死闘と底知れない恐怖

「げぼぁはっ……!」

謁見の間で、ブレドルド王を警護する男騎士と女剣士が血反吐を吐きながら壁に叩き付けられる。同時に砕かれた鎧の破片が辺りに飛び散り、血塗れのズタボロとなった二人は既に白目を剥いて絶命していた。二人の戦士を倒したのは、道化師であった。道化師の足元には、屍となった数人の兵士がいる。

「お、おのれ……よくも……!」

残忍な笑みを浮かべる道化師を前に恐怖を感じながらも、王は両手で剣を構える。

「ククク……いくら足掻いたところで無駄だという事は既に理解しているのではないのか?剣聖の王よ」

笑いながらにじり寄る道化師。

「お前は特別な素材だ。この国に魔物どもを差し向けたのも、闇王に素材を提供する為でもある。闇王を蘇らせたのも、このオレなのだからな」

道化師の言葉を聞いた王は戦慄を覚える。

「貴様があの闇王を……!?貴様は一体……」

「知る必要は無い。間もなくお前はオレの手で素材となるからだ」

道化師の目が紫色に光ると、王の全身に黒い鎖のようなものが絡み始める。

「うぐっ……き、貴様……!」

鎖による拘束で身動きが取れなくなり、必死でもがく王。その様子を、道化師は嘲笑うように眺めていた。



大勢の魔物と王国の戦士達による激しい攻防が続く城下町。オディアンはレグゾーラとの死闘を繰り広げていた。闇の炎や強酸の液、粘着性の糸といった様々な攻撃に苦戦しつつも、戦斧による必殺攻撃を当てていく。だが、レグゾーラは倒れる気配を見せず、攻撃を続けていた。

「クッ、まだ倒れぬというのか……!」

オディアンは激しく息を切らす。顔は汗に塗れ、額からは血を流していた。

「ハァァ……殺してやる……コロしてやるぞ……」

レグゾーラの口から黒い瘴気が漏れると、オディアンは攻撃に備えて防御態勢に出る。次の瞬間、レグゾーラは闇の炎を吐く。オディアンは両手で戦斧を構え、襲い来る闇の炎に特攻しながらもレグゾーラの懐に飛び込む。

「裂断牙!」

全身全霊を込めた戦斧による渾身の一撃がレグゾーラに決まる。

「グオオオオアアアア!!」

その一撃は大きなダメージとなり、致命傷を受けたレグゾーラはおぞましい叫び声を轟かせる。特攻によって闇の炎の直撃を受けたオディアンもかなりのダメージを受け、膝を付いていた。

「グググ……おのれ、貴様ァァッ……!!」

逆上したレグゾーラは強酸の液を吐き出す。

「ぐああっ!!」

回避に間に合わず、強酸の液を浴びたオディアンの鎧の右肩部分が音を立てて溶け始める。鎧を着用しているにも関わらず皮膚にも影響を及んでおり、損傷を受けていた。

「人間ンン……コロス……貴様をォッ……」

レグゾーラの口から黒い瘴気が溢れ出る。オディアンはダメージの残る身体を何とか起こし、反撃に転じようとしていた。



一方、ガルドフと交戦しているスフレは杖を両手で構え、魔力を高めようとしていた。ガルドフの周囲に無数の岩石が旋回し、幾つかがスフレ目掛けて飛んで行く。スフレは飛んでくる岩石の直撃を受けるが、すぐに態勢を立て直し、魔力を高めていく。

(こいつの身体は岩石で覆われている。まずはこいつの装甲を何とかしなきゃ、勝ち目はないわ!その為にも……)

スフレが高めている魔力は、炎の魔力であった。頭の中で1、2、3とカウントを数えつつも魔力を手の中に溜め込む形で高めていた。ガルドフは反撃する様子のないスフレを見てニヤリと笑う。

「ククク、何だ。攻撃して来ねぇのか?それとも、今のでもう力を使い切ったっていうのか?」

ガルドフの全身が地の魔力によるオーラに包まれる。

「へっへっ、冥土の土産って事で面白ぇもん見せてやるぜ。あのピエロ野郎から貰った地の魔魂の底力ってやつをよ。最も、この力をまともに使うのはこれが初めてなんだがなぁ!」

