第3話 カフェ-花田由美

「よし、じゃあカフェに行こっか。そのマップを使って」


「ん? マップってどこに?」


 倉田くんは辺りをきょろきょろとしている。手はもうとっくにはなしているけど、列車から降りれば彼が迷子になりかねないからそわそわしてしまう。


「それだよ、その小さいマップ」


「それって、まさかスマホ?」


「うん。どうせ倉田くんのことだから、マップの使い方も怪しいんでしょ? 練習、付き合ってあげるよ」


「ありがとう、と言いたいところなんだけど……」


 倉田くんは何か言いたげな表情のまま口をつぐんだ。


「どうしたの? まさか電池切れ?」


「ううん。そうじゃなくて」


 私たちはパスカードをタップして改札を出る。そこには、私の行きたかったカフェがあった。


「マップ使わなくてもいけるかなって」


 私は自分で行きたいと言っておきながら下調べ不足だったこと、そして彼がマップ機能を使いこなしていることをすぐ後に教えてもらい、平謝りした。


***


「うーん、メニューのデザインはうちの方がシンプルで分かりやすいかなー」


「あの、まさかここに来たのって、勉強のため?」


「そうそう。ちょっと話題になってたから。メニュー、接客、内装外装。全部吸収したいって思って」


「そうなんだ。ちなみにこの内装は、喫茶店の娘的にはどうなの?」


 倉田くんは上を見ながら言った。高い天井の上に木製のプロペラが回っている。カウンター席はすべて窓に面していて、外から見えるのかと思いきやどうやら外からは光が当たって中の様子が見えないらしい。


「僕はこの雰囲気もいいかな。広いところって心もすっきりする気がして」


「うーん。たしかにそこはいいかも。悔しいけど」


「まあこの広さを用意するのはほぼ不可能に近いと思うけどね。花田さんの所もうちと比べたら十分広いとは思うけど」


「まあね。でもカウンターの椅子の高さが高めだから、あんまり安心できなさそうっていう点で、うちも少し勝ってるかな」


 『花田屋』のカウンターの高さは程よいところで固定していて、しかも椅子は高さ調整ができる。うちの売りの一つだ。


「お待たせしました。ホットコーヒー二つとミックスサンド二つとアップルパイです」


 目の前にそれらが置かれると、私はそのボリュームに驚いた。ミックスサンドはもはやかぶりつくことができないほど大きく、アップルパイは一人分の一切れが出てきたが、その大きさがもはや朝ごはんとして食べるには多すぎる、という量だった。


「……めちゃめちゃ多いね」


「がんばって食べなきゃ」


 いただきます、と私たちは食べ始めた。


***


「ほんとにお腹いっぱい。メモをまとめるのは帰ってからしよ」


「その方がいいね。晩御飯食べられるかな」


 私たちは何とかすべてを食べ切った。初めの頃はメモを取っては一口、一口食べてはメモを書くということを繰り返していたが、最後の方になってくると食べることに集中してしまった。お腹はいっぱいになったが、おいしかったのは事実だ。帰ってから研究しなきゃ。


「さて、人も並んでることだし、もう出ようか」


「うん……え、倉田くん。お会計忘れてるよー?」


「ああ、それなんだけど」


 すると、店の奥の方からエプロンを付けた若い女性が出てきた。


「旭くん、今日はわざわざお友達まで連れてきてくれてありがとう!」


 旭くん……?


「あと二人来るはずだったんだけど、用事でこれなくなっちゃったみたいで」


「そうそう。それでこのアップルパイ、四人分お持ち帰りで用意したから、あとの二人にも食べさせてあげて」


「わざわざありがとう。祥子さん」


 祥子さん……??


「君もいつでも来てね……あ、そうか。説明しなきゃね。私、青山祥子。旭くんのいとこ」


 心のどこかでほっとしている自分を照れ隠しで追いやって、敵意のない笑みを作った。


「そうなんですか。花田由美って言います」


「祥子さん。花田さんの家、喫茶店なんだよ」


「へえ、じゃあ今度はそちらにも行かせてもらおうかな?」


「ぜひ来てください!」


 絶対負けない。

 安心感と闘争感は、両面から私を挟み込んだ。

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