【コーヒー】アンティーク古書カフェ

 ヨルトのお店にとりあえずカフェを併設することが決まった。店内の一角を改装してテーブルと椅子を置く。本を読みながらコーヒーを飲むそういった場所だ。古書カフェってわりと珍しいから意外とコアな客が来るかもしれないということで、それなりに座ることができるソファーやベンチも置いてある。


 ヨルトのアイディアを聞いたお母さんが好きなことはどんどんやってみなさいという主義だったのが幸いした。事業家でお金もあるので、善は急げで、さっそく店内を改装したらしい。


「本棚の場所を変えて、座るスペースを作ったり、コーヒーを淹れるスペースを作っただけだけどな。いずれ、ここでの資金をためて自分の設計した建物で店を経営してみたいな。コーヒーソムリエの資格も取ってさ」


「私、食のコーディネーターの資格をとっておいしいものを作ってみたいの。あと、図書館司書の資格も取って本のことも学ぼうって思ってる」


「この店に必要な人材になりそうな予感だな」

 腕組みしながらヨルトは笑う。


「私ね、勉強することは好きじゃなかったし、何のために進学するのかも目標がないときには見えなかったの。でも、夢があると勉強することが楽しくなったんだ。不思議だよね」


「俺もそうかも。とりあえず偏差値の高い大学に行こうとか、そういったことを考えていた時期もあったけど、とりあえずって気持ちだと目の前の教科書の内容が頭に入らないんだな」

「わかるわかる。強制的に勉強させられているっていう気持ちになるよね」

「自主的に学ぼうとする自分は古書カフェのおかげなのかもな」


「……アサトさんと別れたの」

「……マジか? 何かあったのか? 俺も彼女と別れたから人のこと言えないけどな」


「ちょっと彼女と別れたってどういうこと? 実はね、私が彼を好きでいることが難しいって気づいたの。ただかっこいい彼氏がいるという事実が欲しかっただけのような気がして」


「アサトでだめなら、どんだけ理想が高いんだよ。俺の場合、彼女にフラれたんだ。1番に自分を好きになってくれない人とは付き合えないって言われてさ」


「私、好きな人がいるんだよね。ヨルトは彼女を1番に好きじゃなかったの?」


「まぁ、俺が彼女を1番好きになれなかっただけなんだ。夢香の好きな人って俺が知っている人だったりするのか?」


「秘密だよ」


「めっちゃ気になるなぁ。もしかして、俺のことが好きだったり?」

 冗談交じりに笑いながらヨルトが自身を指さす。


「そうだよ」

 私は、あっさり肯定する。


「……」

 何も言えなくなるヨルト。心ばかり赤面しているようにも思える。

「だから、最初の占いで言ったんだよ。おまえは気が多いって」


「ヨルトと私の相性ってぴったりだよね」

「占いでは……そうなっていたけどな」

「ヨルトのことは大好きだよ、私はもう自分の気持ちを隠さずに正直に生きるんだから」

「アサトのやつ今頃泣いてるな。夢香のこと本気だったからな」


「そうかな、アサトさんってクールで去るもの追わずだよね」

「意外とあいつはしつこいんだ。執着心があるしな。ガキの頃からお気に入りのオモチャを俺が壊したときなんか1週間は毎日号泣してたからな」

「アサトさんだって大人だよ。もう、そんなことはないし、私のことをそこまで好きだったとは思えないし」

「いや、今頃号泣して泣きはらした目をしているな」


 そんなことありえないと思っていたのだが、兄弟の勘は高確率で的中しているらしい。


「こんにちは。夢香さん」

 ヨルトのお母さんがやってきた。アサトさんの母親でもある美しい聡明な女性だった。いかにも仕事ができますという顔立ちでビジネススーツをばっちり着こなす女性だ。


「アサト元気かな? アサトにも会っていないから、今度アサトのレストランに行ってみたいわね」

 久々の母子再会だ。


「アサトに伝えておくよ。母さんが会いたがっているって。でも母さんは多忙だからな」

「お店、夢香ちゃんも手伝ってね。普段は美織さんにオーナーとしてここを任せるつもり。放課後や休日はヨルトがこの店を手伝う、ヨルトが学生のうちはそうするつもりよ。私もこういったカフェ作りたかったのよね」


 そんなことを話しながら分刻みの行動をするお母さんは慌ただしく仕事へ行ってしまう。


「美織さんもう少しで来るから、打ち合わせするんだよな、夢香もこの店の大事な一員だから参加しろよ」

「ありがとう。ヨルトは私のこと好き? 彼女とも別れたわけだし」

 大胆な質問をする。


「まぁ、好きっちゃ好きかな……」

「なにその告白。声小さくて聞き取りづらいし、もっと素敵な言葉を選びなさいよ」

「俺はアサトと違って気が利いた台詞って苦手なんだよ。二度と言わねーけど」


 本当にいじわるで照れ屋のヨルトが私をまっすぐ見てくれる。私も彼を温かいまなざしで見つめる。


 私たちは古書カフェで笑いあう。それはとても贅沢な時間で、この時間が永遠に続けばいいなんて馬鹿げたことを考えたりもする。好きな人がそばにいて、好きな仕事をする。最高の贅沢がここにある。たとえ不純な動機だとしても、何がきっかけだとしてもやりたいことがみつかることは幸せだし、人生に終着点なんてないのだと思う。


 私は自分に甘んじることなく己を貫きたい、そんなことを心のどこかで無意識に思っていた。そして、離婚したとしても親子としてのつながりや兄弟としてのつながりはアサトさんとヨルトに続いてほしい、そう感じていた。


「コーヒー飲むか?」

 ヨルトが私のためにコーヒーを淹れてくれた。両思いになったあとのコーヒーの味を私は一生忘れないだろう。大好きな人が淹れてくれたコーヒーを大好きな人と飲む。そんな贅沢な時間を味わう。

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