第39話 弘前の全員参加野球

 俺たちの夏。甲子園の夏。

 それが今、始まった。入場行進から始まって。


 主催者側の挨拶。文部大臣の挨拶。審判団代表の挨拶。そして、選手宣誓。


 開会式は終わった。今から退場行進。だが、俺たちは門から出ていったりはしない。俺たちともう一校、開幕戦、甲子園夏大会、第一試合の二校だけはそのままベンチ入りし、グラウンドが使用可能になるのを待つのだ。

 甲子園初出場の県立弘前高校の記念すべき甲子園大会、初試合は開幕試合。対する相手校は夏大会に過去10回の出場をしている東北の雄、私立聖皇学園。


 聖皇は全国からいわゆる『野球留学』とも呼ばれる、甲子園出場を夢見る球児の入学を大々的に受け入れ、場合によってはスカウトもしている学校だ。

 有力な選手を多数受け入れ、育成することで強力なチームを作り上げる。そのやり方は人によっては批判の対象ともなっている。しかしこの情報を聞いた時、山崎はチームの皆しかいないミーティングの場で、こう言った。


※※※※※


『極限の話をするとね、強い選手を集めて卑怯だ!って言うんなら、【野球の才能があるなんて卑怯だ】とか【身体能力が優れているなんて卑怯だ】っていう話になっちゃうでしょ。大昔には「才能よりも、努力された普通こそが尊ばれる」なんて事も言ったそうだけど。だからといって才能を持つ人間が努力無しに参加できる舞台ってわけでもないでしょ?この場合の卑怯だ卑怯だ言ってる人間は、結局のところ「勝利のみしか見ていない」って事では、自分が卑怯者呼ばわりしている連中と、何ら変わりないって事よ。別に相手チームに妨害行為とかをしているわけじゃないんだったら、もっと野球の出来そのものを見てやればいいのよ。どうせ、あたし達が勝てば、あたし達に噛みつく連中も湧くわ。ばかばかしい』


 と、聖皇批判をバッサリと切り捨てた上で。


『だいたい、とっても素敵な聖皇学園の皆さまを、そんな風に悪く言うなんてとんでもない。わざわざ優秀な選手を集めて雁首揃えて並べてくれるなんて、もう拝み倒したいくらいに有り難いってものなのにねぇ。ふひひ』

 我欲を露わにしてくれた。


『ねぇねぇ聞いた?聖皇学園の後藤くんっていうピッチャーなんだけど。プロスカウト注目の人なんですって!なんでも155キロの速球とチェンジアップ、左右の変化球が売りの選手みたいでね?…明星の木村くんのライバルと言われてるんですってぇ』

 その時、山崎の目は邪悪な笑いの曲線を描いていた。


『ちなみに後藤くんだけど、別に190の長身というわけでもなく、取り立てて強力な打者というわけでもなく。チームとしても特別強力な突出した選手はこのくらい。もちろん、全員が優秀選手というだけあって、よく打つみたいだしよく守るみたいね。でもさぁ…このチーム、明星よりも強いかもだけど、ものすごーく明星よりも強い、ってわけでもないのよね』

 もはや山崎、満面の笑みであった。


『ウチが本気でかかって、勝てない相手だと思う?なわけないよね!あぁもう!!なんて素敵なとこなの、甲子園!初戦で最高の餌を用意してくれるなんて!ああ違った。功績の半分は山田キャプテンよね。キャプテンありがとう!最高のクジ運男!!さすが!!』


 山田キャプテン、山崎から絶賛の嵐だった。当の山田キャプテンは優勝候補の一角と目される強豪校との対決を初戦に引いてしまい、「すまんみんな」みたいな感じだったのだが、山崎にとっては猫まっしぐらな御馳走だったという訳だ。評価基準は人によって違う。


『まぁそんなわけで。ウチは当初の予定を前倒しした感じでいきます』


 ここからが本当に酷かった。


『遠征費用の事を勘違いしてたころ、【見せ場があれば早めに負けてもいい。むしろ負けるべき】って言ってたのを覚えてる?もともとウチは【甲子園本選に出場する】のが主目的です。予定通り、県内のライバル校は叩きのめして甲子園出場は果たしました!即席応援団の皆がどれだけ期待しているか知らないけど、あとはウチの好きなようにやらせてもらいます。弘前野球部の全力野球を第一試合でやって、勝利は二の次!まぁ勝つつもりでやるけどね!!だって勝てない相手じゃないんだもの!!』