ガルドフが徐に地面を殴り付けると、辺りに地響きが発生する。

「な、何!?」

地響きにたじろぐスフレ。次の瞬間、地面から次々と柱状の岩盤が突き出ていく。スフレは必死で突き出る岩盤から逃れようとするが、ガルドフが投げた岩石が目の前に飛び込んで来る。

「げほぉっ」

直撃を受けたスフレは血を吹きながら吹っ飛ばされ、更に突き出た岩盤の攻撃を背中に受けてしまう。

「あ……うっ……」

もんどり打って倒れたスフレは、痛む身体を抑えながら立ち上がろうとする。半身を起こした瞬間ゲホゲホと咳込み、口から流れる血を拭いつつもよろめきながら立ち上がる。その目からは闘志は衰えていなかった。

(負けるなんて嫌よ……絶対に負けたくない!負けてたまるか……!)

諦めずに頭の中でカウントをしながらもスフレは手の中の魔力を溜め続ける。20、21、22……カウントの最中、ガルドフによる岩石の弾丸や地面からの岩盤、そして地響きと情け容赦ない攻撃が続く。だが、攻撃を受けて倒されてもスフレは魔力を溜めていた。

「テメェよお、一体何をやろうとしてるんだ?さっきから無抵抗じゃねえか。この俺様をナメてんのか?」

悪態を付くガルドフ。

「……そうね。ナメてるっていうか、もう諦めてるって感じよ」

「あぁ?」

「この勝負、降参だわ。あんた、ガルドフだっけ?あんたは文句無しに強いよ。賢者のあたしですら敵わないなんて、恐れ入ったわ」

額や口から血を流し、痣だらけの顔になったスフレが項垂れる。

「ククッ……クハハハハ!何だ。お手上げってわけか?笑わせやがるぜ。今更ビビっちまったってわけかぁ?」

大笑いするガルドフを見て内心ニヤリと笑うスフレ。45……46……47……48……49……50……。敢えて降参したフリをして魔力を溜め込むカウントを頭の中で数えながらも、時間稼ぎに持ち込もうと考えているのだ。

「ま、そんなところね。あんたに殺される前にちょっと教えてくれないかしら」

「あぁ?」

「あんたに力を与えたピエロ野郎とかいう奴は何者なの?ヴェルラウドが言ってた黒い影とかいう奴と関係あるわけ?」

ガルドフはペッと唾を吐き出すと、周囲を旋回している岩石を手に取り、徐に投げつける。だが、投げた方向はスフレの方ではなく、城の方だった。

「あいつに関しては俺にも詳しい事はわからねぇ。あの野郎、自分が何者なのかろくに説明しやがらねぇからな。何しろ、二年くらいあいつの妖術みてぇなもんで眠らされてたみてぇだからな」

「二年くらい眠らされてた?それで、黒い影とかいう奴について何か知らない?」

「あ?あれの事か。あれはな……あいつの分身らしいぜ。あれに出会ったのが始まりだからなぁ。あいつがいなかったら俺は牢の中で確実に朽ちていた。仮に何らかの方法で脱出出来たとしても今の俺は絶対にいなかったわけだからな。この力を頂くまでは、俺はただの盗賊ってわけさ」

「……なるほどねぇ」

これは随分いい事を聞いたわ、と内心呟いたスフレは魔力が溜め込まれた手に力を込める。

「聞きたい事はそれだけか?」

スフレは少し黙り込み、深呼吸をして両手を広げる。

「うん、もう十分よ。満足したから一思いに殺してちょうだい」

ガルドフが残忍な笑みを浮かべる。

「……へっ、せめて最後まで抵抗すればよかったものを。全く変な奴だぜ。ま、テメェがそう言うなら望み通り叩き潰してやるけどなぁ!」

ガルドフが手を掲げ、頭上に巨大な岩石の塊を作り始める。スフレは両手を広げながらもそっと目を閉じ、魔力を溜めている手に意識を集中させる。



もう少し……あともう少し……



95……96……97……98……99……



100!



「……いっけえええええっ!!」

スフレは目を見開かせ、溜め込んでいた魔力の塊をガルドフに投げ付けた。次の瞬間、ガルドフの身体を覆っている岩石が溶けていき、人体では耐え切れない程の恐るべき超高温が襲い掛かる。ガルドフの身体を覆う岩石はスフレの限界まで溜め込んだ炎の魔力によって一瞬で溶け、マグマと化したのだ。

「ぐあああああああ!!な、何だこれはあああああッ!?」

身体を覆う岩石がマグマとなったガルドフは全身に渡る大火傷でもがき始める。頭上に作られていた巨大な岩石の塊はバラバラになって崩れ落ちていく。

「ラーバブレイズ!」

ガルドフを襲うマグマが激しく燃え盛る。魔力の塊による暴発であった。

「うぎゃああああああああ!!」

燃え盛るマグマに焼き尽くされたガルドフは断末魔の叫び声を上げる。

「ふっ……作戦大成功!」

スフレは勝ち誇ったようにポーズを決める。

「……ぐ……あぁっ……」

全身を焼き尽くされ、無残な姿となって倒れたガルドフは完全に虫の息であった。

「できるだけここまではしたくなかったけど……今はそう言ってられないから……」

倒れたガルドフを見下ろしながらもスフレが言い放つ。

「……ち……ちくしょう……この俺が……」

苦し気に呟くガルドフを見て、一瞬胸が痛む思いをするスフレ。

「……へ……へへっ……まさか、テメェの策にハメられて二度も炎に焼かれちまうとは……巨大な力を手に入れて……思う存分好きな事をやろうとした天罰、かもなぁ。俺は生きてる限り……決して……反省はしねぇ……」

ガルドフは目の前にいるスフレに視線を向ける。

「へっへっ……女。今のうちにトドメを刺せよ。俺はこの通り……全身を完膚なきまで……焼き尽くされて動く事も、出来ねぇ。俺は絶対に……反省しねぇからよぉ……」

「……うるっさいわね!動けないんだったらウダウダ言ってないで黙ってなさいよ!」

スフレは項垂れながらも、吐き捨てるように怒鳴りつける。

「あたしだって、出来るだけ殺生はしたくないのよ!あんたみたいなクズ野郎でも……」

拳をわなわなと震わせるスフレは背後を振り返り、王国の戦士達と数多くの魔物達による激闘が繰り広げられている光景と城の方をジッと見つめる。

「あたしには今やるべき事があるわ。あんたの事はひとまずお預けにしておくから、有難く思いなさいよ」

そう言い残し、スフレはその場から走り去る。城の方へ向かって行くスフレの背後を見ながらもガルドフはクククと笑い始める。

「全く……あの姫さんといい、魔法使いの女といい……俺みたいなクズ野郎でも殺しはしねぇなんて、とことん甘いな……。この身体がまだ動けたら背後から岩をぶつけてやるってぇのによ……けど、悪い気はしねぇな……」

身動きが出来ないガルドフは天を見上げながらも呟き、徐々に意識が薄れ始める。

「へっ……俺の命もここまでってわけ……か……。ムアル……テメェは今頃地獄にいるのかよ?俺もそっちへ……行くだろうな……」

ガルドフの脳裏に過去の記憶が走馬灯のように蘇る。荒くれ者ばかりが住むならず者の街で育ち、盗賊として生活していた頃。各地で盗みを働いた末に地下牢獄に捕われていた時に現れた黒い影によって地の魔魂を与えられた頃。そして子分であるムアルと共に世界を流離いながらも黒い影が求める素材を探していた頃や、クレマローズ王国でレウィシアと戦った頃。全ての過去の記憶を遡り終えると、ガルドフの意識は既に途絶えていた。



あんなところに生まれてなかったら……俺は真っ当な人間として生きていただろうな。けど、悪くねぇ人生だったぜ……。



動かなくなったガルドフの呼吸は停止し、心臓も停止している。だが、表情は笑みを浮かべたままだった。




「グアアアアアア!!」

闇の炎が燃え盛る中、オディアンは戦斧を手に防御の構えを取る。だが、度重なるダメージの影響で炎に耐えられる程の体力は殆ど残されていなかった。

「ククク……コロシテやるぞ……オディアン兵団長……」

レグゾーラの醜悪な声を聞きながらも、オディアンは戦斧を両手に構え、精神を集中させる。

(このままではマズイ。やはりここはあの技で決めるしかない……!)

