氷鏡の迷宮

「よくぞ来た、赤雷の騎士ヴェルラウドよ」

リランがヴェルラウドの名前を口にした時、思わず驚きの表情を浮かべる一行。

「俺を知っているのか?」

「うむ。そなたがこの聖都ルドエデンを訪れる事は予知していた。そして神の試練を受ける事もな」

一行は自己紹介と共に、これまでの経緯を全て話す。リランは赤雷の騎士であるヴェルラウドとその仲間達が聖都を訪れ、試練の聖地にて神の試練を受ける事で闇王に挑む事を予知していた。部下であるデナがヴェルラウドの実力を試したのもリランの命令によるものだったのだ。

「色々話が早くて助かるぜ。その神の試練ってのはお袋ですら関わった事がないらしいんだが、それ程過酷なものだというのか?」

「あなた、さっきから礼儀がなっていませんわね。リラン様にタメ口だなんて何様ですの?」

怒り口調で言うデナ。

「構わぬ。無駄に畏まる事は無い。私は彼らに話がある。無用の者は下がっていろ」

「そうよそうよ!リラン様はあたし達に用があるんだからね!外野は引っ込んでなさいよ!」

便乗してスフレがデナを追い払おうとすると、デナは心の中で覚えてなさいよと捨て台詞を吐き捨ててイロクと共にその場を後にした。

「全く、面倒な部下を持つと疲れるものだ。では、改めて話そう」

リランが話を続ける。試練とは自身の心の鏡を映し、己の心に潜む様々な闇と向き合い、それを全て乗り越える事で力を得るものだと伝えられている。試練の聖地となる場所は神殿を抜けた先にある氷鏡の迷宮と呼ばれる地下洞窟であった。

「試練の内容はこの私でもどのようなものかは解らぬ。一つ言える事は、人間で試練を乗り越えた者は誰一人いないという事だ。赤雷の騎士と呼ばれる君も人間である事に変わりない。それでも覚悟の上か?」

ヴェルラウドは一呼吸置き、過去の出来事を振り返りつつも決意を新たにする。

「……ああ。その為に俺は此処に来たんだ。もう後には引けない。どんな試練であろうと、絶対に乗り越えてみせる」

真剣な眼差しで答えるヴェルラウド。

「解った。ならば付いてくるが良い」

リランは一行を試練の聖地となる場所に案内する。神殿の裏口から通じる地下道からの経由で、氷の壁に囲まれた巨大な空洞に辿り着く。そこにあるものは炎のない燭台に、凍り付いた大扉。氷鏡の迷宮の入り口であった。

「ここが試練の聖地となる氷鏡の迷宮だ。扉はもう何百年も閉ざされている」

氷に閉ざされた迷宮の扉を開ける事が出来るのはリランのみ。リランは杖を手に、意識と精神を集中させる。



我は神の遺産を守りし者。蘇りし巨大なる闇に立ち向かう神の力を受け継ぎし者に試練を与えよ———。



リランの全身が光に包まれ、それに共鳴するかのように扉から光が放たれる。光によって氷が溶けていき、重々しい音と共にゆっくりと開いていく。

「この扉の向こうに入れるのは、試練を受けし者のみ。それ以外の者は結界によって阻まれる。私を含めてな」

ヴェルラウドは扉の向こうから威圧的な空気を感じ取り、思わず息を呑む。同時に、神雷の剣をそっと手に取った。

「……一つ、聞いていいか?」

「どうした?」

「もし俺がこの試練を乗り越えたら、神雷の剣を使えるようになるのか?」

ヴェルラウドの問いに、辺りが一瞬静寂に支配される。リランは、神雷の剣に関する事情も全て把握していたのだ。

「残念ながらそれは私でも答えが見つからぬ。だが一つ言える事は、闇王と呼ばれる相手は今のお前では到底勝ち目はない。何れにせよ、お前がこの地を訪れる事も運命だったのだ」

リランの返答にヴェルラウドは神雷の剣を見つめる。

「ヴェルラウドよ。この扉の向こうの試練は一体何が待ち受けているのか解らぬが、如何なる出来事が起きようと、決して迷いに囚われるな。己の弱さが引き起こす迷いに囚われると死に繋がる。陛下もそう仰っていた」

オディアンの言葉を受けたヴェルラウドは黙って頷く。同時に、オディアンと手合わせで剣を交えた時、オディアンの迷いのない剣の一撃の重さが脳裏を過っていた。

「……スフレ、オディアン。俺は必ずこの試練を乗り越えてみせる。必ずな」

ヴェルラウドは心を決め、扉の中に入ろうとする。

「待って!」

呼び止めたのはスフレであった。

「……これ、お守りとして持ってて」

スフレが差し出したのは、黄色に輝く宝石が埋め込まれたブローチであった。

「これは?」

「あたしが子供の頃に賢王様から授かったものよ。スファレライトと呼ばれる災いから守る光の力が込められた貴重な鉱石のブローチだから、ちゃんと返してよね!」

詰め寄るように言うスフレに、ヴェルラウドはブローチを強く握り締めながらも「ありがとよ」と返事し、扉へ進んでいく。扉の向こうへ進んだ瞬間、扉は重々しい音を立てながら閉じていく。

「絶対に帰ってきてよね!絶対に……」

扉が閉まった瞬間、スフレは半ば心配そうな様子で何度も呼び掛けた。

「スフレよ。今はヴェルラウドを信じるしかなかろう。我々はこれからどうするか……」

「ああ、そなたらにも話したい事がある。一先ず戻るぞ」

リランに連れられて迷宮の入り口を後にするスフレとオディアン。再び祭壇の間に戻ると、学者のような風貌をしたマナドール族の女性がやって来る。女性は、聖都の周辺で発生した吹雪の竜巻に関する調査を任されたリランの部下の研究者であった。

「ベリルか。調査は如何であったか?」

「はい。昨日から発生していた吹雪の竜巻は先程収まった模様です」

「ふむ。あれ程激しい竜巻だったのが突然収まるとは……果たして安心して良いものだろうか」

どこか不安げな様子のリラン。

「ベリルよ、引き続き大陸の調査を頼む。もし何かあらば私に知らせるのだ」

「畏まりました」

命令を受け、ベリルが去って行く。

「吹雪の竜巻って、あたし達が巻き込まれたアレの事?それが収まったっていうの?」

「うむ。このチルブレイン大陸は年中猛吹雪だとはいえ、竜巻が起きる事など全く無かったのだが……」

リランがふと考え事をする。

「いや、それよりもまず。君はスフレと言ったな。こうして君と会うのも運命の導きなのだな、同士よ」

「へ?同士?あたしが?何の事?」

突然の一言にスフレは戸惑うばかり。

「戸惑うのも無理はなかろう。スフレよ。君は私と同じ、神の遺産を守る民族の子孫なのだ」

「えええ!?ってか、神の遺産を守る民族って何なのよ?」

リランは全てを話す。古の時代、マナドール族のベースとなる様々な魔力に適応する特殊な鉱石は神の手によって造り出されたものと呼ばれていた。鉱石はマナリアン鉱石と名付けられ、神は鉱石のみならず、邪悪なる闇の力に対抗する武具や遺産を守る聖地を造り、それらを守る使命を与えられた人間が神の遺産を守る民族であった。神の遺産を守る民族は各地に存在する遺産を代々守り続け、リランとスフレは神の遺産を守る民族の血を引く子孫として生まれ、神雷の剣を守るブレドルド王も子孫だという。そして神雷の剣も、神の遺産の一つだったのだ。

「なんと……まさか国王陛下までもがその神の遺産を守る民族の子孫であったというのか?確かに神雷の剣はブレドルド王家によって代々守られていたが……」

オディアンは驚きの表情を浮かべていた。更にリランは話を続ける。スフレは神の遺産の一つ『月の輝石』が封印された聖地ルイナスに住む神の遺産を守る民族の子孫となる魔導師の子だったが、近い将来訪れる災厄を予知し、物心つく前にマチェドニルに預けられたという。

「嘘でしょ……ねえ。それ本当なの?」

「うむ。全て父から聞いた話だ」

先代の大僧正であるリランの父は、マチェドニルの師匠に当たる存在であった。リランの父の名は、リヴァン———。マチェドニルが住む賢者の神殿の大僧正であり、大賢者でもある。マチェドニルはリヴァンの一番弟子であった。



