第56話『隠し事の理由』

 魔術の適性検査により、俺には才能がなく、妹であるフォナには才能があると明らかになっても、別に生活は大きく変わらなかった。

 しかしそれはあくまで俺目線で、フォナからすれば一変したと言っていい程度には変化があっただろう。

 具体的には、ソラとの訓練は俺一人で行われることになり、フォナはこれまで身体強化の訓練に使っていた時間を、全て魔術の訓練に割くことになった。


 一般的に身体強化の適性と魔術の適性は反比例する関係にあるらしく、魔術の才能に長けている人物ほど身体強化を苦手としているとのことだ。しかし、身体強化の適性が低いからと魔術の性能があるとはかぎらないというのが、悲しいところではあるが。

 思えばフォナは身体強化の訓練に苦戦していたように思える。それが魔術の才能によるものだと言うのなら納得だ。

 稀に身体強化と魔術を併用して最前線で戦う者もいるらしいが、そんなのは本当に一握りの天才か、馬鹿がやることだ、とソラは言っていた。

 フォナがそんな一握りの天才かどうかは今のところ分からないが、別にどうであろうと何かが変わるわけではない。


 魔術適性検査の直後こそ、フォナは俺に気を使うような素振りを見せていたが、最近ではそんなこともなくなってきた。

 確かに魔術を使ってみたかったという思いはあるが、フォナが魔術の訓練で四苦八苦しているのを見ると、魔術と空間制御能力の訓練を両立するのは厳しそうだという思いが芽生え、今ではむしろ魔術を使えなくて良かったとさえ思っている。


 最近では魔術訓練の後、一緒にお風呂に入りながらフォナから訓練の大変さを聞かされ、それを俺が慰めるというのが日課になりつつある。

 フォナは五つ星と呼ばれる5つの属性の魔術を扱える魔術師だ。

 それは当然素晴らしい才能だし、得することも多いとのことだったが、もちろん良いことばかりではなく。

 一般的な魔術師が1つの属性しか使えないのであれば、フォナは当然、一般的な魔術師の少なくとも5倍は訓練しなければならないわけで。


『火や水は分かるけど風ってなに!? どうやってイメージを持てばいいの!?』


 その上、属性によっての得意不得意もあるようで。

 才能というのは、何でも解決してくれる便利なものではないなと、改めて思った。



 ◇◇◇◇◇



 魔術の適性検査により、魔術の存在がより身近になってから1年ほどが経って。

 しかし、俺の生活自体はそれほど大きくは変わっていないわけで。


 今日も今日とて、ソラと身体強化の訓練を始めることになった。


 家の背後に広がる森のランニングコース――といっても道らしい道などないルートだが――を2時間ほどかけて走り終えて、早速今日も身体強化の訓練かと思いきや、今日のソラの様子は普段と少し違った。


「訓練を始める前に、少しいいか?」


「ん、なに?」


 ランニング後のクールダウンに柔軟運動をしながら聞き返す。


「フェリが一人で訓練しているときに時折出している黒い板のようなもの。あれはいったいなんだ?」


「…………え?」


 昔から疑問だった。

 映画やドラマ、アニメの世界の人たちは、自分が隠している秘密を誰かに言い当てられた時、どうしてああも分かりやすく動揺するのだろうと。

 わざわざ体の動きを止めるようなことはせず、「さぁ?」とか言ってはぐらかしてしまえば良いのにと、そう思っていた。

 けれど俺は、そんな物語の登場人物たちに謝らなければいけないだろう。

 人間は、自分が隠せていると思っている事実を他人に指摘されると、動きを止めて聞き返し、全てのリソースを状況の把握に使わなければならないのだと、実際に経験して理解した。

 彼らは、至極まっとうな反応をしていたに過ぎなかったのだ。


「……いつから気付いてた?」


 そして、そんな疑問を抱いていたからこそ分かる。

 こんな反応をしてしまっては、これからどんなことを言ったって誤魔化すことなどできないことを。


 例えば、「何か隠していることはある?」とか、「秘密にしていることがあるだろ」とか、そんな風に聞かれたのなら、誤魔化す余裕も多少はあっただろう。

 けれど、完全に意識の外から核心を突かれてしまっては、もうどうしようもない。

 それに、もしバレたのであれば素直に話してしまおうと思っていたことだ。

 半分以上自棄になって、開き直ることにした。


「最初に気付いたのは3年ほど前だな。夜中にフェリが一人で外に出て、何かをしているのを見かけた。声をかけようかと思ったんだが、様子からして誰かに見られたくはないようだったから、黙って見ていることにした」


