第74話 1年生と面接官

 新年度が始まり、1週間ほどが経った。


 時おり寒さを感じるものの、もうすっかり暖かくなり、桜は葉桜に完全に変わろうとしている。新年度1回目の生徒総会で、新入生への歓迎の挨拶の直後に行われた部活説明会にて、弘前高校野球部は一際大きな歓声を浴びたことは記憶に新しい。


『――私が、弘前高校2年、山崎 桜 です!!』

「「「おおおおおおお――――――っ!!!!」」」


 いや正確には、山崎の一言に対してだが。


 普通に考えれば、いくら全国区で名前が売れる事になった有名女子でも、知らない人もいるんじゃないかとも思えるのだが……山崎に言わせれば【今年の新1年で自分を知らない奴はモグリだ】との事。

 地元のご町内はもちろん県下では知らない者などいないアイドルスポーツ選手兼スターJKだ……という事も言いたいのだろうが、前年度の文化祭でミス弘前高校に成りおおせた結果、年明けから発行された学校紹介パンフレットやHP上での学校紹介PVに写真やら動画やらが載っているためでもある。今期の弘前高校受験合格者でありながら、山崎の顔も名前も知らない奴は不正入学者に違いない、と言いたいらしい。


 実際、山崎というか、弘前高校野球部の甲子園バブルの影響で、今年の弘前高校入学は県下でもトップクラスの難関に化けてしまったらしい。もともと県下有数の進学校ではあるものの、最高クラスの難関というほどでもなく、順位付けからすれば上の下から中の上くらいの位置づけ(これは年度によってムラがあるようだ)のはずだったのだが。現に俺も、ちょっと頑張って入学できたレベルである。山崎は余裕しゃくしゃくだったが。


 しかし今期の入学希望者による受験倍率は、【前年度比で実に3倍近い】倍率を見せたという。学校の教育プログラムや教育設備が大幅に強化されるという話も聞いてないから、そういう理由で受験希望者が集中したという訳でもないだろう。やはり甲子園バブルの影響が大きいと思われる。


 弘前高校の学校環境で変化したのは、野球部に関わる運動部関連の設備環境の充実くらいである。もちろんその環境を作ったのは、夏の甲子園にノーシードからの初出場を決め、そのまま決勝戦まで勝ち進んで数々の伝説を作り上げた、【実質的に1番目立った学校】【優勝校の名前を忘れても弘前高校の名前は覚えた】などという評価を得て、全国的に名前を売った、【新たな野球強豪校】という看板を手にした、弘高野球部である。

 野球で甲子園に行きたい生徒で、スカウトに引っかかる実力が無くとも勉強ができる人間、弘前高校の生徒として甲子園の応援席に立ちたい人間、単にアイドル化した弘高野球部の近くで高校生活をしてみたい人間など。野望と情熱とミーハー意識が今期の受験倍率に影響を与えたと思われる。


 あとは平塚先生のネームバリューの関係で、『人格教師がいる学校』という印象が一部にできてしまったんだろうか。在校生とか卒業生の評価は「普通にいいとこ」ぐらいの評価だったと思うんだけどなぁ。みんな世間に踊らされすぎな気がする。


 ともかく。野球部としては『できれば即戦力が欲しい』という本音があったわけだが、受験倍率が高騰したおかげで、野球能力の高い新1年が入部してくれるかどうか、本当に分からなくなってきた。今期の弘前高校の受験倍率を地方ニュースのネタで見た時は、思わず飲み物を吹き出したもんな。

 せめて、去年と同じくらい……いや、選手3人、マネージャー1人くらいは。なんとか入部してくれないものかなぁ。野球能力も同じくらいで。そうなれば何とかなるはず……新1年には優しく接しよう。まずは仲間意識を育てていかないとな。



※※※※※※※※※※※※※※※


「し、失礼します」

『どうぞ、お掛けください』


 ドアを開け、入室した新1年男子がパイプ椅子に座る。椅子の前には折り畳み机が一文字に並んでおり、そこには監督と今井マネを除く全野球部員が待ち構えている。皆一様に手元の資料と目前の入部希望の新1年生を見比べ、鋭い視線を飛ばしている。


『お名前は?』

「芹沢 純一、といいます」

『当野球部に入部希望した理由を、お聞かせください』

「……去年の夏の甲子園の中継を見ました。甲子園に行きたいんです」

『ふむ。弘前高校はスポーツ特待などの野球部優遇措置もなく、スポーツ設備も野球名門校に比べれば貧弱です。去年の快進撃はマグレ当たりと判断できてもいいのでは?明星などを希望しなかったのは何故です?』

「……そ、それは……」

『では次の質問を。希望するポジションなどはありますか?』

「……えっと、外野、守備で、あれば……」

『では次の質問を。野球経験者という事ですが、中学では、どこのポジションを守っていましたか?』

「……補欠、です」

『では最後の質問です。――野球は、好きかしら?』

「!!もちろんです!!」

『結構です。入部希望のままでしたら、後日、指定する時間に野球部グラウンドへ集合してください。お疲れ様でした』

「し、失礼します……」


 芹沢くんはギクシャクしながらも頭を下げ、部屋から出て行った。


「――まあ、人数が少なければベンチ入りできるかも、という事かな」

「ウソをつき慣れてない感じは好感持てるけどな」

「山崎の言う通り、自信の無い事なんかは反応が悪いなあ」

「未だにレギュラー経験者っぽい奴は無し……人の事は言えないが」

「ちょっと休憩しましょうか」

 山崎がスポーツドリンクをゴクゴクやり始めた。


 ここは野球部の入部希望者を面接するために設けられた、特別面接会場である。防音機能の高い視聴覚室を長時間借りて、わざわざ個別面接を行っているのだ。ちなみにマネージャー希望者は今井マネと平塚監督が面接を行っている。あっちも個別ではあるが部室だ。きっと雰囲気も、ずっと柔らかい感じで行われている事だろう。


 こっちは紛う事なき圧迫面接だからな。


「圧迫面接官を演じるのは、心に痛みが響くなあ」

 思わず愚痴みたいな言葉が漏れる。


「しょーがないでしょ。やる気の無い冷やかしを養う余裕なんか無いんだから」

 山崎からも愚痴のような言葉が返ってきた。


 入部希望者はマネージャー志望が3人、選手希望が20人もいた。人数的には部活動としてやっていけない事はない。指導者が少ないのが難点だが、消耗品の補修・管理などの雑用を含めれば、やる事などいくらでもある。しかし、そこで必要になるのは『仕事を面倒臭がらずにやるだけの情熱』『自分だけでも練習を続ける熱意』なのだから、やる気を試し観察するための、簡単な面接を行うべきだと山崎が主張したのだ。


「まあ、選別する余裕があるなら最初に選んでおきたい、っていう助平心が働いたのは認めなくもないけど」

「そんなこったろうと思った」


 まあ、ごく少数だが問題がある雰囲気の奴も居たし、仕方ない気もする。それに今年は【あわよくば】ではあるが、甲子園出場の、その先を目指してはいる。ちょっとくらい練習がキツくなったからといって練習を休まれても困る。『練習を嫌がる雰囲気』なんぞを作られても困るのだ。間違いなく山崎が暴れるからな。

 山崎が質問で『場合によっては雑用だけで1年が終わる可能性もありますが、問題ありませんか?』と聞いて、明らかに顔色が変わった――それも不快感などの、悪い意味合いでのやつだが――奴も居たしな。ナメられて入部された上で変な雰囲気を作るような、そんな連中だったらお断りだ。


「問題は、何人残ってくれるか……という事だけどな」

「いや、わりと性格の良さそうな子はいたじゃない?……ネガティブ思考で引っ込んだりしなきゃ、という事だけど」

 それだよ。真面目な良い奴でも、面接の圧力に負けて『やっぱり俺じゃダメだ』とか、軽く落ち込んで入部やめちゃったらダメじゃん?優しさが足りないよ、きっと。


「あと2人だっけ……次は女子の選手希望か。珍しい」

「お前が言うか」

 あと2人こなせば、この圧迫面接も終わりだな。入部試験的な面接というよりは、圧力をかける事こそが目的の圧迫面接が。次は女子なら、ちょっと優しくしてやろうよ。



※※※※※※※※※※※※※※※


「次の方。お入りください」

「失礼します」

 静かだがハッキリとした声とともに、クール系美人な雰囲気の女子生徒が入ってきた。


「お掛けください」

「ありがとうございます」


 一礼してから椅子に座る。何やら面接慣れしているというか、キッチリとしているな。そして……彼女、なんというか……でかい、な。

 まず身長が高い。間違いなく180センチを超えてる。髪はショートカット?スポーツ女子らしい短髪に刈りそろえられているためか、余計に長身が目立つ気がする。首筋がよく見えるせいだろうか。手足も長い。鍛えられたバレー選手かバスケ選手のようだ。バレリーナっぽく見えたりしないのは、肉付きの良い腕や足のせいだろうか。長身ではあるが、体つきは実に女性らしい。


 何より胸がでかい。


 長身ゆえに控えめに見る奴もいるかもしれないが、俺には分かる。あれは数値的にはかなりのものだ。肩幅も胸囲もあるからカップサイズは程ほどだろうが、間違いなくトップの数字は90を超えているはずだ。いや、むしろあれは……小さめのスポブラで押さえつけている、のか……?微妙ではあるが不自然な窮屈さを感じるぞ。これは中々の逸材――


「悟。空気よめ」

「すいません」

 机の下で山崎の指が俺の脇腹に食い込んでいた。どうやら視線を読まれたようだ。それはそうと痛い痛い痛い。本気の握力やめて。セクハラ気をつけますから。


『お名前は?』

「清水 良子です」

『当野球部を希望された、動機を教えてください』

「弘前高校野球部の皆さんと野球をするためです。一緒に甲子園へ行きます!!」

 迷いの無い言葉。行きたい、ではなく行きます、と来たか。


『野球をするなら、他にも設備の整った名門がありますが?』

「弘前高校野球部は、わたしの理想です!!」

『どのような所が理想的だと感じましたか?』

「女子という点を大きなマイナス点として見ない公平性、実力を実力として判断し、仲間として手を取り合う意識の高さです!!」

 何やら熱量がすごい。あと面接慣れ感もすごい。練習してきたのかな。


 その後いくつかの質問回答を終えて、清水さんは退室していった。


「……彼女、ずーっと山崎だけ見てたんだけど?」

「山崎ファンか」「山崎は女子モテするから」

 皆から、すかさず清水さんの感想が飛び出す。


「むしろ……小学生の頃の、あたしの雰囲気のような……」

 ぼそり、と山崎が言葉を漏らす。


「熱血系だったって事?今以上に?」「確かに熱いわー」

 たぶん違いますよ。


 自分を認めない監督や実力が伴わないレギュラーへの恨みの念とか、きっとそういうのです。監督とモメて地元の少年野球団を追放……クビになった頃の話じゃないかなあ。荒れていた頃の山崎と似ているというと、ある種の問題児なんじゃなかろうか。気力だけは満ち溢れていそうだけど。


「まあ、やる気はあるみたいだし。簡単には退部しなさそうね」

「それだけでも助かるか。じゃ、最後の1人といこうか」




※※※※※※※※※※※※※※※


『次の方。お入りください』

「――失礼、致します」


 静かにハッキリと通る声で、最後の入部希望者が入ってきた。


『――お掛け下さい』

「有難う御座います」

 折り目正しい礼をして、着席する。


『ところで、どうして丸坊主なんですか?というか、剃ってますよねそれ?眉毛は剃ってないみたいなので風紀上の問題は少し安心しましたが、そのヘアスタイルは趣味ですか?それとも何かの手術の前準備とか手術後の経過確認か何かで?』


 山崎ィ!!質問がおかしいじゃねえか!!!!


 確かにインパクトはある。中肉中背、筋肉は少し薄いが太ってもいない。スラリとした体型に、涼しげな目元。普通に髪を伸ばしていれば、そりゃもうシュッとしたモテ系のような気がする顔立ちなのだが、ツルツルに剃り上げられているスキンヘッド?が、すべての印象を持っていってしまっている。ちなみに頭はとっても綺麗な電球頭。完璧な丸型坊主だ。それも刈り上げた野球部坊主ではなく、古風な僧侶風坊主頭。理想的な禅寺の坊主みたいな頭だ。


「実家が寺でして。私も見習いの小僧をやっています。この頭は修行の一環です」

『『『本物だったぁ!!!!』』』

 思わず全員でリアクションを返してしまった。


「有難う御座います」

『『『いえいえ、こちらこそ』』』

 何やら感謝の言葉が返ってきた。意外にノリがいいのかも。


『えーと……お名前は?』

「安藤 周建 と申します」

『………………』

 おや。山崎が止まったぞ。次の質問はどうした。


『周建?小僧の周建?』

「はい。小僧の周建です」

 おや?もしかして知り合いとか?俺は知らないが。ウチと山崎のところは同じ寺の檀家だったはずだが……


『禅寺なの?それとも浄土宗?』

「……浄土宗です。周建を御存知でしたか」

 さっきから野球部的な質問してないけど……禅寺?浄土宗の周建……?周建?!


「あー!!一休宗純か!!」

 思わず俺も声を上げつつ、思わず指差した。


「はい君採用ー!!あだ名は【一休さん】で!!」

 ひゃっはー!!と山崎が笑いながら手を叩く。思わず俺達ハイタッチ。


「えーと。何なのこいつら」「意味わかんねえ」

 ワハハと笑う俺達を、珍獣を見るような目で見る野球部の仲間達。


「『宗純』とは、『とんち小僧の一休さん』の、大人の時の名前です」

 無駄にハイになっている俺達の代わりに、安藤くん本人が解説を始めた。


「仏門に入って小僧を始めた時の名前が『周建』と言いまして。まあ、父が命名した理由も、一休さんのように賢く育ち、悟りを得られるように、というか。そんな感じです」

「「「ほぉぉ――――」」」

 皆から感心した声が上がる。


「ねえ頓知は得意?それとも実は女好きってオチがつくの?」

「聖人にして俗人だからなあ。おっぱいは好き?」

 俺が軽口を叩いた直後、山崎の指が脇腹に食い込む。自分でも似たようなネタを振ったくせに扱いが酷い。しかし今は安藤くんの答えが気になる。そもさん、という奴だぜ。


「おっぱいは好きです。女人はいいものです」

 ためらい無く説破された。こやつ本物か。


 あらやだ、コイツおっぱい聖人だわ。という山崎のリアクションを最後に、いちおう一通り普通の質問をして、面接は終わった。もっとも、最後の面接はとても圧迫面接とは言えない雰囲気のものだったが。

 最終的な新入部員の受け入れは、今度の新入部員歓迎会の日になる。その日に来れば、やる気があるものとして受け入れ、来なければ入部は受け付けない。そういう事になっている。さて、何人が残ってくれる事やら。


 できれば5人は残って欲しいものだなあ、とか。おっぱい星人と、おっぱい聖人の違いや如何に。などとくだらない思考を巡らせつつ、皆といっしょに面接会場を片付ける俺だった。

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