赤雷の騎士エリーゼを中心とした歴戦の戦士達によって闇王が倒されてから数年後の時代———赤子を抱くマチェドニルの元に、リヴァンがやって来る。

「や、これはリヴァン様」

「マチェドニルよ、その赤子は?」

「はっ、聖地ルイナスから来たという魔導師の男によって預けられた子です」

リヴァンはマチェドニルが抱く赤子の姿をジッと見つめる。

「聖地ルイナス……何故にこんな赤子を預ける必要がある?」

「近い将来訪れる災厄を予知して、との事だそうです。私からすると身勝手な理由のように思えますがな」

災厄———その言葉にリヴァンは思わず眉を顰める。マチェドニルの腕の中の赤子はぐっすりと眠っていた。

「……マチェドニルよ。その赤子は未来の大賢者として育てるのだ。私は神殿を出る」

「ぬぬ?一体どちらへ向かわれるおつもりです?」

「氷に閉ざされた大地……チルブレイン大陸だ」

「なんと!?しかし、チルブレイン大陸といえば我々にとっては未開の地となるのに一体何故……」

「チルブレイン大陸には、我が祖先が治めていた神の遺産の一つとなる場所が存在する。闇王は決して滅んだわけではない。近い将来、闇王をも凌駕するような大いなる災厄が現れようとしている。その時の為に、神の遺産を守らなくてはならぬのだ」

表情を強張らせるリヴァン。マチェドニルはリヴァンの表情を見て思わず息を呑む。

「……マチェドニルよ。その赤子の名は?」

「ふむ。スフレ、と名付けておきましたぞ」

「そうか」

リヴァンは未来の出来事を予知していた。未来に訪れる災厄とは、闇王の復活に加え、大いなる闇を司る邪悪なる存在が地上に現れる事———その時に、チルブレイン大陸に存在する神の遺産の一つである試練の聖地と聖都ルドエデンを訪れる者が現れる。同時に、エリーゼの赤雷の力を受け継ぎし子が生まれる事も予知していた。リヴァンはマチェドニルに賢者を統べる存在『賢王』の称号を授け、息子リラン、妻のカヌレと共に旅立ち、リヴァンの祖先が治めていた聖都ルドエデンに身を潜め、祖先が遺したマナリアン鉱石で多くのマナドール族を生み出した。やがてカヌレは病で亡くなり、リヴァンも与えられた使命の全てをリランに託し、この世を去った。マチェドニルに引き取られたスフレは賢者として育てられ、両親の血筋の影響で備わっていた炎、水、地、風の四大属性を司る魔力と天性の才能で四大属性魔法を自在に操る高等魔導師へと成長を遂げ、赤雷の騎士エリーゼの子を守る使命を受けたのであった。



「やっぱり、あたしにも故郷があったのね」

リランの口から知られざる自身の出生を聞かされたスフレは驚きが隠せない様子。

「あたし、お父さんとお母さんの顔も知らずに賢王様に育てられてきたし、何も聞かされなかったから……お父さんとお母さん……もし生きてたら会いたいな」

スフレは複雑な想いを抱えながらも、両親の生存が気になっていた。

「ところで、あたしが生まれたところ……聖地ルイナスだっけ?あたしが賢者様に預けられた理由はそこで訪れる災厄を予知しての事らしいけど、その災厄っていうのは闇王の事なの?」

「いや……父が言っていた災厄は、闇王とは違う邪悪なる存在……それは闇王をも凌駕するようなものと言われている。今解る事はそれだけだ」

「闇王とは違う邪悪なる存在……あっ!」

スフレの脳裏に何かが浮かび上がる。ブレドルド王国が闇王配下の魔物の襲撃を受けた時に遭遇した邪悪な道化師———ケセルの姿であった。

「どうした?」

「あのね、ブレドルド王国が魔物に襲われた時、ヤバそうな力を持つピエロがいたのよ。そいつは闇王を蘇らせたと言ってたわ」

「何だと!?」

リランの表情が強張る。

「闇王を蘇らせたピエロ……災厄……ふむ」

ふと考え事をすると、リランは軽く咳払いする。

「……スフレ、オディアンよ。色々話すべき事はあるが、今日のところは一先ず休んでくれ。どうか君達の力も貸して欲しい」

「え、どういう事?」

「君達が訪れる前から薄々感じていたのだが、この聖都ルドエデンでも近々何かが起きようとしている。我々だけでは手に負えないような何かが迫っている予感がするのだ」

不吉な予感を抱き、真剣な表情でリランが言う。

「解りました。如何なる敵が現れようと、騎士として貴方様とこの神聖なる聖地をお守り致します。スフレ、良いな」

「勿論よ!ヴェルラウドが生きるか死ぬかの試練で頑張ってるんだし、あたし達も頑張らなきゃね!」

迫り来る邪悪なる者との戦いに備え、スフレとオディアンは神殿で休む事にした。マナドールの兵士によって案内された客室は、綺麗に内装された部屋であった。部屋を掃除していたメイドのマナドールは湯飲みに熱い茶を注ぎ、軽くお辞儀をして部屋から出た。

