第12話『十分すぎる理由』

 話し終わるか終わらないか、気づいた時にはリミティブは目の前にまで迫ってきていた。


 ――次元障壁!


 とっさに防御術式を展開し、それに阻まれたリミティブが動きを止める。


「貴方は、なぜそこまで彼女に固執するのですか!」


「なぜ? 本当に君は分かり切ったことを訊くのが好きだね」


 リミティブが腕を振り下ろすと、障壁に亀裂が入る。


「確かに、彼女の運命力は人の身には余るものかも知れません! それでも、貴方のその態度は、これまでの人々に対するものとは明らかに違います! まるで、彼女さえ殺せればそれで良いような……」


 障壁に入った亀裂に両手を差し込み、こじ開けようとしていたリミティブの手が、止まった。


「…………ああ、そうか、そういうことか」


 1人で何かを納得した様子のリミティブは、私を見て、ニヤリと笑った。


「そうか。知らないのか、気づいていないのか、君は。彼女の力に」


「何を……」


「そうか、それならそれで――――好都合だ」


 リミティブがもう一度手を振り下ろすと、障壁が完全に消え去った。


 私がもう一度防御術式を展開しようとした時には既に、彼は私の背後にいた。


「うぁ――! ああぁあぁ!!」


 リミティブの腕が、私の腹部から


 血は流れない。私たちの体にそんな機能は付いていないから。

 しかしそれでも、体内を蹂躙される痛みは鮮明に知覚してしまう。


 背後から私の体を素手で貫いたリミティブは、貫いたまま、世間話でもするような気楽さで話し始める。


「彼女のは人の身に余る。――いや、違うな。もっと単純な理由だ」


 リミティブは私から腕を引き抜くと、手癖のような自然さで私の右腕をへし折った。


「いぅ――っ!」


 痛みに、思わず膝をつく。


「僕は彼女が気に食わない。あんな人間が存在することが許せない。それが、彼女を殺す理由だよ」


 ただ、気に食わないから。たったそれだけの理由で、わざわざ管轄外の世界にまで来たというのですか。


「……そんな、理由で……」


「僕にとっては十分な理由だよ。僕だからこそね」


「だったら……私は……」


 ここで、死ぬ訳にはいかない。

 リミティブがもう一度彼女を殺すというのなら、私は今度こそ、彼女を救わなければならない。

 この世界を、管理する者として。


「何を考えようと勝手だけれど、そういうのはさ、死んでからにしてくれ」


 リミティブが今度は私にその手を振り下ろす。


 それを防ぐ術は、私にはない。

 情けない話、実力差がありすぎる。

 万が一にも、億が一にも、兆が一にも、勝ち目はない。


 それでも、それでも私は、ここで死ぬ訳にはいかないのですよ。


 ――次元転移。


 私の体に手が触れるその瞬間、私はその場から姿を消した。


 今はただ、生きることだけを考えて。



 ◇◇◇◇◇



「……転移か。転移先は――追跡できないか。流石は転生神、少し手を抜きすぎたかな」


 空間制御能力は彼に譲渡していた筈だが、自分が逃げる手段は残していたということか。


 取り逃がしたが、まあいいだろう。何の道どのみち彼女を守る誓約はもうないのだから。


 それよりも、今優先すべきは彼の肉体だ。あまり魂と切り離されたままでは、時期に朽ちてしまう。

 大切に扱わなければ。あれほどの肉体は、もう二度と手に入らないだろうから。


 次こそは、完璧に殺し尽くそう。

 レインも、夏木梨幸も。

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