第70話 それぞれへの影響

【 大阪某所 高野連本部 会議室の一室にて 】


「……手元の資料に不足はありませんね?もう一度ご確認を」

 議長の言葉に、各自が資料を確認するも、不足は無かったようだ。返事の無いことを確認して、議長が続けた。


「では、会議を開始させていただきます。……くれぐれも、落ち着いてお願いします」

 などと。議長が議場の面々を眺めながら念を押す。というのも、会議が始まる前から、一部の人間から剣呑な空気が漂っているからだ。


「……それでは、来年に開催される、WBSC―U18の召集メンバーに関する、予備選考について……」

「待った。最優先議題から始めて欲しい」

「そうだな。U-18は基本的に、その年の甲子園上位チームから中心メンバーが決められる。今から始めるのは予備選考のさらに予備選考みたいなもんだ。問題は、だ。上位のチームに入っていなくとも選考対象になる可能性のある選手だ。激戦区で予選敗退しつつも戦力としては必要な選手について、とかだろう。あとは……若干特殊な立ち位置の選手とか、な」

「もうハッキリ言っていいだろう?……【 山崎 桜 】を、どうするか、だ」

 議長の話をいきなりブッた切るような横槍。


 しかし、誰も文句を言わない。議長ですらも、憮然としながらも口をつぐむ。


「山崎は【女子選手】だ。日本の大会では規約上問題なくとも、国際大会では規約に抵触する可能性がある。……もっとも、こちらも【暗黙の了解】扱いで、あやふやな部分ではあるが。【常識的に言って、女子は女子大会に、無印の方は男子のみ】という事になっている。実力的に、勝つつもりなら自然にな。だが、しかし、だ……」


 一人の参加メンバーが言いにくそうに、言葉を小さくすると、別の人間が続ける。


「……山崎は並の男子選手を圧倒する戦力だ。優勝するためには戦力に入れたい。打者としても、リリーフ投手としてもだ。優秀な投手は何人いても足りない。投手もできるスラッガーなんぞ、多少のゴリ押しをしてでも選手登録したい。それが本音だろう?」

 会議室の面々からは、特に反論も無い。軽い唸り声が聞こえるだけだ。


「いや、少し待っていただきたい」

 一人の男が手を上げる。特別にこの会議に参加を希望した男だ。


「まだ次回の女子国際大会の日程は決まっていない。山崎選手は女子大会の登録メンバーにする方向で検討すべき、だと思うが」


「馬鹿も休み休み言え」「どうせまた甲子園の日程にかぶるだろ」

「でなきゃ秋季大会の日程にかぶるんじゃないのか」

「登録メンバー候補にしても辞退されるのがオチだ」

 すかさずあちこちから、呆れ声のような突っ込みが入る。


「あの山崎が甲子園大会をキャンセルするわけがないしな」

「男子選手が相手じゃないと面白くない、と態度で言ってる奴だぞ」

「女子リーグで満足できる奴なら甲子園大会に参加せんよ」

「まあ、弘前高校が県予選で優勝するとは限らんから、弘前が負けた時に考えればいいんじゃないのかね?」

「馬鹿な。たとえ弘前が県予選で負けても、山崎と北島は別格だ。たとえ補欠の代打枠でも欲しい。女子チームなんかにやれるか」

「そもそも弘前は全国で名前が売れた。来期はむしろ戦力強化されるんじゃないかね?」

「野望を持った新入部員が入りそうですなぁ。公立ですから受験次第ですが」

 わいわいと声が上がるが、基本的に女子チームには渡せない、という否定的な意見ばかり。


「それを言ったら、U-18大会委員会に山崎の選手登録を蹴られるかもしれんだろうが!!」


「返すようだが、女子大会の日程がそう都合よく大会の隙間に入るかどうか、という方が都合良すぎる考えだと思うがね?アンタ、女子代表の監督だからって必死になりすぎだ」

 どうやら先ほど『山崎を女子代表に入れよう』と言ったのは、女子代表の監督に就任予定の男だったようだ。


「……規約としてどうこう、以前に。山崎選手は女子だ。女子代表選手にするのが妥当だ」

 唸るように女子代表監督が言う。


「男女同権で世間がうるさいのに、今どきそれを言いますか。今は実力主義でしょうが」

「山崎の性別は女子だが、パワーもスタミナも運動能力も男子レベルだよ」

「まったくだ。場外弾を打つパワーと技量、160キロの剛速球。議論の余地は無い」


 またも次々と否定意見が飛び出す。


「そもそも、女子大会に山崎を放り込んでどうするんだ?!鹿の群れにヒグマを入れるようなもんだろう。山崎が蹂躙して終わりだよ!!試合になるものか」

「恥をしのんで全打席敬遠か、泣きながら打たれるかの2択ですか」

「山崎の球に当てられても、まともに飛ばせる女子がいるかどうか」

「……甲子園でも、似たようなものだと思いましたが?」


 女子代表監督の反撃に、一瞬だけ沈黙が訪れる。


「160キロを前に飛ばした打者はいたぞ!!来年は勝負になる!!」

「山崎に本塁打を打たせなかった投手だっていたぞ!!」


「女子にだってナックルボーラーぐらいいる!!女子代表の優勝には、山崎が必要なんだ!!」


「なんだとこのやろう!!女子はずっと連覇してるじゃねえか!!」

「アメリカ、キューバ、韓国、台湾!!プロリーグのある国家代表は本気で強敵なんだぞ!!こっちの優勝にこそ山崎は必要だ!!」

「そうだそうだ!!女子はフル年代チームだ!!女子プロや社会人選手で充分戦力は補填できるだろうが!!」


「なにぃ?!優秀な選手を選び放題なのはそっちだろうが!!そっちは北島で我慢しとけ!!女子に頼ろうとか、男子のプライドはないのか!!」


「な!!おま!!……差別発言だぞ!!」

「女子代表監督にあるまじき発言だ!!」

「高校野球選手全てに謝罪しろ!!」

「北島を山崎の下位互換に扱う発言は取り消していただきたい」

「山崎は一種のモンスターだからなぁ」「怪物とは奴のための言葉だ」

「北島は山崎の弟子だと聞いたが」「まだ師匠は超えられんか」


 もうグダグダである。

 最初からまともな会議の体裁が整えられずにいたわけだが、今では討論紛いの言い争いだ。会議であり、資料が作成されていた以上は、本来の目的というものが提示されていたはずなのだが、参加メンバーが『正しい会議』を守ろうとするつもりが無ければ意味がない。そういう意味での教材みたいな場だった。

 ただ、【山崎を代表選手に入れたい】というのが、全員の気持ちだという事は感じ取れた。そういう意味では、大体の意見は出尽くしたと言ってもいいのかもしれない。もっとも、代表入りを無印の方にするか、女子の方にするか、という点だけが争点として残っている。


「山崎は女子だ!!女子代表にするのが筋だ!!」

「国体だって男女総合部門と、女子部門に分かれてるだろうが!!」

「普段120キロ前後から、最速でも140キロ手前の速球しか見てない選手に、160キロのジャイロとか投げ込むのは、イジメじゃないのかね?」

「全試合パーフェクトゲームでもやりたいのかね」

「日本の女子が国際的に誤解されても困る」

「「それには同意だ」」


 結局。

 大会規約を確認しつつ、実行委員会に問い合わせ。大会日程を前提として、基本的には本人の意向を尊重する、という当たり前の方針で落ち着いた。

 もちろん、個人的に接触しての説得工作等はアンダーグラウンドに行われるのだろうが。大会の実行委員会に対しても、『いかに山崎という女子選手が女子大会に合っていないか』『現在は実力主義で男女同権の風潮である』『男女の区分けは本質的に、格闘技の体重別レギュレーションのようなものだ』『男子レベルの実力なら実質男子で問題ないのではないか』などという説得工作めいたものも行われる事は想像に難くない。


 本人の考え、将来の目標がどうこうという問題とは関係なく。

 山崎 桜という規格外の選手の出現は、事の大小を問わず、高校野球界の外にも波紋を広げる事となっていたようだった――――


 後日、高校野球の映像関係の検証、ドーピングや性別詐称疑惑までも含めた問い合わせが海外メディアや海外スポーツ関係者から殺到し、国内外の同様の問い合わせに対する、通称【山崎対応分室】なる専門部署が期間限定で設立される事になる。


※※※※※※※※※※


「アルバイト申請が通った」

「え?アルバイト?何か欲しいものでもあったわけ?」

 ある日突然、山崎がバイトするとか言い出した。


「なんかアルバイトして下さい、ってお願いする人達が出てきてね」

「指名でスカウトか。怪しげな風俗じゃなかろうな」

 こいつ見た目だけはいいからな。


「いやなんかね?高野連経由で、文部科学省の関係と称する人から依頼が」

「なにそれこわい」

 一般学生に文部科学省とか、ちょっと接点が無いんですけど。


「なんか『スポーツ能力の解析』をしたいとか何とかで。普段食べてるものと生活習慣を含めて、何か色々と調べたいらしいのよね。遺伝子調査とか言い出したんで、突っ込んだ部分は断ったんだけど。アルバイト代をはずむから、って言われて『ちょっとだけ』って返事して、学校に申請したら一発で通ってさー。どうも学校上層部にも根回しがされていたみたいでね」

「ほんとに怖いんですけど。大丈夫なの?」

 人体実験とかされるんじゃなかろうな?


「血液検査と尿検査以外はしない、薬品投与なしで健康の安全と個人情報保護を約束する誓約書つきで何とか。3日間の合宿以外に日常生活の観察とかもあるから、野球部の練習も記録に来るわよ」

「マジっすか」


 俺の脳裏に、白い研究服姿の科学者がゾロゾロと専門機器を持ってくる映像が流れる。あくまで俺のイメージだが。


「ま、そんなわけで。あたしのバイトに協力よろしくね!!」

「まあ大体わかったけど……実務的に、俺は関係ないよね?」

 山崎、へっと笑って。


「あんたの動体視力と脳波も計測するらしいわよ。適当にやんなさい」

「俺への許可はどうした。あとバイト代はいくらもらったんだよ」

 山崎は、ふーっ。と息をつき、首を軽く振る。


「男が細かい事を気にしちゃいけない」

「細かくねえ!!契約内容はどうなってんだよ!!」


 山崎はその後、俺の追及を適当にはぐらかして畑の様子を見に行った。アイツには今後、何度か飯を奢ってもらう必要があるな。腹いっぱい食ってやるぞちくしょう。納得いかん。

 後日。山崎のUVケア品がレベルアップしている事、そして上着越しに見える胸のラインが微妙に変化しているのに気づいた。


 なるほど。金のかかる消耗品に資金投入したのか。そういう事ならまあいいか。などと。女子は色々と金がかかるからなあ、と納得してしまう俺だった。

 女子が下着に金をかけるのは必要な事だと思う。きょぬーならば当然である。それが世界の真理なのだ。俺はそう信じている。

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