「へえ、綺麗な部屋じゃない!いつかの汗臭い部屋とは全然違うわね」

スフレは嬉しそうにベッドに横たわる。

「リラン様は何か不吉なものを感じておられたようだが、この地にも闇王の手の者が近付いているという事だろうか。スフレよ、いつでも戦えるようにしておけ」

「はいはい、それくらい解ってるわよ。ヴェルラウドの事も気になるけど、あたし達二人で何とか頑張らなきゃね」

スフレはマントを脱ぎ、寝間着姿に着替えようとした矢先、部屋をノックする音が聞こえてくる。デナだった。

「あ、あんた……!何なのよ、何か用?」

「御用は終わりましたの?」

「終わったわよ!言っておくけど、あたし達はリラン様からの頼みを受けた上でこうして寝泊まり出来る場所を与えられたんだからね!」

「ふん、まさかあなた達如きがリラン様に頼りにされるなんてね。リラン様の寛大さに感謝する事ですわ」

「何よ、文句ある?」

デナのふてぶてしい態度に喧嘩腰で食って掛かるスフレ。

「ヴェルラウドと言いましたっけ?あの男は試練に行きましたの?」

「そうよ」

「全く、リラン様も少しは止めたりしなかったのかしら。生きて帰れる可能性なんてほぼ皆無に等しいのに」

「いちいちうるさいわね!これはあたし達にとって大事な事なのよ!あんたが何を言おうと、あたし達はヴェルラウドを信じてるんだからね!」

「ふん、本当よく動くおクチですこと。このまま帰って来なかったらどうするおつもりですの?」

「帰って来るわよ、絶対に!命賭けてでも言うわ!もしヴェルラウドの事を悪く言ったらブッ飛ばすわよ!」

「あらそう。ま、私は彼がどうなろうと知った事じゃないから好きに祈ってるがいいわ」

高慢な物言いで返し、部屋から去って行くデナ。

「あーもー!!ほんっと何なのよあいつ!」

スフレは苛立つ余り、部屋のドアに蹴りを入れる。

「気にする事では無い。今は身体を休める事だ」

冷静にオディアンが言う。

「あんな事言われたら黙ってられないわよ!いちいちやって来てあれこれ嫌味言ってさ!ったく!絶対にブッ飛ばしてやるわ!」

不貞寝するようにベッドに転がるスフレ。オディアンはやれやれと呟きながら注がれた熱い茶を口にしつつ、リランの「何かが迫っている」という言葉を気に掛けていた。



氷鏡の迷宮の入り口となる扉を抜けたヴェルラウドが見たものは、真っ白な空間であった。そこには何も無い。存在するのは自分自身のみ。背後の扉もいつの間にか消えている。進んでも無限に続く空間。引き返そうにも引き返せず、自分自身だけが存在する世界のような錯覚を受ける場所であった。

「何なんだ此処は……これが試練だというのか……」

何もない真っ白の空間で今から何をすればいいのか、どうすべきなのか答えが見つからないまま、当てもなく前を進む。だが、歩いても歩いてもその答えは見つからない。引き返してもきっと同じ事だ。いや、前へ進む事で何かあるのかもしれない。そう考えて、更に前を進む。刹那、足が止まる。一瞬、肌で何かを感じた。何かが見えたわけではなく、周囲は相変わらず真っ白でしかない。本能で何かを感じ取ったのだ。ヴェルラウドは本能に従うかのように剣を抜く。すると、何かの気配を感じた。此処に何かがいる。そう、この何もない真っ白の空間に存在する、見えない何かが。次の瞬間、ヴェルラウドは腕に傷を負う。やはり見えない何かがいる。今、見えない何かに攻撃された。それと戦うのが試練なのか。そう確信したヴェルラウドは身構え、冷静に敵の気配を探る。だが、見えない敵の攻撃は続く。

「がはあっ……」

見えない衝撃が次々と襲い掛かり、ヴェルラウドは唾液を吐き出しながらも吹っ飛ばされる。立ち上がろうとした時、顎に殴られたような衝撃が襲ってきた。大きく仰け反らせ、倒れたヴェルラウドは口から血を流している。

「……見えない敵が相手だろうが、俺は負けるわけにはいかねぇんだ。絶対に……負けるわけには……!」

ヴェルラウドはオディアンの言葉を思い浮かべていた。



心を静めろ。相手の動きを捉えるのは眼だけが全てではない。動きを捉える事に気を取られると却って相手の思うツボだ。精神を研ぎ澄ませるのだ———。



そして、父ジョルディスの言葉を思い浮かべる。



見えない敵とは、眼で戦うものではない。邪念と雑念を捨て、研ぎ澄ませた心眼と、心で感じ取る気———。



そうだ、この戦いにおいては精神を研ぎ澄ませ、心で感じ取る事だ。眼に頼らない、心で感じる敵との戦い———そういう試練なのだ。だからこそ、乗り越えなくてはならない。絶対に———。



ヴェルラウドは目を閉じ、精神を集中させながらも見えない敵の気配を探り始めた。次々と襲い掛かる敵の攻撃。だが、絶対に焦ってはいけない。そして油断してはいけない。心を乱す事は死を意味する。即ちこれは、心を乱してはいけない戦いなのだ。更に心を研ぎ澄ませると、背後に何かを感じる。そこにいる!無心で振り返り、剣を振った瞬間、手応えを感じた。声はなく、音もないが、相手に一撃を与えた感覚があった。だが、敵は単調な攻撃ばかりとは限らない。如何なる状況においても、決して惑わされてはならない。一瞬の気の緩みを許さない戦いは、これからであった。




その頃、大陸の調査を命じられたベリルは聖都の入り口で調査報告用のノートを纏めていた。

「や、ベリルか。引き続き調査かい?」

声を掛けてきたのはイロクであった。

「そうね。先日発生した吹雪の竜巻についても、リラン様は何か気に掛けていらっしゃったわ」

「なるほど。僕も何か嫌な予感がするんだよね。気のせいだったらいいけど、昨日からどうもざわつくような感じがする」

イロクは半ば不安げに神殿を見つめる。

「……私も、何だか落ち着かないわ。今までは静かだったのに、何かが起きようとしているのかしら」

ベリルはノートに書かれた調査内容のメモを読み返していた。

「僕は神殿でデナと共にリラン様をお守りするよ。もし何かあったらいつでも言ってね」

「ええ、わかったわ」

イロクが神殿へ向かって行くと、ベリルはノートを鞄の中に収め、聖都から出る。

「……ククク、リランも案外大マヌケね。私が完璧過ぎたのかしら。あの吹雪の竜巻は実験材料をおびき寄せる為のエサ。あんたの部下は既に手中にあるのよ」

聖都の外で、ベリルが不敵に笑いながらも鞄から水晶玉を取り出す。水晶玉には、醜悪な魔獣の姿が映し出されていた。

「さあて、そろそろ始めるとしましょうか。鉱石魔獣収集計画と、赤雷の騎士抹殺計画を……クックックックッ」

吹雪の中、ベリルは水晶玉を鞄に収め、再び聖都へ戻る。ベリルの表情は邪悪な笑みを浮かべていた。



イロクが神殿に戻ると、デナが待ち受けていた。

「イロク、戻りましたのね」

「ああ。デナ、リラン様をお守りするなら僕も手伝うよ。不吉な予感がするんだ」

デナは半ば呆れたかのような様子でイロクを見つめる。

「まあ、そんな事言わずともお手伝いして当然ですことよ?あなたもマナドール族の闘士の端くれでしょう?」

イロクもデナと同様マナドール族の闘士の一人であり、大陸の調査や聖都を守る役割を与えられていた。実力はデナに劣るものの、氷の魔力を活かした格闘による戦いを得意としているのだ。

「不吉な予感がするのは私も同じですわ。何があっても、足手纏いにならないように頼みますわよ」

「そんな事はわかってるよ。それに、あの人間達は……」

「ああ、あの連中は知りませんわ。少しくらい役に立てるというなら協力してもらってもいいですけどね」

ヴェルラウド一行を見下すようにふてぶてしく言うと、デナはリランの元へ向かって行く。

「……全く、君の方こそ思い上がらないようにしてほしいものだよ」

イロクはぼやきながらも、デナの後を付いて行った。



翌日———聖都内では異変が起きていた。街のマナドール達が激しい苦しみに襲われ、蹲っていた。その姿を見下ろすように住居の屋根の上で眺めている者がいる。ベリルであった。

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