第8話 -3 おとぎ話の龍
「あ! あの時はどうもありがとうございました!」
「ドラゴンは元気になって次はあんたかい」
櫂も覚えていたのか嬉しそうに籠から飛び出した。ドワーフの女性はフフと笑ってくれた。濃い肌の色に紫の髪をターバンで巻き、金の目を輝かせている。口調と違ってまだ若いドワーフの女性だ。
「あたしゃ、クリオロ。あんたが芽衣さまだね? 怪我の具合を見しとくれ」
「クリオロさん、よろしくお願いします」
「どれ……ケイロンがしっかり処置したようだね、右手の骨はすぐ治るだろう。腕はヒールしてあげるようかね。背中は……んー、とくに問題なさそうだが」
確かに訓練の疲れもあり筋肉痛で全身は痛いが、腕のような痛みは背中にはない。クリオロさんが消毒し、腕に手をかざすとフワっとフレーバーな香りがして傷口が閉じて行く。
「すごい……傷がみるみる塞がるんですね」
「ヒーラーは初めてかい? 庶民には高いイメージで頼むものは少ないがあたしたちゃ良心的だよ。昔から怪我はドワーフ、病はエルフってね。ただ、あいつら鼻持ちならねぇからぼったくりやがるんだよ、フン」
昔話であるとおり、ドワーフとエルフは仲が良くないらしい。
「傷の治癒効果は高めてあげれるが完璧じゃない。今日は無理するんじゃないよ、ほれ終わりだ」
傷跡は綺麗に塞がり、筋肉痛の疲労感さえなくなって体が軽くなった。ゲームみたいな魔法に感動した。
「この前はいいものを見せてもらったからね。濃度は濃くしたよ」
「ありがとうございます。すごい魔法ですね」
「あたしゃ特に才能があるみたいでね。本業は鍛治なんだが、それを言ったらあんたのこの前の魔法も勉強になったよ。なんだいありゃ?」
エルフの街で櫂を暖めるために使った光魔法のことだろう。お医者さんなら有効に使ってくれるかもしれない、少しは教えても大丈夫だろう。
「あれは光魔法を応用したものです。遠赤外線といって目に見える光よりも波長を長くしたもので、皮膚の少し先まで届くと言われています。熱で感じる光ということですね」
「ほう、短くしたら?」
「紫外線といって、見えないし感じない光ですね。直接目や体に当たらないようにすれば、器具の殺菌や鉱物の診断にも使えますよ」
そのさらに先の電波とX線などの説明は割愛させていただこう。文明が大きく変化してしまいそうだ。
「見えないし感じない光、面白いことを知ってるね。光魔法は普段は明かりにしか使えないものと思っていたがねぇ、使わせてもらうよ。あと、これはどうしたんだい?」
クリオロさんはベッド下に隠しきれなかった貝殻のような素材を拾い、しげしげと観察した。本当にこれはなんなのだろう、自分にもわからない。どうして私の周りに散らばっていたんだ。
「……あたしゃ本職は鍛治職人だから素材はよくみるが、頑丈そうだ。ドラゴンの鱗でこんなのを見たことがあるよ。あんたもしかして傷のせいで脱皮……したのかい?」
センさんが小さく息を呑んだ。脱皮?人間だとクチナワさんに言われたばかりなのに、ここの普通の人間は脱皮するのだろうか。そんなわけないだろう。
「あ、拾ったものをクローゼットにいれてたんですが櫂が遊んで出してしまったのかも……アハハ」
「あぁそうなのかい。いや一瞬、始祖と言われるドラゴンの亜人かと焦ったよ。女神のペットは龍だったとおとぎ話がよぎってね」
「嫌だな~からかわないでくださいよ! 私は翼のない鳥人族です、はははー」
三人で空笑いし、櫂がご機嫌に盾を噛む。そこへまた部屋がノックされた。タイミング良くリップさんとクチナワさんが来てくれた。
「調子はどうだい? 楽しそうな声が聞こえたけど」
「アハハ〜リップさんとクチナワさんもおはようございます、傷はバッチリです! 今日もよろしくお願いしますです」
動揺する私をよそに、クリオロさんはエルフのクチナワさんを睨みつけたかと思えば、プイと顔を背け盾の素材をしげしげと観察しだした。センさんは盾に興味をなくし、櫂に触れたいのか追いかけ回している。入室したリップさんは私の傷口をじっくり見回し、少し安堵したようだ。
「安心しな旦那、しっかり傷は塞いださ。ところで芽衣、この大きさの鱗ならいい盾ができそうなんだ。私に加工させてくれないか?」
「それは浮島から持って来たものだな、鱗だったのか。芽衣、ドワーフはいい武器職人だ。頼むといい」
リップさんの言葉に無言を貫いていたクチナワさんも、目を向けた。
「ふん、野蛮な技しか持っていないがな。早く持って帰れ小さいの。さっさとその素材で丹精込めて仕事しろ」
「チッ、うるさい木偶の坊だね。役立たずの腰抜けエルフがひがむんじゃないよ」
思ったより種族の溝は深いのか、言葉を交わしているが険悪な態度の二人だ。あまりのトゲトゲした空気に私は耐えられそうにない。
「く、クリオロさん是非お願いします!」
「本当かい? ちなみにお代はいらないからね、さっきの情報料さ。あたしゃそろそろ引き上げるよ、きな臭いエルフがきたしね」
持っていても仕方がないので、むしろ助かる。了承を聞いた途端クリオロさんは嬉々して素材を頭の上に持ち上げ、クチナワさんの足を踏んずけご機嫌で帰って行った。リップさんは私の腕を見回していて全く気づかない、戦闘以外は鈍感な人だ。こめかみを痙攣させ、舌打ちをする音が聞こえ私はクチナワさんから目を逸らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます