【白雪姫のりんごラーメン】② 

 

 本当にタイムトラベルしたのだろうか? ここは撮影場所かな? たくさんのスタッフが忙しそうに働くスタジオには大道具がたくさん置かれている。女優姫野は1人の独特な雰囲気の男性に目を奪われた。


「あの素敵な男性は?」

 近くにいたスタッフに聞いてみる。

「あの方は、映画の原作者の小説家の先生ですよ」


 そこにいたのは、奇才と思われる不気味な男だった。背は低めで猫背で目が前髪に隠れて見えない顔。上下黒いジャージの風貌はある意味とても目立っていて異彩を放っている。老けているのか若いのかも顔が良く見えずわからない。この人が原作者?


「はじめまして」

 少し警戒しながら原作者にあいさつをする私。


「ぐひひ……原作者の黒羽さなぎだ」

 不気味な黒羽は白い歯をきらっとさせながら猫背気味の姿勢で語り掛ける。座り方も個性的な黒羽は自分の世界に入っているようだった。

「私、女優の姫野美雪です」

「あっ、そう」

 興味なさそうに男は台本を読み始めた。そう言った反応は私には新鮮だった。みんながちやほやしてくることに疲れていた。握手を求められサインを求められるそういったことが日常茶飯事の女優にとって関心を持たれないということがドキドキするきっかけになったのかもしれない。きっかけなんて些細なことだ。


 よく見ると猫背気味の暗そうな男は意外と若く、前髪は隠れているが、澄んだ瞳がちらりと見えた。そんな不思議なオーラにひとめぼれしたのだった。俳優やアイドルにはいないタイプ。ましてや芸能業界やテレビスタッフにもいない、自分を貫く職人気質な男。私は萌えていた。萌えるという意味もよく知らないが、きっとこういった胸キュンをいうのかもしれないと心のどこかで感じていた。ひとめぼれした私は黒羽を熱いまなざしでみつめていた。


「ぐひ? 何か用?」

 黒羽が熱い視線に気づいたのか、姫野を見る。相変わらず話し方が個性的だ。ズボンのポケットに手を突っ込んで前かがみな姿勢で椅子に座る姿は独特だった。

「あの……黒羽先生みたいな人、私はじめてです。先生ともっとお話がしてみたいのですが」

「映画のこと? 俺氏も映画ってはじめてだからさ。まぁ世界観を損なわなければ基本OKだけどねぇ、ぐひひ?」


 相変わらずこの男の擬音語が良くわからない。ぐひひの場所ってそこで使わないだろうと突っ込みを入れたくなる。しかも疑問形。でも、この人の話し方は私の心をわしづかみにした。


「連絡先です。具体的に指示してください」

 自分から連絡先を渡す。普通の男ならば、ましてや初のヒット作となった新人作家ならば普段絶対にない素敵な出会いに心を躍らせることは間違いない。

「ぐひひ、俺氏友達いないからさ、連絡先の登録の仕方もわからないし、コレ返すわ」


 面倒でも調べて女優の連絡先を登録するのが普通の男だろう。それを顔も見ずに返す男は鬼対応とでも言おうか。失礼にもほどがある。


「私が登録しますからそのスマホ貸してください」

「このスマホ、仕事で使うから買ったけど、全然使いこなせないんだよね、ぐひひ」

 普通の女性ならばホラー風な歯だけが妙に白く光っている男に近寄ろうとはしないだろう。しかし、彼女は普通ではなかったのだ。


「先生のスマホに私の番号登録しました。先生の番号も確認したので、私から連絡します」

 塩対応というか、どうでもいいような対応をされた姫野は意地になっていたのかもしれない。そして、黒羽の禁断の前髪をつかんで目を見つめた。彼の瞳は切れ長で美しい。睨み付ける鋭い眼球に心を奪われる。

普通出会ったばかりの原作者である男に普通はしない大胆な行動だろう。黒羽は自分の領域に人を極力入れない主義なので、パーソナルスペースに入ってきたこの女優を非常に警戒していたように思う。普通ならば黒羽という不審者を女優が警戒するのであろうが。


