【幸せのお茶漬け】②

「幸せ茶漬けかぁ? ぐひひ、初めての一品だ。どんな味だろ……ぐひひ」

「黒羽さん、あなたは能力者ですよね。記憶力が普通ではない。確かに過去に戻って読んだのは黒羽さん自身の作品ですが、全部の文章を記憶していましたね。その時に、記憶能力が特殊で、頭の回転が速い方だということに気づきました。いつか僕たちが困ったときにあなたの能力が必要になるかもしれません。その時は助けてください」


「ぐひひ、コミュ力ない分そういった能力には優れているんだな。うまいもんが食えるならば、手伝ってもいいしな、ぐはっ」

「そんな知的でハイスペックな黒羽様も好きです」

 そう言うと、黒羽の腕に自分の腕を絡めてくっつこうとする。


「ぐっおいっ、俺氏の領域、パーソナルスペースに入るなって」

 黒羽が本気で嫌がるが、美雪は全く離れる気配がない。美人女優はさっきから黒羽に告白しかしていない。むしろ本当にこの人はあの有名美人女優なのだろうか。惚れた弱みなのだろうか。黒羽に弱みでも握られているのではないかと一般的には心配になる案件だ。


「幸せ茶漬けができあがりましたよ」

 二人の目の前に夫婦茶碗が並べられた。何かの儀式のようだ。そこには、つやつやした米粒が食べてほしいといわんばかりに二人を魅了する。そこには梅干しとシャケと海苔が入っていた。だしの香りが部屋に漂う。


「ぐひひ、いただくぞいっ。腹が減ったぞい」

 といってまっさきに箸をわしづかみにしながら懸命に食を欲する男が黒羽だ。その食べっぷりは豪快で胃に流し込むかの如くすすりながらまるでスープでも飲むかのような勢いでお茶漬けを食す。ズズズという音を立てた食べ方は正直上品な食べ方ではないが、見ているほうは食欲が増す食べ方でもあった。とても豪快においしそうに食べる黒羽はお腹が空いていたのだろう、飢えていたのだろうということが容易に想像可能な食べ方だった。無言で食べる黒羽。


「梅干しにシャケ、二つともしょっぱいのに二つともしょっぱすぎない味付けが絶妙ですね」

 姫野が食レポしているような絶賛をする。仕事で食レポの機会もあるのかもしれない。


「これは、程よく減塩しています。しょっぱすぎないように加減して味付けしているので」

「何事もほどよくがいいのですね」


「実はこれはお二人をあらわしています。海苔は二人の間にある壁です。梅干しは天才黒羽氏、シャケは人魚姫のように一途に愛を貫く姫野さん。姫野さんは相手のしょっぱさを引き立てるためにあっさりした味を出す。姫野さんをみていると全てをなげうってでも傍にいたいと願う人魚姫のストーリーを思い出します。人魚姫は声を失ってもいいからと人間になりたいとねがいましたよね」


 あっという間に黒羽の少し大きめの茶碗には米粒ひとつなく完食されていた。お茶漬けもこんなにも、ぺろりとたいあげられて幸せにちがいない。

「ごちそーさま、ケケケ」


「黒羽さん、私、あなたのために毎日ご飯をつくりますので、会いに行ってもいいですか?」

「ぐひひ? ごはん? おまえ料理うまいのか?」


 本当に小説家なのだろうか? 日本語が片言だ。黒羽は変人で変わり者だ。変人イコール変わり者だから、2回も言う必要はなかったが、2回も言いたくなるほど変な人だということだ。黒羽は人間には興味がないが、食欲だけは人の10倍くらい欲深い男だった。その男に、毎日おいしいものを作ってあげるという口実はまさに餌づけにはもってこいのセリフだ。まさに動物をおびき寄せる餌作戦だ。


「私、料理は得意なんです、そのかわり、好きな時に会いに行きますよ」

「ぐはっ? 俺氏の領域にこいつが入るっていうのは気に食わないが、うまい飯にありつけるのならば、背に腹はかえられぬ、ぐひひ」


 何かを覚悟した変人人嫌いの黒羽は食欲には勝てないようだった。人間嫌いよりもおいしいご飯のほうが彼の中で勝利したようだった。


「女優さんだから忙しいでしょ? 無理することないわよ、こんな奴のために」

 相変わらずの毒舌まひる。


「今後は仕事のペースも落とすつもりだし、私は彼に人生を捧げてもかまいません」

「でも、こいつがとんでもなく嫌な奴だったら人生棒に振るわよ」

「私が選んだ道だから後悔はしません」


 美人女優の顔はすがすがしく、まるでドラマのワンシーンのようであった。


「きっとお二人はうまくいくと思いますよ」


 アサトは笑顔でほほえましく二人を見つめる。そんなアサトを見て、まひるは心の中で思う。自分自身の恋はだめだめなのに、他人のことだと客観的でいつも冷静なアサトは不器用な男なのだろう。


 ※【お茶漬け】

 ごはん、梅干し、しゃけ、のり、だし汁が食欲を誘う。程よい塩加減がお茶漬け全体のおいしさの秘密。

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