 よく分からなかった。特に【弘前野球部の全力野球】の部分。なにやら不穏な空気を感じたので、そこを突っ込んで聞いてみたのだが。


『最終イニングまでに、全員出します』

 この言葉の意味が部員に浸透すると、その意味に特に反応したのが2人いた。


『待った山崎!相手は優勝候補の一角だぞ?!俺もか?!投手で?』

『とうぜん』

 1年の前田の問いに、当たり前じゃん、と答える山崎。


 前田は育成中の控え投手ではあるが、食中毒によって県大会の途中復帰により、登板はほぼ無い。県大会決勝ではベンチのみだった。そして甲子園の初戦は優勝候補の一角の聖皇。つまり県大会決勝の明星と、少なくとも同レベル以上の相手という事になる。

 腰が引けるのも分かる。もっと知名度の低い高校ならともかく、相手は【強豪名門校】なのだ。しかも甲子園で全国放送のおまけつき。


『あたしも出すつもりなの…?』

『もちろんです。大槻センパイを出さないなんて、とんでもない!』

 3年の大槻センパイ。心なしか顔が青いような気がする。


 もとは専業マネージャーであり、野球経験はほぼ無いという。山崎が独断で選手登録した後、県大会1回戦の後、バッティングだけは練習を継続していたはずだが。2回戦以降、ずっとマネージャー業務に専念していたはず。守備能力に関しては物理的に案山子同然。いや、ウチの近所の恐怖系案山子の方が迫力の面で優秀だろうか。


『創部以来の、初出場、初試合。個人としては一生に一度の、弘前野球部にとっては最初で最後の、そんな記念すべき試合に、たった12人しかいない選手を一人でもベンチに残すなんて、あたし耐えられない!皆もそう思うでしょ?!』

 お涙ちょうだい、とばかりに皆に語りかける山崎。もちろん俺は言った。


『本音を言え』

『話題性の手助けは仔猫の手でも借りたい。その上で勝つ』


 やっぱりかよ!!

 初出場校が全員参加で初戦の勝利をもぎ取る!しかも優勝候補の一角と目される強豪校を下して!なんてそりゃあ話題性充分だけどさ!面白けりゃあいいんだよ!って考え方の監督が居ない限り、そんな方針を示したりしないよ!やっぱ山崎が実質的な監督だよな!現に平塚先生、何も言わないし!


『山崎、ちょっといいか』

『なんでしょうか監督』

『甲子園は勝っても負けても監督と主将にはインタビューがある。作戦指示の真意はどこにある、と聞かれたらどう答えるべきだと思う?』

『勝ったら【先の事を見越しての事です】【強豪校と言えど甲子園に出場したからには有名無名は関係ありません】と、負けたら【ここまで来られたのはすべての部員の働きによるものです。後悔はありません】とでも答えておけばいいんじゃないですか?あと目薬で瞳をうるませる小細工は忘れずにやっておいた方がいいと思いますよ?』

『そうか。参考になった』


 この調子だよ。方針に関してはもう皆が諦めている。


 前田は顔が今までよりも5割増しで真剣になっているし、大槻センパイに至っては、顔を青ざめさせてプルプル震えている。「整列するだけでも緊張の限界ちかいのに…」ですよね。マネージャーとしてくっ付いて行くんじゃなくて、選手枠ですもんね。

 前田と大槻の両名はいつ出すの?最後の方?大槻は代打で最終イニング予定回で出す?ああそう。じゃあ代打1回がんばればいいのね。わかった。


 などと予定の細部を聞いただけである。弘前野球部の記念すべき1回戦は、全員参加野球だぜ!!…全員参加野球って、そういう意味だったっけ……?


※※※※※


 グラウンドの整備が終わる。弘前のベンチは3塁側。そして先攻。ほぼいつもの流れ。俺たちの勝利の流れとも言える。そしてベンチ上には、弘前フィーバーによって集まった2000人を超える大応援団。突貫で集まったため、応援団の錬度は低いし、生徒応援の練習もろくにできていない。しかしお祭り騒ぎで集まっただけに士気だけは高い。

 俺はついさっき自分の目で確認した、弘前の大応援団の姿を思い出した。


 どいつもこいつも例のTシャツを着用している。アニメファンの集いというか、山崎 桜ファンの集い、みたいな感じになってしまっている。

 だめだこいつら。何か他の高校の応援団とノリと雰囲気が違う。メガホンよりも、揃いのアニメプリント団扇か、ケミカルライトの棒かLEDスティックでも持たせた方がいいかもしれない。ある意味、人数以外は甲子園的な雰囲気がまるでない。


「応援団については諦めた。いつも通りにやるだけだな」


 せめて2回戦に進んだなら、応援の錬度だけは上げて欲しいなぁ、と思うのだった。

 あとすまんな、大槻センパイ。今回も先攻だ。最終イニングは守備もある。センターの案山子になってもらうよ。ベンチの隅の方でプルプル震える大槻センパイをできるだけ見ないようにして、俺はそんな事を考えた。


 だいじょうぶだよ!センター周りは観客いないから!

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