第15話 -7 処置と謝罪

 




「クロくーーん! ソウジー、もう二人どこ行ってたのぉ」


「せっかく二人と遊べるって聞いて参加したんだから、ねぇ火の近く行こうよォ」


 野営地に戻ると女の子軍団に取り囲まれた。他のチームの女の子達だ。ソウジくんは二人の女の子を両肩に抱いて、目も当てられないことをしている。女の子達は嫌がりもせず嬌声をあげる。


「もうお前らでいいや、なんか興奮とまんなくてよ」


「え~なにそれ、野営地で興奮してんのぉ? ってか青銅の羽根じゃん! どうしたのこれ!? 倒したの?」


 キャーキャー言いながら固まって、宴会をしている輪に入って行く。私は離れて一人でポツンと木の影に座った。いろいろあって疲れた日になった。ウトウトしていたら真上の木の上からミヤコさんがスルリと降ってきた。驚く私に詰めより木に手を突き、逃げられないようにされた。爬虫類特有の恐ろしい目をして睨まれる。


「あーー殺したい」


 ぐっと顔を寄せ、凄まれる。ミヤコさんに武器となる爪はないが、今や凶暴そうな先の尖った牙が生えている。これも収納できるもののようだ。私は媚薬の効果が残っていてまだ頭がハッキリせず、他人事のように感じる。


「下民のくせに、立場わきまえなさいよ。上流貴族と喋る機会なんて貧乏人には天にも昇る気分でしょうね。必死になって色目使ってんじゃないわよ」


 そんなつもりは毛頭ない。むしろ迷惑してるくらいだ。確かに助けてもらったが、裏で手を回されなければ普通のチームに入れた。しなくていい苦労をさせられたのは私だ。彼女の目を見つめ返すと一瞬殺気が緩んだように見えた。


「ムカつく、あたしがクロウくんのお気に入りだと思ってたのに、ただの小間使いにしか思ってなかったなんて。生意気な目でこっち見てんじゃないわよ!」


 髪を掴まれ上に持ち上げられる。ぶちぶちと音がして髪が何本か抜け、痛くて頭がハッキリする。けどチームメイトに攻撃を加えるわけにはいかず、私は堪えて土を握りしめた。反論して火に油を注がないよう我慢さえすれば彼女の気が収まるはずだ。私は無事に試験さえ終わればそれでいい。こんなことつらくない。


 ミヤコさんの背後にクロウくんが静かな殺気を放って立つ。気配を消していても皮膚に刺さりそうなほどで、クロウくんの足元の植物が可哀想なほど強烈だ。ミヤコさんはなぜか全く気がつかない。剣幕を立て私に暴言を吐き散らしている。


「なにも知らないくせに、クロくんがどんだけーーキャア!」


 手を延ばしたクロウくんがミヤコさんの髪を掴むと私の拘束がほどけた。苦痛にゆがんだ表情の彼女の髪を乱暴に掴んで持ち上げ、耳元で何か話しかけている。あの冷たい目が戻っていて、一瞬私と交差する。


「ごめんね、クロくん! 私……約束」


 悲鳴を上げるミヤコさんは恐怖に顔を歪めて走り去った。クロウくんが手を開くと長い髪をパラパラと地面に落とす。その手はドードーが暴れた時の傷がまだ治っていなかった。冷ややかな目でミヤコさんを見送るとこちらに顔を向けた。


「肉、食うか?」


「その前にクロウくん、その傷誰かにヒールしてもらわないの? ソウジくん舐めるから嫌なの?」


「あ? ああ……俺滅多にヒールしねぇように言われてるんだ。血が穢れるって言われてるからな。このくらいの傷は放置だ」


「ダメだよ! ばい菌が入っちゃう」


「バイキン?」


 この世界には菌の概念はないのだろうか?救急箱を出しても解毒剤は出てくるが消毒液が見つからない。微生物の研究はしていないのだろう、エルフが血の治療が得意なら確かに必要ないのかもしれない。


「こっちに座って、ヒールは出来ないけど私のせいだし手当だけでもさせて」


 魔水のボトルを取り出した。ただの水のフリをして血を洗いながらバレないよう付加魔法をつけた。魔水を油に出来るのならアルコールにも出来るはず。消毒液を念じたらうまくいったのか、クロウくんが沁みると文句を言った。


「なにこの水、毒でも入れてんの?」


「傷が深いから沁みるんじゃないの? あはは」


 傷薬はあったが薬草特有の刺激臭がした。塗って包帯を巻き処置は完了した。興味深そうに見ていたクロウくんは腕を持ち上げ、しげしげと自分の手を見る。


「ヘタクソ」


「医療技術なんて持ってないもん! 化膿するよりいいでしょ」


「おまえ、やっぱり変わった言葉しゃべるよな。ドードーの肉、食う?」


「い、いらない」


「だよな」


 口角を少し上げた。表情筋は死んでそうなのに、たまに笑うからか可愛くも見えてしまう。私はアイテムバックを漁り、きな粉のクッキーを取り出した。クチナワさんに食い散らかされだいぶ減ってしまったが、試験のために隠して置いたのが見つからなくて良かった。


「食べる? 甘いものだけど」


 無言で受け取りクロウくんが食べてくれた。一口かじると口に放り込み無表情で見つめ返してきて再度要求する。気に入ってくれたのだろうか?完璧に読み取ることはまだできない。


 しばらく野営地の宴会をボケーっと見ながら無言の時間がすぎた。みんなお酒を持ち込んで、いたるところで賑やかな声がする。たまに男女が二人っきりで夜の森に消えて行くので、クロウくんに狩りなら私たちも手伝わなくていいのかと聞いたが何も答えてくれなかった。


 彼が腰を上げないなら私も休んでていいのだろう。私はだいぶ眠たくなってきていた。今日は本当に疲れた。目がしばしばしている。


「昨日は首締めて悪かった、魔石の出どころが気になって……昔ーー」


 クロウくんが何か話している。私はクッキーを手に持ったまま眠気と戦い、頭はカクカク揺れて間抜けズラを晒してると思う。私の食べかけのクッキーを取り上げ咀嚼する音が聞こえる。限界がきてクロウくんの肩にぶつかった。閉じようとする目に映ったのは横に座っている彼が手の包帯をジッと見ているところだった。それを最後の光景に、また私は眠ってしまった。話をしたかったが今日はとても疲れてしまっていた。もう怒ってないよと、伝え損ねてしまった。




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