「先生、私、もっとお話ししたいから電話します」

「ぐはぁ? 話すなら今でいいでしょ」

 やっぱりぐはぁの使い方も変だが、この男が使うと普通に感じるのが妙な話なのだが。

「先生の顔立ち、素敵ですね」

 そういうと、姫野はストレートに

「ひとめぼれしました」

 と耳元でささやいた。


普通の男ならば、もっと舞い上がったり顔が赤くなったりするものだが、黒羽は反応がない。彼は幼少時から日かげの世界にいて、異性などと接したこともなく友達もいない男だ。人として何かが欠けているからなのかもしれないし、変人だからなのかもしれないが、黒羽は悪寒を感じているようだった。上下ジャージでぼさぼさ頭の男だ。身なりは気にしていないのだろう。そして、その悪寒は的中し、毎日姫野は連絡をして、撮影に黒羽が来れば、めちゃくちゃ話しかける。自宅まで突き止めて遊びに行くが、煙たがられるそんな状態だった。女優姫野はお高く留まるどころか、ストーカー女のように思いを寄せていた。意外過ぎる事実だった。


 ♢♢♢


「あれ? ここは……?」

「おかえりなさい。ここは幻のレストランですよ。未来はいかがでしたか?」

「衝撃でした。めちゃくちゃいい男に出会ったんですよ」

「あの、個性的な作家さんですか?」

 モニターで様子を見ていた私は、確認してみる。私の言葉を遮るように、姫野は熱弁する。

「クールな作家です。少し影はあるけれど職人気質なタイプで……ひとめぼれです」

 クール? 暗いの間違えでは……?

「理想高いんですよね?」

 私は確認する。

「私、彼みたいな人に出会えるならばこの仕事もう少しがんばります。芸能界に疲れていて、引退したいとか辞めたいとかばかり考えていました」

「もったいないですよ、演技力もあるし、かわいいのに」

「私は有名になったと思っていましたが、彼は私のことを知らないし、私に興味もないんです。そんなツンデレな彼に会うべくもう少し頑張ります。この仕事をしていなければ絶対にあんな素敵な男性に会えないのだから」

「はぁ……」


 あの得体のしれない不気味男がツンデレなのかも謎だが、女優の趣味が個性的なのだろう。ため息が漏れる。


「私、ねがいが決まりました。あの人の恋人になって結婚したいです」

「白雪姫のように幸せになってくださいね。ねがいがかなうようにしておきましたよ」


 瞬時にアサトさんが魔法をかけたらしい。やっぱりアサトさんはすごい人だ。


「ありがとうございます。素敵なラーメンごちそうさま」


 女優はこれから仕事があるらしくつかの間の休息を楽しんで店を出た。



 ♢♢♢


「アサトさん、姫野さんならねがいをかなえなくてもうまくいったのではないでしょうか? だって相手はあの不気味な黒羽ですよ」

 私は畳みかけるようにアサトさんに詰め寄る。

「もし、ここでねがいをかなえられなければ姫野さんは失恋していましたね」

「あのキモイ男が美しい女優を振ったのですか?」

「黒羽は人が嫌いなのです。だから執拗に近寄る彼女に警戒して断るところでしたが、彼女のねがいによって、黒羽ははじめて人に心を開くのでしょう。一見釣り合いが取れそうもない二人が実は相性がいいということは先程のりんごラーメンで実証済みですよ」

「でも、ねがいって本当にかなうのですか? 未来のことなんてわからないじゃないですか?」

「ここでのねがいはかないますよ、確実にね。姫野さんはDVの記憶を消すことによって純粋な気持ちで人を愛することができる。私は黒羽さんにとって良い結果になったと思います。一生一人よりは誰かに愛されていたほうが幸せだと思いますし、幸せをつかむきっかけを与えられたのだから」


 魔法使いアサトさんは私にとっての王子様なのだが、女優の姫野にとっての王子様はあの猫背の不気味な黒羽なのだろう。でも、才能がある人に惹かれるのはわかるし、意外と何かがかっこよかったりするとそれが惚れる行為につながるのかもしれない。


人の趣味嗜好なんて誰にもわからない。本人だっていつ誰を好きになるのかなんてわからないのだから。好きになろうと思って好きになるものではないのが人の心なのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます