第 七 章 3



 接触も辞さない激しいバトルが展開されたが、悠真は岩代さんに前を許したまま、最後のパッシングポイント、10コーナーに飛び込んでいく。ここで前に出られなければ、ほぼ勝負は決してしまう。


 悠真は岩代さんのインを奪おうとバイクを思い切りイン側に振った。が、岩代さんに即座にインを完全に塞ぐ、必勝ラインで応戦されてしまう!


 天才には、どうしたって勝てないの? 音を上げそうになった瞬間だった――インを奪おうとしていた悠真が、バイクをのは。


 あたしの体に電撃が走った。全身に鳥肌が立ち、あたしは叫び声をあげそうになった。


 ――フェイクだ。バイクをインに振ったのは、インを狙ってると岩代さんに思わせるためのフェイクだったんだ!


 インにべったり張り付いていた岩代さんが10コーナーの旋回、その一瞬、ほんの一瞬、カクンとバランスを崩し、ラインがアウトに膨らみ、インに僅かな隙が生じた。


 ――はまった!


 10コーナーのイン側には、ぱっと見じゃわからないけど路面補修箇所がある。その継ぎ目の上を走るとグリップタイヤの食いつきを失う。


 長年ここで走っている悠真はそれを知っている。だから岩代さんにんだ。


「インを奪え悠真ぁあ!!」


 悠真はインに潜り込み、しかし岩代さんは恐ろしい反射神経でラインを瞬時に修正、悠真と横並びになる。


「これだから天才は!」


 でも、悠真なら――


 左10コーナーの直後、右に折れる最終コーナーに、二台は横並びで飛び込んでいく。右側にいる岩代さんが必然的にイン側になり、果てしてインを塞ぐ。


 しかし悠真は、あえて争わず、岩代さんをから最終コーナーに飛び込む。


「そうだ!」


 インを塞ぐラインを引くと加速が鈍る。対して悠真はレコード最速ラインを引いている! 悠真と岩代さんのエクゾーストノートが吠えたのは――同時。


「いけ!」


 悠真は即座に岩代さんのスリップに入る。岩代さんはスリップを嫌がり、悠真に道を譲るようにバイクを右に振った。それを悠真は追わない。追えば蛇行する。蛇行すれば加速が鈍る。加速が鈍った岩代さんに悠真は鋭い加速で追い上げ――


「悠真ぁあ!!」


 2台のマシンが目の前のフィニッシュラインを駆け抜け、そしてあたしは見た――


 天に拳を突き上げる、悠真の背中を。


 うれしくてうれしくて、ああ、もううれしい以外ない!!


 舞ちゃんと抱き合って、周囲の人に笑われるほど狂喜乱舞して、晶が「あれを見ろ」と背後を指しているのが目に入る。


 後ろを振り仰ぐと電光掲示板があり、1位と2位のタイム差が表示されていた。その数字を見て、体の奥からマグマのように熱い達成感が噴き上り、全身に凄まじい力がたぎった。


 悠真のバイクは、あたしが精魂込めて組み上げたものだけど、特別なことはしていない。ひとつひとつの仕事を精一杯、気持ちを込めて、あたしの全力を尽くしただけ。


〝そこまでやったって変わらない〟


 そんなふうに言われてしまうような小さな仕事。


 でも、その小さな仕事を、レーサーが時間タイムに変えてくれる。



 ――0.004



 あたしの努力は、才能への挑戦は、勝者と敗者を絶対的に分かつ、長い長い1000分の4秒という一瞬になって、実を結んだ。





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