鬼神の子と最弱老人
黒煙草
死から始まる異世界転生
暗い──暗い畳の部屋
季節は梅雨か、外では霧雨が降り注ぎ雨音もなく夕暮れの時刻を夜に染めていた
「…こんまま寝ぇ……死ぃたらぇぇの…」
寝ている男の容態はボロボロであり、いつ死んでもおかしくない様子だった
息子は小さい頃に交通事故で亡くした
後を追うように妻はその5年後に死んだ
悲惨だと、他人が見れば他人事に思えるか──
笑えるな、と老人の男は思えた
なんせ自分も、他人の死を他人事のように思ってきたからだ
────ふと、足音もなく近づく“存在“
老人の男が寝そべる敷布団の横にある“存在“は、ダンディーな顔つきをした身なりのいいスーツを着こなしており、老人の男にタバコを勧めてくる
「たわけぇ…こんな死ぃ体が…吸えるわけねぇだろ…」
スーツの男は老人の男の言葉を聞き、自分の口に咥え吸い始める
「ぃゃみか…あほんだらぁ……まぁ、いい…俺を……」
看取ってくれるなら、それも良いかと
言葉には出ず
老人の男は息絶えた
後に、スーツの男はとある財団にて指名手配されるが、行方をくらましている
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「もういっぺん言ってみろ小娘!!」
「なんで何回言っても分かんないんですか!!」
床一面は白、壁と天井は無く、広がるその黒い空間には、光が散りばめられていた
その空間には少女が1人と老人の男が1人
少女は老人に説明をしていた模様で
「いいですか!?あなたは死んだんです!!」
「なるほど!それでなんじゃ!?お前が儂を殺したというのか!!訴えてやるぞクソ野郎が!」
「ここは死んだ人が死後訪れる場所なんです!法やルールなど存在しませんから!」
「てめぇが殺したのか!ルールねぇなら儂がこの手で殺してやる!!」
「会話させて━━━!!」
少女は悪戦苦闘していた
老人に同じ内容を10ほど繰り返し、理解したと思えば少女を殺すなどと言ってくるのだ
「…ぬぐ!なんじゃ貴様!当たらんではないか!!幻惑か幻の類か貴様!!」
老人は少女を捉えようと触れようとするも、少女の体をすり抜けてしまう
「私は別格なんですー!とりあえず!!」
「別格じゃとぉ!?ふざけおって!」
「話中断させるなー!いいですか!あなたはこの後とある世界に飛ばします!!拒否権はありませんから!」
「なんじゃとクソガキ!儂には人権があるんじゃぞ!!」
「そんなものありませーん!ここは私がルールです!」
「さっき法やルールルルがないですとかほざいておったでは無いか!!」
「ぶっ、ルールルルってなんですか…ぷぷっ」
「老人の洒落だジョークじゃわい!!」
話が進まず、互いに息を整え始める
「……はぁ、はぁ、お、落ち着きました」
「笑いすぎじゃクソガキ、だが儂も理解した…儂は死んだんじゃな」
「お、やっと話聞いてくれます?」
「貴様の思考に操られてやると言っておるのだ、勘違いするなクソガキ」
「よくわからないツンデレやめてくれません?とりあえず次の世界に行った時どんな容姿がいいです?」
「…こぃはあれか?輪廻転生とかいうやつかの?」
「まぁそんなもんだと思ってください、ですがあれは基本人間になれませんからね、虫か家畜が末路ですから」
「ほう、まぁなんじゃ、容姿なんざ今のままでよか」
「えぇ…全盛期とか戻りたくありません?」
「アホ抜かせクソガキ、客の言うことくらい真摯に受け止めんか」
「最悪な客ですね、アナタあれでしょ?煙草をコンビニで買う時黙って目線で店員睨みつける人でしょ?」
「最初にセッターボックス言うとるから、ほかの店員にも伝わっとるはずじゃろ、店側が悪いんじゃ」
「クソですね」
「どこがじゃクソガキ、茶も出さす喋り抜かしおって」
「ここは三大欲が存在しませんので、お茶なんて不要です〜」
「最悪な家主じゃの、あれか?クソガキは家に客上げたらぶぶ漬け出す奴じゃろ?」
「三大欲は存在しませんが、あなたにならすぐ出してあげたいですね」
「さっさとよこさんか、クソガキ」
「なんなんですかあなた」
────ぶぶ茶番はここまでに────
「んじゃ儂は、そん世界で死後を楽しめと言うんじゃな?」
「後半、誰もそんなこと言ってませんよ?」
「だったらなんじゃ、はよぅ言わんか」
「……はぁ、あのですね、あなたに子守りを頼もうかと」
「いいぞ」
あっさりとした即答に度肝を抜かれる少女
「…え、え?」
「ただの子守りじゃろ、あ、金は出すんじゃぞ?クソガキが孕んだガキなら養育費は貰わんと」
「なっ!わ、私は産んでませんから!!でもちゃんと養育費は出させてもらいますから安心してください、他は任せますが」
「なれば良し、さっさと輪廻転生とやらをせぬか」
「私、あなたに振り回されすぎじゃないです?あと輪廻転生ではないですから」
「知ったことかクソガキ……ん?なんじゃ扉があるではないか、物分りが良いなクソガキにしては」
少女は扉の存在に気づかなかったようで、その扉の存在を知ると同時に驚愕する
「え、え!?ま、待ってください!あ、ちょ──────」
少女の言葉を聞かずに、老人は扉を先へと進んだ
────────────────────
「なんで……なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!」
『なんで』がゲシュタルト崩壊したところで、1人のスーツの男が現れる
「……時間がおしい」
「っ、あなたっ!!」
スーツの男は煙草を吹かし、扉を見つめる
「…女神よ、貴様のお喋りは長すぎる」
「黙りよりまし!」
スーツの男のタバコから落ちる灰は、床に落ちて消えた
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「うぅむ、ここはどこじゃ?」
返答のない老人のいる場所は暗く、異臭が充満しており、老人の鼻腔を刺激した
老人は床を触ると、材質は石なのか、ザラザラとした表面を指に感じれた
「ふむ、牢屋…か?しかし暗すぎる…儂の死ぬ寸前でも蝋燭ひとつはあったものじゃが……あんのクソガキめ…」
暗い、とは表現したものの、実際には黒々としたタールを眼前にぶちまけたものを永遠と眺めている
そう表現した世界が、老人の視界を埋めつくしていた
ふと、老人は身体的不調を感じないことに気づく
死ぬ前は確かに身体中の内臓がボロボロで、声も霞んでいたはずだった
「あのクソガキか…?洒落た真似しおる…じゃが…っ、クソッタレ!」
老人の両手両足には錠がかけられているのか、その先には重りのようなものが一括して接着されていた
身体中の不調が無くなったところで、重りのようなものは老体には響いた
「クソっ!……むぅん!……ハァハァ…!」
足掻くこと数分、老人の体力は尽きかけた時だった
どこかで話し声がしたのを聞いた老人は、好機を逃さずに叫ぼうとしようとした瞬間
バンッ!と音同時に話し声がしなくなった
「な、なんじゃ…何が起きたんじゃ…」
その後からも、複数の足音が聞こえ始め、怒号が飛び交い始める
が、その怒鳴り声たちもすぐに止んだ
「おっそろしい世界に来てしまったもんじゃわい…あのクソガキめ…なぁ~にが子守りじゃ…」
ひたすら続く怒鳴り声と、肉が潰れ弾ける音
老人はその繰り返し響く音を、闇の中で子守唄のように聞いていた
「むぅ…やはり人の死を聞いてもなんとも思えんのぅ…」
そう達観していた老人は、怒鳴り声が終わったのを聞き、闇から出られないかを模索する
「模索する、とは思ったものの…両手両足がこれでは…何も出来んではないか」
老人は立ち上がることを決意した
寝そべったままでは何も変わらないと思い、行動に移したのだ
「ぬっ…ん!ギッ!……ふぅふぅ、なんとか立てたようじゃ」
しかし、暗闇の中でもあるので本当に立てたのかすらわからないほど平衡感覚が狂っていた
「もはや、世界がどうとかわかったもんではないのぅ…えぇいクソガキめ!ああくそぅ!重り!!」
その重りが動くなど思えるわけがないと思っていたその時
バキリと、重りのようなものが音を立てる
「……なーんか、嫌な予感するんじゃが?」
長年生きてきた感というものであろうか、経験が活きたとも言えるか
バキリバキリと音を立てる重りは遂に──
────音がしなくなった
「……いやまぁ、そうじゃろうな?重りの中に何かある訳でもないんじゃし?」
この老人、わからない現象に関しては弱気である
「来てからわからんことばかりじゃが……さすがに儂でも老体には応えるぞぃ…」
老人は混乱していた
目を開けてから暗闇しかないことに
老人は考えるのをやめた
果報は寝て待て、を家訓にして
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老人の父親は、厳格があり家の大黒柱とも言える存在でもあった
家訓の“果報は寝て待て“は父親から引き継がれたと言っても過言ではない
当時戦争が起きる前であり、出兵した父親の家訓をしっかりと守っていた結果、父親の死が届いたのは言うまでもなかった
老人が目を覚ましたのは、ヒビのような割れ目から光が入ってからだった
しかし、光というものは基本白で、入ってくる光は赤く、燃え盛るようだった
「ま、まさか火事か!?いかん!あのクソガキの子を、子守りすらしていないと言うのに!!」
ちなみに子守される側は、白い部屋にいた少女の子ではない
それすら知らず、老人は力の限りを尽くしてヒビに指を入れ、這い出でるように行動する
「ンッギギ!かったいが…!なんとか…!いけるかのぅ…!」
左右にこじ開けようとする老人
外に出ている指は不思議と暑くはなく、人肌のような温もりを感じていたが、老人はそこまで頭が回らなかった
次第にヒビ割れが大きくなり、外の景色を見た
見てしまった
────血紅
そういった言葉が思い浮かんだ老人
まず見えたのは、肉塊が赤色の水で染め上げていたこと
そして、光が赤い現象は、1面広がる血肉の塊が反射してヒビに入ってきた為だ
「なんと…!こりゃー…戦争かなにか、かの?」
大きく割れたヒビから無理やり身体を出す
すると、違和感があった
「ん?儂こんなにモフモフしておったか?」
そう、身体中が毛むくじゃらだったのだ
手を見る
猿のような手のひら
手の甲は毛で覆われており、冬は困らないだろう
手首から先もまた毛だらけではあったものの、筋肉はしっかりついており、老人の全盛期とは呼べないが中々の筋力を窺えた
「……」
老人の心情では混乱と、クソガキに対する憤りが混雑していた
なんで死ぬ前の人間の姿ではないのかと
「あのクソガキめ…!簡単に嘘つきおって!!いや、しかし…子守りなら毛に覆われておった方が安らぎを与えるかの?」
などと阿呆なことを呟いてる老人は体全体を外気に触れ、振り返る
「……なんじゃこの、黒い玉…球体かの?しかし楕円形じゃな……」
「卵ではないか────っ!!」
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