第 六 章 7
「がんばれ。未来のマネージャー」
運転席から声をかけると、舞ちゃんは笑顔で手を振りながら玄関のドアを閉じた。
舞ちゃんがモトムラに来た後、ふたりを事務所に残し、あたしは仕事に戻った。しばらくして、そっと覗いてみたら、ふたりはぎゅっと抱き合って涙を流していた。
その頃にはすっかり暗くなっていて、あたしは舞ちゃんをトランポで自宅まで送ったんだ。
「友達って、いいな……」
つぶやいて、シフトノブをドライブに入れる。
「さて、帰りますか」
国道に出るといきなり渋滞でげんなりしたが、腐ることはなかった。
モトムラを出る前、悠真は決意をたたえたまなざしであたしに向け、言った。
岩代さんに謝る。久真ともきちんと話をする。自分がしたことの責任もとる。
厳しい決断だったろう。口で言うほど簡単じゃなかったと思う。
でも悠真ならやり遂げる。どんな結果になろうと受け入れ、そしてまた、未来に向かって歩き出す。
モトムラの駐車場にトランポを入れ、エンジンを切る。一瞬にして静寂が訪れる。
あたしはシートの背もたれに体を預け、目を瞑った。
うん――
あたしも、答えを出さなくちゃ。
それがどんなにつらく、悲しいものだとしても、もうこれ以上、あたしは……。
そして、今あたしがすべきは、目の前のチャンピオンシップを戦い抜くこと。
そうだ。謝るで思い出した。あたし、晶に謝ってない。
無神経なことを言って晶に不快な思いをさせてしまって以来、気まずいままだった。
「……こういうのは、勢いが大事」
ひとりごちて携帯を手に取ったが、晶は電話にでなかった。情けないことにほっとしてしまった途端、黒電話の着信音が響き渡り、携帯をお手玉してから通話ボタンを押した。
「あ、晶。あたし――」
晶がコールバックしてくれたのかと思ったが、
〈海さん、正ちゃんそこにいませんよね!?〉
「千鶴ちゃん?」
初めて耳にする、切羽詰まった千鶴ちゃんの声。
「いないっていうか、あたし今、出先から戻ってきたところで。正一がどうかしたの?」
〈正ちゃん、帰ってこないんです〉
「帰ってこないって……ていうか今日はツーリングじゃないの?」
「ツーリング、行くのやめたんです」
正一はあたしと言い合いになった後、ツーリングを延期しようと千鶴ちゃんに言ったそうだ。怪我負わせるわけにはいかないからと。千鶴ちゃんは正一の気持ちがうれしくて、延期を受け入れた。代わりに正一は、あたしが言った通りに、CBRの練習走行を兼ねてツーリングの下見に、一人で宮ヶ瀬に出掛けたという。
〈6時には返ってくる予定だったんです〉
あたしは時計を見る。もう8時過ぎだ。渋滞にはまっているにしても遅すぎる。
「携帯は、繋がらないんだよね」
〈ずっと圏外か、電源切ってるって……〉
渋滞にはまっているにしても、携帯は通じるはず。正一はまだ宮ヶ瀬にいる? 山影では頻繁に圏外になる。不通状態が続いているということは電池切れか――
胸が、ざわっとした。
圏外の場所から
心臓が胸を強く叩き始め、後頭部に不快な悪寒がはしる。
いや、ツーリングで帰宅が遅くなるなんてめずらしくもない。圏外の場所でCBRが故障して、立ち往生しているのかもしれない。そうだ、そうに決まってる。
「千鶴ちゃん、あたし正一を迎えに宮ヶ瀬に行ってみる」
〈私も連れて行ってください!〉
「でも、入れ違いになるかもしれないから千鶴ちゃんは留守番してて」
〈大丈夫です。正ちゃんの家のドアに張り紙してあります。それにツーリングルート決めて出かけたんです。私が道案内しますから〉
「……わかった。迎えに行くから、そこで待ってて」
電話を切り、ハンズフリーを耳に押し込んでトランポのエンジンを掛ける。国道に出ると、道路は相変わらずの渋滞だった。
「下りだからって、なんでこんな時間まで渋滞してるのよ!」
思わずステアリングに手を叩きつけてしまう。
最初の信号を10分もかけてやりすごしたところで、黒電話の着信音が鳴った。
〈俺。ごめん電話でられなく――〉
「晶お願い。手を貸して」
〈な、なに? 手を貸す?〉
「うちの店の客が……友達が帰ってこないの。今向かえにでてるんだけど、どこにいるかわかんなくて、携帯つながらないの。だから晶手を貸して」
〈海、落ち着け。大丈夫だから一旦落ち着け。なにがあったか、落ち着いて説明してくれ〉
「あ……」
あたしは額に手をあててからウインカーレバーを上げる。
「ごめん、ちょっと待って」
トランポを脇に駐め、ステアリングに額をつけた格好のまま携帯を耳にあてる。
「友達がツーリングに行ったきり、帰ってこないの」
晶はすぐに状況を理解してくれた。
〈わかった。俺もすぐ宮ヶ瀬に向かう。ルートがわかったら連絡くれ。…………海?〉
「う、うん。連絡……する」
胸が苦しくて、言葉にならない。
〈海。おまえ大丈夫か?〉
こみ上げてくるものを必死にこらえながら、息をつきながら声をしぼりだす。
「…………あの、あのね晶……」
耐えられない。友達を亡くすのだけは、もう耐えられない。
「ごめんねぇ……」
なにを謝っているのか、あたしにもわからない。
〈なに水くさいこと言ってんだよ。いいんだよ海。大丈夫だって。ガス欠してんだよ。CBRだろ? ならなおさら。
「そう、かな」
〈そうだよ。俺、そういうヤツ、何人もレスキューしてるぜ。アホだよな〉
励まそうと、努めて明るくしてくれるその声に、あたしは救われる思いだった。
〈早く迎えに行ってやれよ。海のこと、待ってるよ〉
「うん……。また連絡する。ほんとありがとう晶」
電話を切り、浅くなっていた息と目元を整え、あたしはトランポを出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます