第55話『それぞれの才能』

「ねぇ、フェリの様子はどうだった……?」


 屋敷に戻ったソラにそう尋ねてくるのはエンリィだった。

 魔術適性検査後、一人で外に出て行ってしまったフェリをエンリィはずっと心配していた。フェリは気付いていなかったようだが、窓からフェリの様子をうかがうエンリィの姿は、もはや鬱陶しさすら覚えるほどだった。

 そんなに心配なら声をかけに行けばいいものを、


「魔術師の私が慰めても、かえって傷つけてしまうんじゃないかしら……」


 などと余計な心配をしていたので、仕方なくソラが様子を見に行くことにしたのだ。

 フェリは小さい頃からしっかりした子だったが、ここ最近は特にそう感じることが多くなった。魔術に適性がないぐらいで酷く落ち込むほど弱い子ではないとエンリィも分かっているはずだ。しかしどれだけ大人びていようと、エンリィにとってフェリは12歳の子供でしかないのだろう。


 実のところ、魔術の適性検査をもっと早く行うこともできた。実際、魔術師の家系では、最低限適性検査が可能になった段階で保有属性だけ調べてしまうのは良くあることだ。

 適性検査だけなら5年以上前に行うこともできただろう。

 事実、ソラもアテラも、適性検査を行うべきではないかと提案したことがある。

 しかし、そういった話になるとエンリィは必ず反対した。

 適性検査は、せめてフェリが15歳になるまでは待ってほしいと。

 それはフェリが落ち込むかもしれないと考えてのことではなく、むしろ、エンリィが魔術の適性なしとフェリに伝えることを怖がっているような、そんな印象をソラは受けた。

 しかし、それも仕方のないことだろう。


 エンリィは魔術の適性検査がきっかけで、実の弟を亡くしているのだから。


「フェリは落ち込んでなかったよ。エンリィ、少し心配しすぎだ」


「それは……分かっているのだけれど……」


 フォナが魔力暴走を起こし、適性検査が必要になった時も、検査を行うのはフォナだけにしようとエンリィは訴えていた。結局、フェリにだけ適性検査を行わない理由付けができなかったため、適性検査は同時に行われることとなったが。


「あの子は、あたしたちが思ってるよりもずっと、強い子だよ」


「……そうね。本当……強すぎるから、心配なのよ」


 強いということはきっと、辛いことがあっても、悲しいことがあっても、それを誰にも気付かせないということだろうから。

 母親である自分の前でぐらい弱くあって欲しいと、エンリィは思った。


「ところで、フォナはどうしてる? 魔術の訓練を始めるんじゃなかったのか?」


 暗にソラは、教える側のエンリィがこんなところで油を売っていていいのか、と問いかける。


「今はアテラが魔力操作を教えてるから」


「アテラ様に任せっきりでいいのか?」


「私が上手く人に教えられないの、ソラだって知ってるでしょ?」


「それは、まぁ……」


 エンリィは天才と呼ばれる類の魔術師だ。

 その才能がどれほどのものかといえば、王城の警護を担う宮廷魔術師に、最年少の23歳で抜擢された程だ。宮廷魔術師には魔術師としての才能、経験、信頼の全てが求められる。しかしエンリィは、時間をかけて培う経験と信頼の両方が不足していたにもかかわらず、その余りある才能を買われ、素質のみで宮廷魔術師に抜擢された唯一の魔術師だった。

 しかしながら、それほどまでの魔術の才能がありながら、否、それほどまでの魔術の才能があるが故に、これまで多くのことを生まれながらの素質でこなしてきたが故に、他者に魔術を教えることが致命的に下手だった。


 エンリィと比べれば、アテラはまだ一般的な魔術師といえる。

 25歳で宮廷魔術師に抜擢されたアテラは、エンリィが宮廷魔術師になるまで、国内最年少の宮廷魔術師だった。

 15歳の若さで実戦に魔術師として参加し、40歳となった今でも、国内最強の魔術師との呼び声が高い。

 最前線で活躍しながらも、軍で後進の育成も担当しているアテラなら、魔術の師としてこれ以上ないと言っていいだろう。


「エンリィに変なことを吹き込まれるよりは、アテラ様に任せたほうがいいかもな」


「……否定できないのが悔しいけれど、その通りよ。アテラなら万が一って時も安心だしね」


「それにしても、まさか全属性に適性があるとはな。五つ星の魔術師なんて何年ぶりだ?」


 魔術師は、適性検査に使用する魔光石を星に準えて、一つの属性に適性があるのなら一つ星、五つの属性に適性があるのなら五つ星、といったように表現する。

 二つ星以上の魔術師は全魔術師の10パーセント程度で、複数の属性を持っているというのは、それだけで優れた才能の証とされている。


「この国では数百年ぶりだと思う。記録に残ってないだけかもしれないけれど」


「才能だけならエンリィ以上だな」


「ええ。あーあ、36歳まで頑張ってきたけれど、もう世代交代ね」


「いいじゃないか。自分の跡を継いでくれるのが娘なら」


「……ええ、そうね」


 言葉とは裏腹に、エンリィの表情は暗い。


「……でも、フェリも一緒だったならって、思ってしまうのよ」


「大丈夫だ」


 窓の外に目を向けるソラ。

 気付いたのは、ソラだけだった。


 空中に手を伸ばすフェリ。その手の先に浮かぶ真っ黒な板が、次の瞬間には跡形もなく消えたことに、気付いたのはソラだけだった。


「――フェリにも、フォナに負けない才能がある」



 ◇◇◇◇◇



「――3、2、1……終了」


 お父さんの声に合わせて、魔力の制御を手放す。

 自分のおよそ3メートル先に停滞していた魔力は、空中に霧散してすぐに知覚できなくなった。


 私がやっていたのは、魔術を扱う上での基本技能、魔力操作の訓練だ。

 魔術は魔力を様々な現象に変化させたり、魔力によって自然現象を操る技術だそうだ。

 魔術の全てに魔力が必要であるため、魔力操作は基礎にして最も重要な技能。一流の魔術師の中には、100メートル以上も魔力を制御しながら飛ばすことができる人もいるらしい。

 ――というか、今私の横にいるお父さんがまさに、そんな芸当が可能な人物だった。


 魔力操作は、強風のなか空中を舞っている細い糸を自在に操るようなもので、なかなか思い通りにはいかないし、気を抜くとすぐに手を離れて飛んでいってしまう。


 魔術の適性検査後、5時間以上同じ練習を繰り返しているが、自分が魔力を飛ばせるのは精々3メートルが限度。しかもそれは、息も止まるほどの集中力を注ぎ込んでようやく10秒維持できる程度。

 正直、魔力操作が上手くなっている自分を想像できない。


「フォナ、そろそろ終わりにしよう。魔力もほとんど空だろう」


 でも、想像できなくても。


「お父さん、私まだやりたい」


「しかしな……」


 何もできないと思っていた私にも、魔術という才能があるのなら。


 これでようやく、お兄ちゃんの役に立てる。


「…………はぁ。分かった。もう少しだけだぞ」


 お前の頑固さはエンリィ譲りだな。なんてぼやきながら、お父さんは訓練続行を許可してくれた。


「フォナ、手を出しなさい」


「……? はい」


 手のひらを上にして右手を差し出すと、お父さんの手が私の手に重ねられた。

 するとその直後、暖かな何かが、触れ合っている手のひらを通じて流れ込んでくるような感覚があった。


「魔力供給という。緊急時の応急的な魔力補充方法だ。血縁者相手にしかできないが、いつかやり方を教えよう」


「……! ありがとう! お父さん!」


 苦笑いするお父さんに感謝してから、訓練を再開する。

 私がようやく訓練を終える気になったのは、夕飯の準備ができたと使用人さんが呼びに来てからだった。

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