・・・・・」


 悲痛な面持ちで己を鼓舞するカンナもこういう心霊系はあまり得意ではない。

 以前にホラー映画を借りて来た時に楓人に抱き着いて離れなかったのをよく覚えている。

 ホラー映画を何度でも借りてきたい衝動に駆られる程に良い体験だった。


「カンナ、怖かったら抱き着いてもいいからな」


「あ、あれは映画が怖かっただけだから大丈夫だよ・・・・たぶん」


 カンナは過去を思い出したのか、少し照れつつも自信なさげに視線を泳がせた。


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