【大きなカブとひき肉の煮物】

 夜の王の跡継ぎ候補のヨルトが時の国に戻る気がないということがわかったアサトさんは新たな候補を日本で探すということだ。


 日本と時の国は昔から関わりが深く、驚くほど近い時空にあるらしい。だから、探しやすいらしいのだが、私は今のところアサトさんと付き合ったとしても時の国の住人になるつもりはない。日本を捨てる覚悟まではないが、アサトさんのことは好きだ。それはアサトさんは理解してくれている。


 アサトさんが国王になった時に席が空く、次期朝の王となる候補も探すという話だ。アサトさんは時の国を大切に思う気持ちは理解できる。だって、そこで生まれ育ったのなら当然なことだろう。私も日本が好きだ。それと同じなのだろう。


「今日は夜の王となりうる力を持つ男を客として呼びます」

「さすが、アサトさん、まさか奇才黒羽じゃないですよね」

 私はアサトさんに確認する。


「彼は能力は高いですが、王に向いているとは思いません。我が道を一人で行くタイプですから、人のいいなりになるような男ではありませんしね」


「ちゃんとした人かどうかあたしがチェックするから」

 厳しい目を向けるまひる。見た目は子供だけれど実は大人である、まひるのチェックは厳しそうだ。どんな人だろう?


 カランカラン――ベルの音がなる。入り口のドアが開く。足を踏み入れたのは、髪の毛の毛先を遊ばせたチャラそうな男だ。ロックバンドとか何かをやっていそうな革ジャンに革パンで、実生活でも髪以外も遊んでいるそんなイメージだ。


「いらっしゃいませ」

 3人の声が一斉に響く。私たちのほうが緊張している。


「ここ、コーヒーある?」

 軽そうな風貌の革ジャンの男が腰のあたりにシルバー系のじゃらじゃらしたものをたくさんつけている。キーホルダーや財布などをつけているのだろうか、ファッションなのかもしれない。じゃらじゃらと音を鳴らしながらカウンターに座った。


「ありますよ」

「アイスコーヒーで。100円なんだろ」

「うちは、食べ物も100円ですが」

 まひるがじっと男を見つめながら観察する。

「小学生が作ってるのかよ? 大丈夫か?」


「何にしますか?」

 アサトさんが優しくかつ注意深く話しかける。


「和食が食べたい。俺、家庭の味に飢えてるんだよな、こう見えてもわりと忙しくてさ。今話題のネット発のボーカルしてるんで」


「もしかして、動画から一気にメジャーデビューしたというYASHYAさんじゃないですか?」

 私が最近友達に見せてもらった歌手の動画を思い出した。


「そうそう、俺、本名が夜叉竜だから、ローマ字でヤシャってつけたんだよね」

「夜叉って変わった苗字ですね」

「よく言われるよ」


 私が芸能人を見て少し浮かれていると、

「じゃあ、和食が食べたいな……ってここにあるのか?」

「ありますよ、かぶの煮物でいいでしょうか?」


「別に構わねー、うまければな」

 ロッカー男がコーヒーを飲みながらかぶの煮物を頼む。これ、合わないでしょ。


「かぶとひき肉の煮物はいりましたー」

 まひるが子供らしい声をあげた。


「なんでも作ることができるのですね」

 一応年上だということを知ってから敬語を使う。


「私、何でもできるから」

 クールな瞳で受け答えするまひるはやはり大人びていると思った。本当の10歳はこんな表情はしないだろう。


「そうね、私は料理は小さい時から趣味で作っていたから。甘やかされて育ったあなたよりは上手なのも当然よね」

 さらっと胸が痛いことを言ってくるまひる。でも、まひるの母親の再婚前は生活が苦しかったのかもしれないし、苦労人なのかもしれない。


「大きなかぶという話をご存知ですか」

「知ってるけど。みんなで力を合わせてかぶを抜く話だろ」

 ロックな男はアイスコーヒーを飲みながら相槌を打つ。


「アサトのうんちくが始まったわね」

 小声でまひるが言う。


「1人の力ではできないことも、みんなでやれば成し遂げることができるって結構素晴らしい話ですよね」


「赤信号、みんなでわたれば怖くない的な?」

 夜叉はからかうように言う。


「バンドで例えるならば1人欠けるといい音が作り出せないことに近いかもしれませんね」

「それなら、納得かな。俺の場合メンバーいなくても機械で音色を作り出せるから1人で充分なんだけれどね」


 少し神妙な顔をしてヨルトが声をかける。

「あなたは過去に戻ってやり直したいことや未来を見てみたいということはありますか?」

 夜叉は少し考えて、

「ない」ときっぱり断言した。

 想定外の言動にアサトさんは少し驚いた顔をしていた。多分、こういった回答をする客はあまりいないのだろう。今回は悩みがある人ではなく、能力がある人を呼んだというのもあるのかもしれない。夜叉は思い悩むようなタイプでもなく、楽天的な感じだった。


「今の俺があるのは、過去があったからであって、未来は自分で作るからさ」

「実はここは異世界と日本世界の間にあるレストランなのですが、あなたに用事があり呼び出しました」

「たしかに、ここに足を踏み入れた時に違和感を感じたな。時の流れが変わった感じがする」


 当たり前のようにいう夜叉は普通の感覚の人ではないのだろう。能力に秀でた男だということがわかった。


「かぶとひき肉の煮つけできたよお」

 まひるが作ったものを私が運ぶ。


「おお、うまそうだな、100円なんてありえないだろ、いただくぞ」

 そこに置かれた一品は白くて柔らかいかぶを煮詰めたもので、ほどよく片栗粉のとろみがついたひき肉がかけられていた。目を輝かせて舌をペロッと出す夜叉は子供のようだった。温かい一品は彼の心を動かしたようだ。



 ※【かぶとひき肉の煮物】

 大きなかぶ、ひき肉、片栗粉、醤油、みりん、砂糖、調理酒。

 白米はみりんや調理酒を炊飯時に入れると艶が出る。




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