 うわ、恥ずかしい。

 つまり今まで俺は、バレバレなものをいっちょ前に隠している気でいたわけだ。


「フェリが自分から話してくれるのを待つつもりだったんだが、フェリが最近、夜な夜な黒い板を使って面白そうなことをしていたものだから、いい加減好奇心が抑えられなくなった」


 バレバレという言葉すらぬるいほど完璧にバレていた。


「……結構、みんなが寝静まったのを見計らってやってたつもりなんだけど」


「フェリ、あたしがどうしてこの家にいるか知ってるか?」


「……? 昔から母さんの護衛をしてたから、でしょ?」


「ああ。エンリィだけじゃなく、この家を外敵から守るのがあたしの仕事だ。そして、得てして敵っていうのは日が落ちてから現れるものでな。あたしの仕事は皆が寝ている夜からが本番なんだ」


 確かに、と。それ以外の感想が浮かばなかった。


「……じゃあなに、隠してるつもりだったのは俺だけで、父さんも母さんも全部知ってるってこと?」


「あたしは意外と口が堅くてな。あたしから誰かに言い触らしたことはない。けど、アテラ様あたりは気付いているかもな。エンリィは……多分気付いてないだろう」


 子供の頃から護衛している主人を馬鹿にしているような発言があったような気がするが、気にしないことにした。口に出さないだけで、俺も母さんに対して似たようなことを思っているわけだし。


「――あたしに、フェリの固有魔術が何なのか、教えてくれないか?」


「…………分かった」


 隠し通していたつもりの自分が滑稽に思えて、変な笑いが出そうになるのを堪えながら、俺は自分の持つ空間制御能力について話すことにした。



 ◇◇◇◇◇



 自分の能力で何ができるのか、何ができないのか。

 自分は今その能力を、どんな風に使えるのか。どんな風には使えないのか。

 自分が知る限りのことを、ソラに話した。唯一、この力が女神にもらったものであることは、伏せたままで。

 俺が話し終えるまで、ソラは質問の一つもせず、ただ相槌を打ちながら俺が話し終えるのを待ってくれた。


「――大体、こんな感じ。もしかしたら、もっと色々できるのかもしれないけど、俺が理解してるのはこれぐらいかな」


「なるほどな……」


 話を聞き終えたソラは、腕を組みながら何か考え事をしていたが、やがて顔を上げると。


「すごいじゃないか、フェリ」


 優しく微笑みながら、頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。

 怒られることはないだろうなと思ってはいたものの、ほんの少しだけ安心したのも事実だった。


「でも、どうしてずっと黙っていたんだ? 固有魔術自体には、小さい頃から気付いていたんだろう?」


「それは……」


 それを聞かれると、正直なところ自分でもよく分からない。

 理由の心当たりはいくつかある。しかしそのどれもが、この年齢まで空間制御能力を隠し通すだけの重みがある理由かと問われれば、そうではなかった。


 何か、もっと違うものが、あるはずなんだけど。


「――フォナのことか?」


「え……?」


「フォナが生まれた日のこと。自分の所為だって、責めている部分があるんじゃないのか?」


 その言葉を聞いて、ああそうか、と今更ながらに納得した。


 フォナが生まれたあの日。俺は、俺自身の手でフォナを殺してしまうところだった。

 もちろん俺の意思ではなかったし、事件後に、俺は呪術と呼ばれるもので操られていたのだろうという推測も、父さんと母さんから聞かされた。

 俺の体を使って話していたのは誰だったのか。気を失う直前、頭の中に響いた声は誰のものだったのか。

 分からないことは多いが、けれど、誰も俺を責めはしなかった。

 みんな、フェリが一番の被害者だよ、と。その言葉を俺も受け入れていたつもりだった。


 でも、考えずにはいられなかった。

 あの場に俺がいなければ、そもそもあの事件は起こらなかった。

 俺がこんな能力を持っていなければ、誰かを傷つけることもなかった。


 もしかしたら、怖かったのかもしれない。

 俺には、あの事件をもう一度起こすだけの力があると知られたら、今度は許してもらえないかもしれないと。

 今の生活が幸せだったから、自分から手放したいと思えるはずもなかったから、俺はひたすらにこの能力を隠していたのではないか。


「……フェリ」


「なに――うわっ」


 急に抱き寄せられる。

 13歳になって、身長も伸びて、俺とソラの身長はそこまで大きくは変わらない。きっとあと数年で、ソラの身長を追い越せることだろう。

 けれど、まだ少しだけソラより小さい俺は、ソラの胸に額をつけるような形で抱きしめられた。


 ソラは何も言わない。ただ、頭の後ろに回された手が、優しく、優しく、髪を撫でてくれているだけ。


 でも、それだけで。それでようやく、何かを許されたような気がして。


 俺はようやく、安心することができた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る