第 五 章 6
HRCミニバイク選手権第5戦の舞台、明智サーキットの空は薄い雲に覆われていた。「海、ちょっといいか」
声をかけられ振り返ると、晶だった。頷いて返すと晶は背を向けて歩き出す。
「秋田、行ってきたよ……」
少し言いにくそうにした後、続けた言葉にあたしは息を呑んだ。
「親父さん、亡くなってた」
森屋の実家は空き家になっていた。晶は近所を尋ねてまわり、すぐに森屋の父親は亡くなったと判明した。茶の間で倒れている森屋の父親を、訪ねて来た近所の知人が発見した。
死因は急性アルコール中毒。遺書めいたメモが、残されていたらしい。
もう言葉もなくて、気分すら悪くなってくる。
「……森屋の噂、ほんとかもね」
自殺は連鎖すると耳にしたことがある。息子の自殺に、引き寄せられたのかもしない。
でも晶は、訝しげな表情になって言った。
「その噂聞いた時から思ってたけど、あいつは自殺なんかしないだろ。だって森屋だぜ」
自殺なんてしないと言い切ってしまう晶に、あたしは反発を覚える。言い切れてしまうのは、晶が森屋のことを知らないからだし、晶の立場にも理由があるように思った。
「晶はさ、
晶は東京出身で、あたしと同じでレース屋に生まれた。レーサーとしてのセンスがあって、プロとして活躍している。世界に出られる可能性だってある。
実家は結構大きな老舗のバイク屋で、うちと違って景気がいいらしい。長男の晶は跡継ぎだ。
森屋は秋田の農家出身。地方に仕事はなく、コンビニの時給は東京の三分の二と自虐していた。正社員でもサービス残業山盛りで十数万程度の給料。そういう地方格差の話は散々聞かされた。
そして森屋は、地方選手権止まりのアマチュアレーサー。
気のいいやつだけど、ちょっと脳天気なところがある晶に、森屋の気持ちはわからないと思う。持っている人間には、持っていない人間の気持ちはわからない。
森屋からしてみれば、あたしだって持っている人間だ。だけど森屋と行動を共にしたことで、少なくとも晶よりは森屋の気持ちがわかる。
だからあたしは森屋に対して、多少なりとも負い目を感じていたし、苦労が多い分、強力なスポンサーが現れるとか、それこそ才能があるとか、幸運が森屋に訪れなきゃ割にあわないと思っていた。
「俺のこと、決め付けるんなよ」
晶は不快をはらんだ声で言った。
「うちだって景気めちゃくちゃ悪いよ。レースなんかやってる場合じゃないって親父と何度もやりあってる。たしかに俺は全日本レーサーだよ。でも世界は現実的に無理だろ。俺もう27だぜ。俺の代わりなんていくらでもいる……。俺だって将来のこと、人並みに悩んでるよ。なのに俺のこと、わかったように言われるのは正直ムカつく」
晶の言う通りだ。厳しいのは、晶だって同じなのに。考えればすぐにわかる
ようなことなのに……。あたし、いよいよやばいな……
「そうだよね……ごめん」
「べつに、いいけどよ……」
どうしようもない情けなさで、
「ごめん……ほんとごめん」
あわせる顔が無くて、その資格はないのに、自分から立ち去った。
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