【パイシチュー 竜宮城の玉手箱】②

 もしも、音楽大学に入学していたら、それはとても充実した日々を送っているかもしれない。そう思っていた。私は虹色ドリンクで、晴れて音大生としての生活が体験できている。もしも、音楽大学に入ったら、声楽家、音楽関係の会社、音楽教師、音楽教室の講師の就職先がちゃんとあったはずなのだ。文学部と違って、専門的な就職ができる、そう思っていた。いわゆる手に職のような専門職だ。


 私は、大学の仲良しの女友達と就職について談笑しているようだ。昼休みのひとこま、というところだろうか。大学のキャンパスは、緑があふれていて、育ちのよさそうな生徒がたくさんいた。


「私たちも4年生かぁ、卒業後どうしようかなぁ」

「私は、親のコネで一般企業に就職予定だよ」

「え? みんな就職で困っているの?」


「かのんは、困ってないの? 声楽ってつぶしがきかないからねぇ。私は一般事務する予定だけど。こんなに毎日音楽漬けの日々を送って、一般企業は割に合わないよ」


「声楽を音楽教室で習いたい人って結構少ないんだよね。子供の習い事でもピアノは割とあるけれど、他の楽器やりたい人ってあんまりいないしね。私は、最悪就職難民になったら、バイトしながら、自宅でピアノ教えるよ。専門は声楽だけど、副科でピアノ専攻しているからね」


 文学部の私と音楽大学のこの人たちは、同じような悩みを抱えているのかぁ。


「音楽教室に勤めようかとも思っていたけど」

「今、少子化だから、年配の先生が辞めないと、空きがないから募集少ないよ」

「中学校の音楽の先生とかダメかな?」

「教員採用試験って都道府県の公務員は、勉強ができないと正直難しいよ。採用人数が若干名とかって無理無理。私立ならコネがないとすんなり就職は厳しいと思うよ」


「音楽関係の会社とかって無理なの?」

「コネがないと、一般企業、特にマスコミ関係は厳しいよね。学歴社会だしね。かのんって、あんまり就職活動してない人?」

「そんなことないけど……」

「かのん、今日、追試でしょ?」

「え……?」

「実技試験赤点だったから、この先、卒業できないとまずいんじゃない?」

「私たちって因果な学生だよね。だって、個人レッスンや実技試験は緊張の連続だし、他の学部の人よりも練習で遊ぶ時間がなくても、学歴は同じ大卒なんだよね」


 なんだ、音楽関係の仕事って簡単にできないのか。同じ大卒……。むなしい現実が私を襲った。なんだか、さっき食べたパイのように私の幻想がサクサク崩れていった。なんだろう、この虚無感は。細かく砕け散ったパイのかけらは、なかなか細かいかけらは、拾うことができない。そんな細かいかけらを全部拾って口に入れることができない焦りやせつなさを感じながら、現実を知ることになった。


 どんな道に進んでも、悩みはつきもので、進路には壁がある。楽な道はなかなかないようだ。意識が戻った。そう、私は夢を見ただけだったのだ。目の前には先程のレストランの風景が広がっていた。


「もしもの体験どうでしたか? もしかして過去に戻りたいって思いましたか?」

「私、やっぱり今が一番です。辛いことから逃げようと思っても別な辛さが必ずあるんですよね。今いる状況で自分で打破していかないと」

「ねがいはありますか?」

「私、J-POPが好きなのでアーティストのコンサートなどに携わるお仕事をしたいです。ずっと願っていたのは音楽の近くにいることができる仕事なのです。裏方の仕事をしたいのです」

「わかりました。内定できるように操作しておきます」

「ありがとうございます。おいしいお料理ごちそうさまでした」

「あたしは応援するよ」

 女の子がまんまるな澄んだ瞳を輝かせた。

「私も陰ながら応援しています」

 女子高生にまで応援されている私。


 きっとこの3人だって、大変なのだろう。私だって負けていられない。みんな今ある環境で頑張っているのだから。人生をやり直そうとか、あの時こうしていればよかったなんて思っていること自体時間の無駄なのかもしれない。私は、思い残すことなく帰宅することにした。


 ♢♢♢


「まひる、あの人が音楽の先生を志すきっかけになったのは幼稚園の年少のときの先生が影響しているんだよ」

「おにーちゃんはそれを知っていて、記憶をもらったの?」

「だって、音楽の指導者に未練が残らないじゃないか。志すきっかけを奪ったのだから。でも、やっぱり音楽が好きだという気持ちは残ったね。選択肢を狭めることで本当にやりたいことが見つかることもあるんだよ。必要がないと思える記憶でも、とても大事なことにつながるということもあるからね」


 記憶を渡す恐ろしさを私はこのときに感じていた。表情を変えずに記憶をいただいているアサトさんの本心も全く読めなかった。


「アサトさん、コンサートの会社って色々あるじゃないですか。どこに内定を決めるのですか?」


「あの業界って学歴関係ないような能力主義のブラック企業も多いのです。なるべくよさそうなところに内定をさせておいたけれど、彼女が本当にその仕事を続けられるのかは彼女次第ですね」


「おにーちゃんは本当に冷徹なところがあるよね」


 こどものまひるにまで言われているアサトさんは相当な冷徹主義なのだろう。今の女子大生が幸せになるために私には祈るしかないのだ。


「俺氏にもさっきのおいしそうなにおいの食べ物、ちょうだい」


 黒羽が小説を書きながら女子大生の食べていた食べ物のにおいに反応したらしい。水をズズズ―という音を立てながら豪快に飲みほす黒羽は早食い、早飲み選手権で勝負したら世界一かもしれないというくらい、豪快な飲みっぷりと食べっぷりを発揮する。時々ここへきて、なにやら執筆している。ひきこもり気味らしいが、ここへは食べ物を食べにやってくる。必要以上の客もいないし私たちも深くかかわらないから居心地がいいのかもしれない。


「黒羽さんがマスコットキャラクターじゃお客さん怖がりますよ」

 小声でアサトさんに耳打ちする。


「仙台四郎みたいなポジションですよ」

「なにそれ? 誰ですか?」

「伝説の実在したといわれる人神化した人物さ。その人がいるだけで商売繁盛するご利益があるから商売の神様っていわれているんだけどね。不思議な現象だけど僕は黒羽氏がいると招き入れる客を見つけやすいんだよ」

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