【バターコーヒー】

 ボランティアの帰り道、私はいつもどおりヨルトの店に寄った。ステンドグラスで作られた入り口のドアが夕日に照らされて今日は特に美しく輝いていた。


「こんにちはー」

 ぎぎーっときしむ重いドアを押して開けるといつも通り、カランカランという鈴が鳴る。アンティーク古書店に入るときは店のにおいを感じながら、ドアの重さと鈴の音を聞いて足を踏み入れる。それが心地のいい日課になっていた。


 いつも閑古鳥が鳴いているこの店に客がいる、と思ったら、客ではなく、ただヨルトと話しているだけの女子高生だった。制服は私服の高校なのかな? そういえばヨルトの高校は自由主義で私服だって言ってたし。あいつ、友達いたんだ。少し意外だったりするが、あいつの学校の様子を聞いてみようと思い、近づく。


 すると、こちらを振り向いたのは超絶品な美少女だった。顔が小さく目が大きい。こういう人、アイドルにいそうな感じ、と思えるような色白美人だった。その美少女はこちらを向いて、私を観察しているようだった。


「ヨルト、この人知り合い?」

 超絶品美少女が甘えるような声でヨルトに話しかける。


「まぁ、うちの常連客だけど」


「私、ヨルトと同じ高校で同じクラスに在籍している愛浦ミサといいます」

 美少女の名前はミサというらしい。


「私、聖央女子高校の時野夢香です」


 ヨルトって呼び捨てする仲なんだ。結構仲がいいのかな。なんとなく、自分以外の女子がヨルトを呼び捨てにしているのは引っかかるような気がした。


「ミサ、コーヒーでも飲む?」

 少し、不穏な空気を察したのか、ヨルトが提案した。


「ヨルトが淹れたコーヒーならばいただきたいなぁ」

 ミサって呼び捨てで呼ぶ仲なんだぁ。なんだか、自分だけがヨルトに近い存在だと勘違いしていた私は馬鹿だなって思った。ヨルトは誰にだって、同じくらいの距離で接するのだ。私が免疫がないから、特別扱いされていると勘違いしてしまっただけなのだ。


「コーヒーに無塩バターを入れると――ダイエット効果絶大らしいぞ」

「ヨルトって物知りだね、ほんと尊敬しちゃう」

「ミサはいいとして、夢香、ちょっと太ったって言ってたからな。実際うまいもん食いすぎてるだろ」


 たしかに、アサトさんの料理はおいしいから、つい、食べ過ぎてしまう。


「カフェインにもダイエット効果があるけれど、このバターならば良質の不飽和脂肪酸が豊富でダイエット効果があるってことらしいぞ」

「そういうの詳しいのアサトさんに似てるかも」


「アサトさんって?」

 ミサが身を乗り出して興味深く質問する。


「兄貴だよ。ほとんど生き別れ状態だけど。兄貴の彼女候補なんだ、こいつ」


「ヨルトって結構複雑なんだね。支えたーい」

 この女子高生、ヨルトが好きなんだ。きっと気に入られたくて、話がしたくてここに来たんだと思う。もし、明日も来るようならやっぱりここへ通うのはよそうかな。だって、この女の子、うっとりした上目遣いでヨルトを見ている。こんな美少女に言い寄られたら普通落ちるよ。ヨルトが落ちるのも時間の問題かもしれない。


 私は重要な話だけしておこうと思った。


「実は、アサトさんに時の国に行かないかって言われていて」

「そうか」


 いつも通りの笑顔だけれど関心がなさそうなヨルト。ミサは私が兄の彼女候補だと聞いて、安心した顔をした。


「時の国って何? お兄様の彼女さん、よろしくおねがいします」

 急に年下みたいに振舞いだす。でも、ヨルトのことが好きなんだから、恋する乙女は仕方ないよね。時の国については私たちはうまくスルーに成功したようで、それ以上ミサは詮索してこなかった。しかし、その後想定外のことを提案されたのだ。


「ミサとヨルトも付き合っちゃおうか?」


 どさくさに紛れて告白? どうせヨルトのことだから、世界にこんなに女性がいるのに一人に決めることなんて無理だよ、とかみんなと仲良くしたいんだとか適当なことを言って断るのだろうと思った。バレンタインの時もあんなにたくさんチョコレートをもらっていたのに、平気な顔でそんなこと言っていたから。


「付き合おうか」


 ヨルトが意外にもミサの話に便乗した。まさか、実はヨルトってミサのことが好きで、狙っていたのかもしれない。これだけ美人な女の子はそうそういないもん。ヨルトだって17歳の男子だ。ミサに惹かれるのは理解できる。


「うれしい」

 

 ミサがヨルトの手を握った。ヨルトの初彼女? 結構お似合いかもしれない。芸能人のカップルみたい。でも、そんな二人を見ているのがなぜかとても辛くなって……私は、その場を立ち去ることにした。


「ごめん、用事あるから今日は帰るね」


 そう言って帰宅することにした。目の前で美男美女カップル誕生を見守ることになるなんて。でも、今後お店に頻繁に行ったら迷惑だよね。ミサちゃんがいるんだから。もう行くのはよそう、そう思った。


「ヨルトも私のこと好きって思ってくれていたの?」

 ミサが確認する。


「え……? あ、まぁ、そんなとこかな」

「なにそのやる気のない返事は。照れ隠し?」

「俺も彼女くらい作ろうかなって思ったというか」

「誰でもよかったの?」

「そんなことはないよ。ミサはいい奴だから」


 私はヨルトの連絡先を知らない。いつも、一方的に店に押しかけていたから、毎日会えたけれど、迷惑だったかもしれない。ヨルト、もう会う機会もないかな。そう思った。なんだろう、すきま風が吹くような寂しさは。美人がいいに決まっている。私はミサに比べて、バターコーヒーを勧められるくらいスタイルも良くないし、顔も良くない。人と比較するなんて性格悪いな、私。

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