【あんみつ かぐや姫の葛藤】②


 私は、知らないマンションの一室にいた。これは、未来のもしもの夢? もしも、結婚したらの夢だ。相手は、現在の恋人のイッチーかな。イッチーの本名は一郎なんだけど。イッチーって呼んでいる。ちなみに私の名前はニコという。


「ニコ、今日は俺が夕ご飯作ろうか? ニコは、普段、結婚前と変わらず仕事をしているんだし、分担している家事もいつもちゃんとしてくれるから、俺はとっても幸せ者だよ」


 新婚ほやほやのラブラブな二人の空間。悪くない。家事も手伝ってくれる夫、結婚後も優しい夫。理想じゃない? 結婚後のキャリアも変わらずなんて、迷うことなかった?


 ピンポーン、インターホンがなった。


「誰かな?」

「おふくろじゃないか? 俺のおふくろは家が近いのをいいことに、毎週末遊びに来るからな」


 結婚前はそんなことなかったのに、結婚って家と家の繋がりっていうけれど、ちょっとメンドクサイなぁ。


「こんにちは。ニコさん。今日も手作りの差し入れ。女の人も結婚しても仕事を続ける時代だけれど、女はねぇ、家を守るのも仕事よ。普段忙しくて、出来合いの総菜ですませてばかりだと体に良くないのよ。さぁ、無農薬野菜で作った手作りのおかずを食べてね」


「手作りのおいしいお料理はうれしいのですが、お義母さんに迷惑かけたくないので、こういったことは……」


「何? 迷惑だった?」

 途端に不機嫌そうな顔をするお義母さん。ちょっと怖い。


「いえ、迷惑ではないのですが……」

 私はそれ以上何も言えなかった。


「そろそろ、子供を作らないとねぇ。孫の顔を見たいのよ」

「ちょっとおふくろ、そういうことは授かりものだしさ」


 イッチーは優しくたしなめた。


「育児休暇取れるんだし、今は妊活休暇も取れる会社もあるみたいだし、妊活しなさいよ」


 何? 命令口調? 面倒だなぁ。結婚って甘いことばかりじゃないとはわかっていたけれど、孫を期待されて、子供ができないと、プレッシャーだわ。


「今日は俺が夕食を作るんだ」

「何? 一郎にさせる気?」

「いえ、一郎さんが自分から今日は夕食を作ると言ってくれたので」

「一郎、こき使われていない?」


 心配そうなお義母さん。きっと嫁と姑というのは距離を間違えて、最後は関係が破綻するのかもしれない。ドラマの一場面を見ているみたいで、どこか客観的な自分がいた。これは、もしもの世界だと聞いていたからかもしれない。もし、現実だったら、それは、耐えられない怒りに満ちていただろう。


「こんなことだと思って、私ね、夕食作ってきたから。一郎は座っていなさい。これ、精力つけないと。女性ホルモンにいいっていう大豆もたくさん使ったのよ」


 お義母さんのおせっかいな持ち込み手料理はまだまだ続く。うんざりしてきた。子供ができやすいと言われている食材で作ってきたとか。何を根拠に子供ができやすいのかもよくわからなかった。女性ホルモンにいいという大豆もふんだんにつかったらしい。ベテラン主婦だけあって、料理はおいしいのだが、プレシャーをかけられているようで、おいしく感じられない。体にいいヘルシーメニュー。独身のときには、イッチーのお義母さんのことは知らなかった。付き合いもなかったし、もっと気楽な二人で楽しむ時間だった。それが、結婚という呪縛によって、こうも介入されるとは。


 仕事を続けていることは、とてもいいことだと思う。むしろ、息抜きになりそうだ。でも、介護の問題、育児の問題が出てきたら、きっと仕事ばかりを優先できない時が来る。おひとりさまのさびしさよりも自由をとったほうが幸せなのか? 息苦しい義理の家族との関係をとることが幸せなのか? わからなくなった。もし、子供ができなかったらお義母さんからのプレッシャ―が半端ないのかな? でも、自分の時間はたっぷり持てるよね。でも、子供を生むことができる期間は決まっている。女性という生き物は結構大変だ。


 そんなことをぐるぐる考える。お義母さんの料理を前にして、急にイッチーが発した言葉に私は何も言えなかった。


「もしかして、ニコ、妊娠している可能性もあるんじゃない? ちゃんと検査してみたら」

 え……? 私のお腹に別な生命がいるとでも? でも、妊娠していたら私はこの先どうなるのだろう? 生まれる子供は女の子? 男の子?



 そんなことを考えていると――気づくとここは、さっきのメルヘンなカフェ? 私、ここに戻ってきたの?


「続きが気になるから、見せて!!」

「残念ながらその時代につき、1度しか見ることができないもしもなのです。でも、結婚したから必ずそうなるわけではありません。虹色程度のもしもは存在していますから。ねがいは何にしますか?」

「赤ちゃんがほしい!!」

「夢の続きは、この世界で体験してみてください。そんなに遠くない未来の話でしょう? 未来に本当に飛ぶことはできないと言いましたよね。では妊娠のねがいをかなえます」


「わかった。ありがとう。100円ここに置いておくから。もし、結婚したら、旦那とここにくるからね。ごちそうさまっ」


「おまちしておりまーす」


 まひるが元気いっぱいに笑顔で見送った。忙しいキャリアウーマンは急いで仕事に戻ったようだ。彼女は妊娠を望んでいる。結婚ではなく子供が欲しいというのがねがいなのだろうか。


「妊娠のねがいがかなえば、結婚も早まるのかな?」


 私は心から幸せを願う。


「妊娠にはタイミングがあり、今は産まないでほしいという男性もいますからね。妊娠することによって、結婚につながることもシングルマザーにつながることもあります。我々が干渉することはできないエリアですよね」


 アサトさんは冷静な分析だ。この人って欠点がないように思える。


「まひる、今のお客様、いじめの記憶を置いていきましたね」

「嫌な記憶は捨てたいって誰でも思うよね」

「でも、あの方は生涯で一度しかいじめられた経験がないようですね。いじめられる側の弱い心を知っているのと知らないとではだいぶ気持ちが変わるものですよ。弱者への配慮、仕事でもそういった部分がかけた人間にならなければいいのですが……人柄次第で結婚ができないとか結婚生活が破綻、なんてことにならないといいですね」


 それを聞いていた、私はアサトさんのやっていることが、本当に正しいことなのかどうかわからなくなっていた。もちろんねがいをかなえることは素晴らしいのだけれど、そんな不確実なねがいならばかなえる必要な無いような気がした。そんな考えを遮るように最近、しょっちゅうやってくる黒羽が言葉を発する。


「ぐはは……結婚とかマジで無理だよな。俺のデザートもよろしく」

 黒羽は意外と真面目で集中力が高く執筆は超スピードで進んでいるようだ。

「なんかさ、ウェブ小説のランキングっていうのがあってずっと1位なんだよね」

 腕組みしながら黒羽が変な座り方をしていた。


「出版社からオファーがくるかもしれませんね」

「ぐひひ、まぁ俺氏は今が楽しければそれでいいんだな。いただきっ!!」


 黒羽は出されたあんみつを一気に食べる。噛んでいないような感じだ。白玉は丸呑みしているようだったが、のどに引っかかって窒息する日が来るのではないかという余計な心配をしてしまう。黒羽には葛藤とか憂鬱とかの感情が欠落しているように思う。感情が人より少ない男がなぜ出来上がったのか、知りたいとも思わないのだが、少しばかり興味が湧いたりする。愛を知らない黒羽に愛を教えるのがあの女優なのだろうか。

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