レグゾーラが口から粘着性の糸を吐き出す。オディアンは間髪で糸を回避し、目を閉じて戦斧を両手で掲げる。

「バカめが……貴様に何が出来るというのだァァッ!!」

襲い掛かるレグゾーラの鋭い一撃。

「うおおおおお!」

一撃が迫ろうとするその瞬間、オディアンは目を見開かせて突撃する。

「秘技———閃覇十字裂斬!」

カウンターを利用した戦斧による一閃、そして縦に大きく切り裂く一撃。十字状に引き裂く大きな斬撃が恐るべき速さで次々と繰り出されていく。その攻撃によってレグゾーラの身体はズタズタになり、魔物特有の黒味がかった赤紫色の血が多量に飛び散っていく。

「グガハァァアアアッ!!」

決定打となり、断末魔の叫び声を轟かせながらもバタリと倒れ込むレグゾーラ。力を使い果たし、膝を付いているオディアンは返り血に塗れていた。

「ゴアアァ……おのれ……おのれェェッ……」

忌々しげに声を荒げるレグゾーラは再び立ち上がろうとするが、もはや身体を動かす事が出来ない状態だった。オディアンは立ち上がり、戦斧を手にトドメを刺そうとする。

「……クッ……クックックッ……例え俺を倒したとしても、王は助けられまい。闇王様を蘇らせたというあの男の手に掛かればな……」

「何っ!?」

レグゾーラの言葉にオディアンは驚きの表情を浮かべる。

「答えろ。あの男とは何者だ!陛下を狙っているというのか?」

「さあな……聞く前に直接行ったらどうだ?最も、その身体では王の元に辿り着くまでどうなってるかは火を見るよりも明らかだと思うが、な……クックックックッ……グッ!グボァッ」

レグゾーラは血の塊を吐き出して息絶える。

「ヴェルラウドだけではなく陛下まで……奴らめ、一体何を!」

オディアンはダメージが残る身体を引きずる形で城へ向かって行った。



城の中、凍り付く程の冷気に満ちた廊下で一戦交えるヴェルラウドとバランガは止まらない出血を抑えながらも激しくぶつかり合っていた。

「ぐぁっ……」

槍によって貫かれた傷穴がある左腕からの激痛でバランスを崩すヴェルラウド。その隙を見逃さなかったバランガが槍を振り回す。

「死ね、ヴェルラウド。百裂氷撃槍!」

放たれる無数の雹の塊と共に、氷の魔力を帯びた槍の連続突きがヴェルラウドを捉える。

「ごはっ!がっ……ぐおああっ!!」

連続攻撃を叩き込まれ、血を撒き散らしながら倒れるヴェルラウド。バランガは倒れたヴェルラウドを見下ろしながら歩み寄る。冷気は壁に霜を生み、辺りがどんどん凍り付いていく。

「……はぁっ……はぁっ……がはっ!ぐっ……」

冷気による寒さと傷の痛みに耐えつつも立ち上がるヴェルラウドだが、既に満身創痍だった。出血と激痛が止まらない傷口をも凍り付く程の温度に達しており、徐々に気が遠くなっていくのを感じる。

「……ぐっ……はっ」

霞む視界の中、ヴェルラウドはバランガに視線を向けながらも剣を構える。

「うぐっ……」

バランガが脇腹を抑え、膝を付く。抑えている脇腹から溢れ出る多量の血。バランガもヴェルラウドの攻撃によって深い傷を負っていたのだ。

「バランガ……聞かせろ。何故お前まで闇王の意思に従って俺を殺そうとしている?サレスティルの近衛兵長だったお前までも……」

ヴェルラウドが問いただす。

「……答える必要は無い。貴様は此処で死ぬからだ」

冷酷な返答と同時に、バランガは槍を突き付ける。

「ヴェルラウド!」

突然聞こえてきた声。駆けつけてきたのは、スフレだった。

「スフレ!」

「うっ、何なのこの寒さ……ヴェルラウド!何があったの!?」

「説明は後だ!今此処に敵がいる」

冷気に包まれた廊下と傷ついたヴェルラウドの姿、そして槍を突き出しているバランガの姿と血に塗れた床と壁を見て状況を把握したスフレは思わず身構える。

「フン、ザコが増えたところで同じ事」

バランガが槍を振り回す。

「何なのよあんた。さっき敵と死闘繰り広げてたからちっとも万全じゃないけど、このあたしをなめるんじゃないわよ!」

スフレが魔力を高めると、ヴェルラウドが前に出る。

「待て。こいつは俺がやる。こいつは……俺が世話になったサレスティルの近衛兵長なんだ」

「え、そうだったの!?でもなんで?」

「わからん……理由はわからんが、闇王と魔物ども同様俺を殺そうとしているんだ。今やこいつは俺の敵でしかない」

出血と相まって激痛が走る傷口と凍える身体による二重の苦しみの中、ヴェルラウドは精一杯の力を振り絞り、剣先に赤い雷を宿す。

「無茶よ!それだけ傷付いてるのに、下手したら死んじゃうわよ!ここはまずあたしの魔法で……」

スフレが魔法でヴェルラウドの傷を回復させようとした瞬間、バランガの攻撃が襲い掛かる。

「きゃあ!」

バランガの容赦ない攻撃がスフレの左腕を襲う。傷ついた左腕から鮮血が迸り、もんどり打って倒れるスフレ。

「ぐっ……」

左腕からの出血を抑えながら、立ち上がろうとするスフレ。ガルドフとの戦いによるダメージが残っているせいか、身体を起こすだけでも全身に痛みが走っていた。

「やめろ!お前の目的は俺の命だろ!」

ヴェルラウドが赤い雷を帯びた剣を突き出す。

「一瞬で終わりにしてやる。百裂氷撃槍!」

繰り出される槍の連続突きと無数の雹が舞う中、ヴェルラウドは剣を大きく振り下ろす。その斬撃は赤い雷を迸らせ、激しい雷撃となってバランガを襲う。

「ぐあああああ!!」

赤い雷撃を受けたバランガは大きく吹っ飛ばされ、倒れる。

「うぐっ……げほっ」

傷口を抑え、吐血するヴェルラウドは剣で身体を支えながらも倒れたバランガを見下ろしていた。

「……ヴェルラウド……お前を……コロス……ヴェルラウド……」

全身に痺れを残しながらも譫言のように呟くバランガ。その姿にヴェルラウドは「もう立ち上がらないでくれ」と心の中で返答する。

「ヴェルラウド、大丈夫?」

スフレは傷付いた左腕の痛みを堪えつつも、ヴェルラウドの傷を治そうと回復魔法を発動させる。だが、ガルドフとの戦いで殆どの魔力を使い果たしていた故に僅かな回復しか出来なかった。

「ごめん……さっきの戦いで殆ど魔力を使っちゃったからあんまり回復出来なかったわ」

「気にするな。これくらいでも十分……うっ!」

ヴェルラウドが立ち上がった瞬間、不意に凍り付くような気配を感じる。

「ククク……随分と派手にやってくれたものだな」

謁見の間へ通じる前方からやって来る邪悪な気配。現れたのは、道化師だった。

「誰だ!?」

「クックックッ……闇王の協力者、と言っておこうか。ご苦労な事だよ、赤雷の騎士ヴェルラウド。オレが差し向けた魔物どもや精鋭の戦士の猛威を乗り切るとは」

「何だと?つまり全部お前の仕業だったというのか!お前が俺の命を狙う魔物やバランガを……!」

邪悪な気配に戦慄を覚えながらも、ヴェルラウドは剣を構える。道化師は恐ろしく不気味な笑みを浮かべていた。

「実はこの城に存在する素材を必要としていてね。その為に大勢いる邪魔な戦士どもを片付けるついでに闇王の願望を叶えてやる目的で潰しにかかったというわけさ。ま、計画通り素材は手に入ったがね」

「貴様!」

斬りかかろうとするヴェルラウドだが、道化師の凍り付いた瞳に思わずたじろいでしまう。

(何なんだこいつは……どこかで感じたような恐ろしく凍り付くような感覚……こいつは一体何者なんだ……!?)

冷酷に笑う道化師を前に立ち尽くすヴェルラウド。背後にいるスフレも同じだった。

「クックックッ、貴様らも本能で感じているようだな。このオレの恐ろしさを。だが安心しろ。オレの目的はあくまで闇王に捧げる素材だ。今は貴様らを直接始末する気は無い。今はな」

すると、道化師が一瞬でヴェルラウドの背後に回り込む。振り返った瞬間、目の前にいる道化師の姿を見てヴェルラウドは冷や汗をかく。

「いい事を教えてやろうか?闇王を蘇らせたのは、このオレだ」

そう言い残し、道化師の姿が消える。辺りを見回すヴェルラウドとスフレだが、道化師は既にその場から消えていた。倒れていたバランガの姿も既に消えている。

「クックックッ……赤雷の騎士よ。また会えるといいな」

道化師は姿を見せないまま、不敵な言葉を残していた。

「……くっ」

冷や汗と血に塗れた顔のヴェルラウドは、脱力したように壁に寄り掛かる。

「あいつ……一体何なのよ?物凄く恐ろしい感じがしたけど」

スフレもまた、得体の知れない恐怖感に立ち尽くしていた。ヴェルラウドは不意にサレスティルでの影の女王との戦いの後に現れた黒い影の存在を思い出す。

(奴が放っていた邪気……妙に覚えのある感覚だと思えば、女王様の偽物を作り出したあの黒い影だ。奴の邪気はあの黒い影と似ている。つまり奴は……)

ある確信をした矢先、オディアンが負傷した身体を引きずりながらやって来る。

「オディアン!」

「お前達、此処にいたのか。陛下は無事か?」

「わからないわ。王様のところへ行く前に此処でヴェルラウドが敵と戦っていたから……」

急いで謁見の間へ向かう一行。大扉を開けた瞬間、一行は愕然とする。血と武具の破片が飛び散り、破壊された玉座。惨殺された数人の兵士と血みどろの姿で死んだ男騎士、女剣士の姿。そして消えた王の姿。神聖なる謁見の間が無残なものへと変貌したその光景を目の当たりにした一行は、言葉を失うばかりだった。

「な……何だこれは……陛下は……陛下は何処へ!」

オディアンが叫ぶように言うが、王の姿は何処にもない。ヴェルラウドは手を震わせながらも、胸をえぐられる思いのまま立ち尽くしていた。



城下町で多くの魔物と戦っている王国の戦士達を空中から見下ろす道化師。左手からは闇の魔力による紫色の光球が浮かんでいた。

「フン、この国の戦士どもも随分頑張るな。この辺で幕引きとするか」

光球は分散すると、地上に降り注ぐ無数の光線となり、地上の魔物達を次々と貫いていく。城下町にいる魔物は道化師が放った魔力の光線によって一瞬で全滅した。突然の出来事に、魔物と戦っていた戦士達は何事だと騒然となる。道化師は右手に水晶玉を出現させると倒れた地上の魔物達から黒い瘴気が発生し、吸い込まれるように水晶玉に集まっていく。瘴気が全て集まると地上に降り立ち、死を迎えたガルドフの遺体の前にやって来る。

「ガルドフめ、こんなところで無様にくたばるとはな。所詮貴様は与えられた魔魂の力に酔いしれていただけのならず者でしかなかったというわけか。ま、捨て駒にしては頑張った方だと思うがね」

道化師はガルドフの遺体目掛けて手から闇の光弾を放つ。光弾は、爆発と共にガルドフの遺体を完全に消し去ってしまう。遺体があった場所には、地の魔魂の結晶体が転がっていた。道化師は魔魂の結晶体を手に取り、力を込めて握り締めると結晶体はひび割れ、粉々に砕け散った。結晶体の破片に混じり、魂のような光が浮かび上がる。光は、道化師の右手の水晶玉に吸収されていった。

「おい貴様、そこで何をしている!」

数人の戦士が剣を手に現れる。道化師はペロリと舌で水晶玉を軽く舐めると、片腕を素振りさせる。巨大な真空の刃が巻き起こり、現れた数人の戦士は一瞬で切り裂かれていく。

「……クックックッ……ハーッハッハッハッハッ!!」

辺りを鮮血に染め、屍と化した戦士達の無残な姿を空中で見下ろしながらも、道化師は狂ったように笑っていた。

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