第2章 喫茶『花田屋』でゆっくりと

第1話 白いガーベラ-花田由美

「で、どうしてこうなったの?」


 私の目の前には、スマホを見ながらあたふたする倉田くんがいる。最近買ってもらったばかりらしく、使いこなせていないようだ。


「僕が聞きたいよ。海音かのんめ……」


「私もそらちゃんに騙された。ここで待ち合わせて二人で遊ぶ話だったのに、まさか倉田くんがいるとはね」


「僕で悪かったね」


 彼は不機嫌そうに、スマホの画面で指を遊ばせている。


「それ、このアプリからメッセージ送れるんだよ」


 私は彼のスマホの画面の右上の隅にある緑のアプリのアイコンをタップした。


「あ、そうなんだ。ありがとう。海音に色々アプリを入れられてわかんなくなっちゃって」


 彼が使いこなせるのは、電話やメールなどの、ガラケーにあるようなアプリのみのようだ。


「で、何て送られてきたの?」


 彼の画面を見ると、『すまんな』『今日は用事で行けなくなった(笑)』という吹き出しが、雲の浮かぶ背景画像の上に載っていた。隣には数十分前の時刻が載っている。


 倉田くんはため息をついて、ホーム画面に戻した。


「矢島さんの方は? こっちと同じ感じっぽい?」


「う、うん。まあね……」


 私の方はというと、前日に空ちゃんに話を聞いていた。


―――倉田くんを誘うよう海音くんに言っておいたから、明日は楽しんできて。行かなきゃ倉田くんは一人で遠方まで来て、寂しく帰る羽目になるよ。


 空ちゃんってあんなに積極的だったっけ。きっと彼女に何か変化を与えてくれる人ができたのだろう。それがもしかして喜多くんだったりして。そういえば最近あの二人が仲いいって噂になってた気がする。まさか……。


「花田さん。どうしたの? そんな黙りこくっちゃって」


「えっ、ううん。何でもない。ちょっとぼーっとしてただけ」


「どうしよっか、これから。とりあえず今日行こうとしてた場所に行ってみる?」


「そ、そうだね」


 私は彼に連れられて、ある公園に向かった。


***


「うわあ、やっぱり変わってないなー」


 ここは倉田くんが小さいころ、よくお母さんに連れてきてもらった公園らしい。きゃっきゃと騒いで懐かしむ彼の様子が微笑ましく感じる。赤と黒のギンガムチェックの上着が風にそよぐ、私より背の高いその背中が、今は少し小さく見える。私はそれについて行く。彼は一角に居座っている花壇の前でしゃがんだ。白色の花が互いに譲りあうように並んでいた。


「この花、ガーベラ?」


「うん、ここにはいつも、ガーベラが植わってるんだ。小さいころはよくここの花植えのイベントに参加してたっけ。上からその年の干支の動物になるように植えるっていうイベントだったんだけど、今は一列に植えるだけになってる」


「私、あんまり白のガーベラって見たことないかも」


「そう? ならよかった」


 彼は純粋な笑みを浮かべた。その顔は白いガーベラのようだった。


「よし、これぐらいでいいかな」


「え、もういいの?」


「うん、僕は今日これさえ見れたらよかったから」


「そっか……」


 じゃあ彼はもう帰っちゃうんだ。仕方ない。彼だけ今日のことについて何も知らされていなかったんだから。私のわがままは……。


「次のところ行こうか」


「え?」


「花田さんの行きたかったカフェ。僕も楽しみだな」


 彼は踵を返して公園の出口へ向かっていった。


「君は律儀だな。そして優しい」


 もしかしたら、これは当たり前のことなのかもしれない。それぞれの行きたいところに行く。それは平等なことなのかもしれない。

 でも、友達と遊ぶ時も相談して決めるか妥協するかしかなかった私には、それだけでぐっとくるものがあった。


 ふと、私は白いガーベラの花言葉を知りたくなった。

 でも、それは帰ってからにしようと思い、私は彼の背中についていった。

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